53.祭りの風物詩
「――買ったはいいけど、これってどう食べるモノなのかしら?」
屋台を巡る順番決めじゃんけんで見事一戦目に一人勝ちした笠良城が、リンゴ飴を不思議そうに眺めながら呟いた。
リンゴ飴という食べ物はシンプルに、串の先端にリンゴを刺して飴でコーティングしたものだ。見栄えはとても鮮やかで可愛らしいが、作り方はこれ以上ないほど簡単である。
「そりゃ、リンゴなんだからこうやって齧るんだよ」
同じくリンゴ飴を買った玲治が、隣でバリバリと飴ごとリンゴを齧って食べていく。
一口でリンゴまで齧るのは口が大きい人にしか出来ない食べ方で、笠良城は自分には無理だと苦い表情を浮かべた。
「何よもう……見た目は可愛いくせに、女の子には食べにくい不良品じゃない」
「そんなことはないぞ笠良城さん。飴なのだから舐めて食べればいい」
あきらはそう言うと、大きなリンゴ飴を舌でぺろぺろと舐め始める。
口から細い舌を少しだけ覗かせて舐めるその仕種はお淑やかというか、女性的な慎ましさがあった。購入したリンゴ飴を五つも六つも持っていなければもっと慎ましいのだが。
彼女の動作を真似するように、笠良城も舌先を出して飴を舐める。
わざとらしいくらいの陳腐な甘さに感じたが、祭りの雰囲気のおかげだろうか、決して不味いとは思わなかった。
「……ん。まぁまぁね」
「多気、お前食わないのか?」
「甘すぎるものは苦手でね。僕は遠慮しておくよ」
「右に同じや、あたしは酸っぱいリンゴが好きやなくてなぁ」
多気と寺内がそう言うと香良洲も同じく目を伏せて手を付けなかった。
なぎさは今にも涎を垂らしそうな顔をしながら、あきらの持った幾つものリンゴ飴をじっと見つめている。
「むぅ……ボクも食べたいけど、他のお店で遊びたいからお小遣いも残しておかなきゃいけないし……」
「祭りのときは私がお金を出すと言っているのに。本当にいいのか?」
「うん。だってお祭りだよっ、自分の……って言ってもお小遣いだけど。ボクのお財布に入ってるお金で遊びたいよ」
「ま、なぎさの言う通りそれも祭りの醍醐味だよなぁ。どれだけ自制できるかみたいな」
「リンゴ飴は諦めるよ。その代わり、他でいっぱい使うもんねっ!」
鼻から息を吐きながら意気込むなぎさ。
日常生活においては、食事を奢ってもらったりするのは願ったり叶ったりの嬉しい出来事だが、祭りの時となれば別だ。
自分が持つお金で、自分が選んだ屋台にそれを使う。たったそれだけのことだが、これが案外、祭りの醍醐味の一つと言えるものである。
玲治は食べきったリンゴ飴の串を口に咥えながら、懐に手を伸ばして財布を手に取り開く。
中に入っているのは野口が五人に桜模様の硬貨が七枚、それと桐模様の硬貨が二枚。くじ引きやらで余程使い込まない限りは十分に持ちそうだ。
一方なぎさの手元にある財布の中身は、野口が二人に桜が五枚。屋台を巡って遊びつくすには少々心もとない金額。どこで使うかは慎重に吟味する必要があった。
「んで、次はどこだ菰野。お前のことだから射的とか金魚すくいとかのゲーム系か?」
「いいえ。次はわたあめ屋に行くわ」
「わたあめっ!」
なぎさがきらりと瞳を光らせる。
実は順番決めの結果、一番最後になったのはなぎさだった。そのため彼が行きたがっていたわたあめの屋台やら何やらは、随分と待たされるはずだったのだ。
あえて、なぎさに背を向けながら宣言した笠良城。誰がどう見てもなぎさの為に目的地を合わせてのだと明白であった。
「あらあら。優しいのね菰野ちゃん」
「なっ、なんのことよ。あたしはただわたあめが食べたかっただけなんだきゃりゃっ……!」
「噛んだね小物くん」
「見事に噛んだな」
「うっ、うるさいわねっ! さっさと行くわよ!」
「わーいっ! コモちゃんありがとー!」
「だっ、だからナギの為なんかじゃないんだってば!」
顔をリンゴ飴と同じくらいに真っ赤にしながら、いかり肩で歩いて行く笠良城。
彼女がこうも不器用なのは、今まで一人ぼっちだったからだろう。こうやって同好会に入って楽しく過ごしてくれているのが嬉しくて、彼女を誘った張本人である香良洲は髪を耳にかけながら微笑んでいた。
◆
「ふわふわー♪ わたわたー♪ あめあめー♪ ふわふわたあめー♪」
「わたあめとか食べるんいつぶりやろなぁ」
「最近のものは色が鮮やかなのだな。水色のは少しどうかと思うが……」
屋台の前に来るとあの独特の、粗目糖を熱する匂いが辺りに漂っていた。
既にわたあめを買った客たちはみなしょんぼりしたり、笑ったり、苦い表情を浮かべたりしながら、様々な色のわたあめを味わっている。どうして客たちの態度に違いがあるのかというと、それは屋台のシステムに理由があった。
なぎさは店のおじさんに小銭を手渡し、割り箸を手に持って浴衣の袖をまくる。
「よーしっ! おっきくてふわふわのを作るぞー!」
「頑張れーなぎさ。失敗したら俺が食べてやるからな」
「大丈夫っ! ボク、失敗しないから!」
回転する機械に粗目糖を投入すると、すぐに熱されて糸状になったわたあめが出始めた。
祭りのわたあめと言ったら、客が自分で作るのが定番だ。その結果、痩せ細ったみっともないものになるか、まんまるふわふわの美味しいそうなものになるか、全ては客自身の手腕にかかっている。
鍋を掻き混ぜるように割り箸を動かすなぎさを、横からビデオカメラで撮影する多気。
舌なめずりしながら真剣な表情を浮かべてわたあめを作る姿をばっちりと収めていた。
「しっかしあれやな。わたあめって食べると口の周りがベッタベタにならへん?」
「ふふっ、確かにそうだな。手や髪に附いたときなんて目も当てられない」
「そうそうそう! 手ェについたの取ろうとしたらまたくっ付いて……食べるんが難しいお菓子ナンバーワンやでほんま」
なぎさを見守りながら話していると、作り始めてから一分ほどで早くも一つが完成したようだ。
形も申し分なくふわふわに仕上がったわたあめを掲げて、なぎさは満面の笑みを浮かべる。
「できたーっ!」
「すごいわねナギ……熟練の職人が作ったみたいに綺麗な出来だわ……!」
「へへー♪ 見て見てお兄ちゃんっ!」
なぎさはすぐに玲治の元へ駆け寄り、出来立てのまだ温かいわたあめを見せつけた。
「おう、ずっと見てたって。めちゃくちゃ上手いじゃん」
「でしょっ! お兄ちゃんに一口あげるっ!」
「えぇっ? いいのか、そんな上手くいったやつなのに」
「いいからいいからっ、はいどーぞ♪」
そこまで言うなら、と玲治はわたあめに齧りつく。
口の中である程度固まった飴を千切るようにして首を動かすと、綺麗な形だったわたあめは少し歪になってしまった。
味は色から想像できる通りのレモン味。口の中で唾液がじゅん、と溢れるような爽やかな酸味が広がった。
「ん……美味い!」
「えへへっ♪ ボクもいただきまーす!」
なぎさはわざわざ割り箸を回転させて玲治が口を付けた方に齧りついたが、誰もそれを深く考えようとはしなかった。
ただ玲治だけはその動作に目ざとく気づき、少し恥ずかしい思いをする。
「ん~♪ おいひい~♪」
「しかしなぎさくんも器用だね。わたあめ作りならこの中で一番じゃないのかい?」
「あら、それならみんなで勝負してみる?」
多気と香良洲の提案により、急きょ全員参加で誰が一番わたあめを上手く作れるかの勝負が始まる。
正直玲治は全く自信が無かったが、せめて一番下手という不名誉だけは避けたかった。
「わたあめなんか一回も作ったことねぇぞ俺……」
「大丈夫だ玲治。私が先に作るから、それを見て真似すればいい」
「なぎさちゃんより上手いこと作ったろやないかーい! 腕がなるで!」
「一番はあたしよ! こんなの簡単なんだからっ!」
「ふふん。わたあめ作りは繊細な作業……繊細な心を持つ僕が、見事に芸術的な作品を作って魅せようじゃあないか」
「味が色々あるのねぇ。ドリアン味って美味しいのかしら」
それぞれが小銭を店主に渡して挑戦していくが、結局のところ誰もなぎさ以上のクオリティに仕上げることが出来なかった。
最終的に全員が作ったなかで一番下手と決めつけられたのは、まるで家具の裏を掃除したお掃除ローラーのような見栄えの悪いわたあめ。
それを作ったあきらは相当ショックを受けたらしく、呆然自失となってしばらく固まったまま虚ろな瞳をしていた。
自分のを手本にしろなんて大口を叩いた結果がこれなんて、と自嘲気味な虚しい表情を浮かべるあきらを慰めるのに玲治と寺内が必死になる様子を、多気の構えたビデオカメラは延々と映し出すのだった。
おまけ
わたあめ作りランキング
一位 嬉野なぎさ……見事な完成度。店主のおじさんも拍手喝采。
二位 笠良城菰野……大きさは申し分ないが形がイマイチ。まるで彼女の自尊心の大きさとその脆弱さを表したような作品。
三位 寺内一身……綺麗なふわふわの形だがかなり小さめ。豪快そうな手つきの割には可愛らしい出来栄え。
四位 香良洲冴子……一部分が大きく膨らんでしまったわたあめ。寺内曰く「あれみたいやな、なんちゃら神拳食らった敵の頭が吹き飛ぶ寸前みたいな」。
五位 嬉野玲治……あきらを手本にしたのが間違い。縦に細くべたべたな仕上がりに。
六位 多気燕……何故か割り箸を短く持っていたせいで悲惨なことに。手を洗ってもしばらくは彼の右手からイチゴの香りがしたという。
七位 嬉野あきら……家具の裏を掃除したお掃除ローラー。破滅的。




