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05.「弟」嬉野なぎさ

「変なこと訊くけど、姉、で間違いないんだよな?」


 わざわざ聞き返す必要も無いと思ってはいるが、そう訊かずにいられなかった。

 確かな証拠が玲治は欲しかったのだ。

 証拠ならば先ほど自分の胸に当たっていた柔らかいモノがそうだろう、と言いたくもなるだろう。しかし玲治はこれ以上、混乱したくなかったのだ。


 深く、そして曲げて考えて見ればこんな可能性も無くは無い。

 例えばあきらは元々男で、身体の表面を女っぽくしているだけ、とか。

 それは女装という可能性だ。

 例えばあきらは元々男で、身体にメスを入れて女になった、とか。

 それは性転換という可能性。


 万が一にでもあり得るならば備えておくべきだ。

 備えもしないでそんな事実を突きつけられたら、本当に頭がどうにかなってしまいそうなのだから。

 玲治はその質問の答えを聞けばそれが何よりの証拠だと確信できる。


「あ、ああ……? 私はお前の姉だ、確かに貧相な体かもしれないが……ちゃんと女だぞ」


 貧相な体と謙遜するあきら。そう、その台詞は明らかな謙遜だった。

 女性らしいすらりとした身体のシルエットに、制服に皺をつくる豊かな胸。大き過ぎず小さ過ぎずの丸みある尻に、黒色のタイツで覆われた程よい肉付きの太もも。

 どこをどう見れば貧相に映るのか。と誰もが思うだろう。


 とにかく玲治は、あきらの言葉を聞いて確信を持った。

 確かにこの人は女性だと。嘘をついている様子は無いので、やはり間違っていたのはあの耄碌ジジイなのだと。

 なにが兄さん、だ。間違った情報のおかげでこちとら余計な混乱に見舞われたぞ。

 そんなふうに考えながら玲治は心のなかで玄正の頭を踏みつけた。


「わかった、ありがとう……よし、もう切り替えた。もう大丈夫だ」

「む……?」


 自分には兄ではなく姉がいたのだと、玲治はしっかりと受け止めた。

 正直な話、玲治にとってきょうだいの性別がどうとかはあまり重要ではない。兄だろうが姉だろうがいてくれるだけでいい。なのであきらが姉だとわかっても、落胆なんかはしなかった。


 そして冷静になった玲治はもう一つの問題を思い出した。

 聞いていた話では、自分には妹もいたはずだと。


「お姉ちゃーん! 食器返してきたよー!」

「あぁなぎさ。ありがとう」


 天真爛漫な笑顔を振りまきながら、問題があきらの側に駆け寄ってきた。

 その姿は何というか、繊細かつ愛らしく。小走りする姿はぴょこぴょこという擬音が似合いそうな。

 一言で表すならば、嬉野なぎさはひたすらに可憐だ。


 姉のあきらと正反対の髪の色。彼女の性格を表しているようにも見えるその金髪は、ショートに切り揃えられている。後ろ髪はぴょんと外側に広がるように跳ねており、それがまた天真爛漫な雰囲気を醸し出していた。

 猫耳を想起させる形の黒い帽子を被っているのは、なぎさが猫好きだからだろうか。


「あれ? この人だれ?」

「なぎさ、この子は玲治。嬉野玲治だ。私の弟で……お前のお兄ちゃんだよ」

「おにい……ちゃん……?」


 不思議そうに目を丸くして玲治のことを見ていたなぎさだが、その正体が自分の兄だと聞かされると少し間を置いてから、ぱぁっと表情を明るくさせる。

 二度目になってしまうが、玲治はまたしても強く抱きしめられた。今度はなぎさに。


「わぁっ! お兄ちゃん! ボクのお兄ちゃんだー!」

「なっ、何で二人ともまず俺に抱きつくんだよ!?」


 なぎさは頭を玲治の胸にこすりつけながら、甘える猫のようにふりふりと身体を揺らしている。

 女の子みたいに可愛い男子生徒が目つきの悪い男子生徒に抱きつくというこの光景。

 奇妙と言うほかに無いだろう。


「お兄ちゃんが会いにくるって聞いてたから、ボク楽しみにしてたんだぁ……!」

「わかったよ! 喜んでくれてるのはわかったから! 一回離れてくれ!」


 同性に抱きつかれているのだから先ほどのような恥じらいは玲治に無い。

 いやまだ同性だと決まったわけではないが、あきらに抱きつかれたときのような柔らかいモノも感じないからまだ冷静でいられた。


「むぅ、わかったよ。離れてあげる」


 そう言ってなぎさは玲治から離れる。

 玲治は一息つこうとしたが、一度離れたはずのなぎさは再び玲治に抱きつきだした。


「おいっ!?」

「一回は離れたもんね!」


 けらけらと笑いながら目いっぱい身体を密着させるなぎさ。

 今までずっと会えなかった兄に甘えたいのだろう。ぐりぐりと頭を押し付けるなぎさの表情はとても嬉しそうで、幸せそうに見えた。

 しかし一方的に甘えるなぎさを見かねてか、あきらは彼女の首元に手を伸ばす。


「ほらなぎさ、玲治が困っているだろう」

「んゃっ」


 あきらに襟元を掴まれて小さく呻くなぎさ。

 そのまま玲治からずるずると引き剥がされてしまった。

 ようやく一息つくことができた玲治は、改めてなぎさにもあきらと同じような質問を投げかける。


「はぁ。……えーっと? 俺の妹、じゃなくて。弟のなぎさでいいのか?」

「うん! そうだよ?」


 嘘を言っているようには見えない。間違いなくなぎさは玲治の弟のようだ。

 弟だとわかりきったはずなのに、それでもやはり目を疑ってしまう程になぎさは男に見えなかった。

 あきらの方は確かに顔立ちが美形と言えるもので、ある意味では中性的な、美しさと格好良さを兼ね備えたようなものだ。だがあきらの顔を見て男性か女性かと聞かれれば、誰でも女性と答えられるだろう。


 しかしなぎさの顔立ちは、どこからどう見ても女の子にしか見えない。

 男であるはずなのにそう見えないのだ。どの角度から見ても可愛らしい。

 こんな美少女的な美少年が世界にはいるんだな、なんて玲治は思っていた。しかもそれは自分の弟だ。


「……そっか。二人が、俺のきょうだいか」

「ふふ」

「えへへっ」


 こんなに綺麗な姉と、可愛い弟が自分にはいた。ようやく湧き出てきた実感に玲治は口元をほころばせる。

 まずは二人のことを色々と知りたい。今までどこでどんな風に生きてきたのかとか、好物とか性格とか、他にも数えきれないくらい。きょうだいとして話してみたいことはたくさんある。

 何から話そうかと玲治が思い悩んでいると、食堂内にいた生徒たちが一気にあきらとなぎさの方へと押し寄せてきた。その勢いやまさに闘牛かの如く。

 詰めかけてきた生徒たちはみな鬼気迫りながら口々に叫び始める。


「あきら様! その目つきの悪い生徒は一体なんなんですか!?」

「あきら様見ましたよ!? いま抱きついてましたよね!?」

「あきら様はレズだと思ってたのにぃぃぃ!!」

「ショックです! スリルです! サスペンスですぅぅぅ……っ!!」

「なぎさちゃんどういう事だよ! そいつは何だ!? 彼氏なのかァ!?」

「嘘だろオイ!? 彼女なら百歩譲って応援するけど、彼氏は駄目だぞなぎさちゃん!!」

「男が好きなんだったらどうして俺じゃあないんだぁぁぁぁっ!!」

「ショック! ショックッ!! ショッキングな彼ェ!!」


 食堂の中はどんどんとヒートアップしていく。

 騒ぎが大きくなれば生徒の声も大きくなりさらに騒ぎが大きくなる。そんな悪循環が始まろうとしていた。

 このままでは収拾がつかなくなると危惧したあきらは、なぎさの手を取った。


「玲治、すまないが私たちは一度ここを離れる。また放課後ゆっくり話そう」

「んゃっ!? ちょっとお姉ちゃん、引っ張んないでよぉ!」


 群衆を押しのけて食堂を出ようとするあきらとなぎさ。

 周りを取り囲んでいた生徒たちだが、あきらが移動しようとするとその動きを邪魔するわけではなく、一定の距離を保ちながらぞろぞろとついていく。

 その様子を見て呆気に取られながら、なんだか蟻の行軍みたいだと玲治は思った。


「お兄ちゃーん! 放課後ぉ、教室で待っててねー! 会いに行くからぁー!」


 喧騒の中からひと際高めで可愛らしい声が上がる。

 玲治はそれがなぎさの声だとわかって、なるべく大声で返事を返した。


「お、おぉ! 俺のクラスは2-Bだからなー!」

「わかったぁ~!」


 先ほどまでの熱気は幻のようにきれいさっぱり消え、食堂内は薄ら寒いほどに静まり返る。

 どうやらほとんどの生徒が食事もほったらかしてあきらたちについていったようだ。

 残っているのは食堂の真ん中でぽつんと取り残された玲治と、入り口近くで冷や汗をかいている多気の二人だけ。

 多気は先ほどの集団に巻き込まれてもみくちゃにされたようで、乱れた髪を手櫛で整えながら玲治の方へと近づいていく。


「はぁ……参ったよ全く。やはり物凄い人気だねぇ」

「驚いたのは俺もだよ。なんだったんだ今の?」

「おおかた親衛隊と言ったところじゃあないかい? もしくは熱狂的なファンか」

「……俺、これからああいう輩に詰め寄られたりすんのかな」

「どうだろうねぇ。そうやって常に周りに睨みを利かせていたら、よほどの命知らずしか近寄ってこないんじゃないかな」


 玲治はこれからの学園生活を想像して、思わずため息を吐いた。

 きょうだい仲良く過ごしたいだけなのに、あんなふうに集まられては穏やかさの欠片もあったもんじゃない。

 せめて陰湿な嫌がらせだけはしてほしくないなと、眉間に皺を寄せる。


「とにかく。食堂はがらがらになったことだし、お昼を食べようか」

「そうだな……なんか一気に腹が減ったよ」


 そう言って二人は券売機の前まで行き、財布をポケットから取り出す。

 玲治は千円札を投入口に入れて、特に悩むことなく麻婆豆腐定食のボタンを押すのだった。

 味付けはもちろん、辛口で。

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