51.夏休みの宿題を終業式の日に終わらせる人に僕はなりたかった。
玲治の部屋に、カリカリとシャーペンを走らせる音。ぱたぱたと扇ぐプラスチック製のうちわの音。そして窓の外からセミの大合唱。
テーブルに置かれた麦茶の入った二つのコップ。氷は小さくなっている。
動いていないクーラーに、とめどなく溢れる汗。汗。汗。
「あっぢぃぃぃぃぃ……」
この地獄のような暑さのなか、玲治と多気の二人は夏休みの宿題を片付けていた。
しかしあまりの暑さに、玲治のノートには点々と汗のシミが出来あがり、多気に至っては先ほどから床に寝っ転がってしまっている。今にも溶けてしまいそうな暑さに、うちわ程度では効果は薄かった。
「玲治……こんなことなら、僕の家でやった方がよかったじゃあないか……」
「お前ん家、駅で四つも離れてるじゃねぇか……今から行っても夕方の夏祭りに間に合わねぇだろ……」
引っ越したばかりで新しかった部屋のクーラーは、今日の午前まで元気に動いてくれていた。急にぷすん、ぷすんと煙を吐いたのがたしか二時間前。
年々、夏の暑さはひどくなるばかりだ。うちわくらいでは暑さを凌ぎきれはしない。
「はぁ。こんな日こそ、先週みたいに海へ行きたいねぇ……」
「何言ってんだ。お前この間も結局、一度も海に入らなかったじゃねぇか」
「体感気温が全然違うんだよ、海辺と町中じゃあね」
「そうかよ」
多気と会話している間も玲治はシャーペンを走らせ続ける。
夏休みの宿題というのは根気の勝負であると彼は考えていた。読書感想文でも書き取りでも何でも、向き合って時間をかければやっつけられる。大事なのはやる気、頭は空っぽでもいいから向き合わなければならない。
そうして麦茶を飲みながら続けていた玲治は、おかげで宿題のほとんどを既に終わらせている。一方、多気は夏休み初日から一切手を付けていなかったため、言葉通りに問題が山積みだった。
「多気、そんなんだと最終日に泣くことになるぞ」
「あああ……! 夏休みの宿題を終業式の日に終わらせる人に、僕はなりたかったよ」
「今からでも頑張れよ」
「もう駄目だ……おしまいだよ……こうなったら香良洲先生に賄賂を渡すしか……」
なんのための勉強会だ、と玲治は呆れてため息を吐く。
結局、タイムリミットを迎えても多気が進めたのはたったの一ページのみであった。
◆
午後五時半。
玲治と多気の二人は浴衣に着替えて家を出た。
今日は鶴山市にある神社にて、夏祭りが行われる。と言っても規模の大きいものではなく細々と屋台が出て、最後に花火が上がるだけの小さいものだ。
それでも地元民は毎年この祭りを楽しみにしている。学生も夏休みには必ず出向くほどの人気ぶりだ。
「さて、と。集合時間の六時には神社に着けそうだね」
「おー。やっぱ浴衣で歩いてる人もちらほらいるな。みんな祭りに行くみたいだ」
「一年に一度きりだからねぇ。みんなも思い出を作りたいんだろう」
もちろん今回の夏祭りも、思い出づくり同好会の大事な活動の一環だ。
同好会のメンバー五人に加えて、暇を持て余している香良洲に、あきらの友人である寺内が加わった七人で行くことになっている。
女性陣と男性陣は別々に神社に向かい、現地集合の手はず。その理由は多気曰く何となくらしいが、そう言っていた時の彼は嘘をついていると玲治にはお見通しだった。
大方、浴衣姿を見るのはその時までお楽しみ。って所だろう。
その玲治の予想は的中していた。
「楽しみだねぇ。みんなどんな浴衣を着てくるのか」
「浴衣なんてどれもこれも一緒だろ。ちょっと柄が違うだけで」
「まったく。わかっていないね玲治、浴衣のデザインはたしかにほぼ同じだが、だからこそ模様やちょっとした装飾が大事なんじゃないか」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんなのさ」
言われてみれば、玲治もたしかに気になるところである。あきらがどんな浴衣を身にまとってくるのか。
海に行った時の水着姿もそうだったが、浴衣姿というのもまた普段と違う雰囲気があるだろう。あきらの綺麗な銀髪に合う色は何色だろう、髪型を変えたりしてくるのだろうか。ふつふつと湧いてくるわくわくに、いつの間にか玲治の胸は躍らされているのだった。
そしてふと、二人は電気屋の前を通る。
店のショーウィンドウには最新のなんちゃらKやらなんちゃらインチやらのテレビが並べられ、どれも同じチャンネルを映していた。しかし二人は会話に夢中になっており映像はもちろん、音声もよく聞かずに素通りしていく。
『続いてのニュースです。最新の医学により、血統についての新事実が判明したしました』
『血縁関係者における血統の有無から生じる精神的異常について××医学大学の研究から――』




