43.余談 ~ある一人の海水浴客~
――ビーチにいた一人の男性は必死に股間を押さえていた。
彼は二十五歳で、年齢イコール彼女いない歴という生粋の独り身。ここへ来た目的は海水浴ではなく、今までやったためしがないナンパだった。
中学・高校と彼女どころかろくに女子と話したことがなかった彼だが、顔はそこそこいいものを持っており、高校卒業と共に髪も茶色に染めたため、見た目の偏差値はいい方だ。身体もジムに通って引き締まっていたし、体毛も生まれつき薄い。
彼が股間を押さえながら目を離せなかったのが、ビーチを歩いていた二人の女性。
一人は綺麗な銀髪で、陽の光がきらきらと反射して眩しいばかりの美女。顔立ちはそれこそ女性しかいない歌劇団の男役を請け負いそうなほど美しく中性的だったが、何よりも目を奪うのはその身体。
ぴったりと身体に貼り付くような水着にこれでもかと強調された胸。さぞ揉みごたえがあるだろうと、思わず両手でサーフパンツの中身を掴みそうになる。歩くたびにゆったりと揺れる二つの豊かな果実が、たまらなかった。
もう一人の方は自分より結構年上そうだと雰囲気で感じたが、信じられないほどの色気がそれをどうでもいいとねじ伏せる。
年齢が何だというんだ。あの人は顔に皺ひとつ無いし、首から足先にかけて瑞々しく潤っている。股間を押さえる手により力が入った。
胸は銀髪の女性と同じくらいに大きいが、重みがあるのだろう、重力に従ってぶら下がっている。歩く際の揺れ方が、より扇情的だ。青っぽい黒髪が短く切りそろえられているため首元がしっかり見えることが、男性にとってプラスポイントだった。
腰元に巻かれた長めのパレオに隠されていたが彼はしっかりと見ぬく。その内に秘められたヒップは、破壊的なほど大きいのだと。
その二人の間を歩く少女の姿があったが、それは正直どうでもよかった。
大事なのはあの二人だ。あんな人たちとお付き合いできればどれほど幸せだろうか。
――しかし、男はついに声すらかけられぬまま夕暮れを迎え、家へと帰ってしまう。
帰ってから彼は友人を家へ呼び、軽い飲み会を開いた。
コンビニで買ってきた缶チューハイを煽りながら、赤ら顔をしながらビーチで出会った二人の女性の話をし始める。
「だからよぉ! ホントにヤバかったんだってその二人が!!」
「ヤバいって何がヤバかったんだよぉ」
「すんごい不細工でもいたのか?」
飲みに誘われたのは二人。眼鏡を掛けた太めの男と、坊主頭の体育会系。
「めっちゃくちゃ胸がデカい美形と! デカ尻! 俺は尻の方が特に良かった!」
「お前ホントに尻好きだなぁ……」
「口で説明されても判断に困る。写真とか撮ってきてないのか」
「あーいや……盗撮は犯罪だろ? 俺の心の中に現像済みだけどよ」
そう言われて白けた顔を浮かべる男の友人たち。
しかし男は必死に、その心の内に秘めた鮮明な思い出を早口でまくしたてていく。
「一人は銀髪だったんだけどよー! 世の中の男が霞んで見えるほどカッコいい顔してたんだよ! それがまた、デカい胸とか女っぽい身体つきとギャップがあってたまんなかったんだって! 着てる水着も肩がこう……片方だけ出てる感じでエロくってさぁ!」
「うーん……カッコいい系の巨乳か……確かにイイな」
「だろー! お前、いつも世話になってる女優もボーイッシュ系とかだもんな!」
「こいつのお気に入り女優なんていいって! それよりもう一人のほう詳しく!」
坊主頭の方はかなり酒が回ってきているらしく、もう一人の女性とやらが気になって前のめりになって話を急かした。
「もう一人は、あれヤベェよ。世の中にあんな色っぽい女いるんだなって思ったぜ」
「どんなのだったんだ! 年齢は!?」
「お前の大好きな年上だぜ! かなり若々しかったけど、俺の目はごまかせねぇ。二十五……いや、二十六と見た! とにかくムッチムチの色気が半端ねーんだよ!」
「む、むちむちの年上……!!」
男たちはヒートアップしていき、何本も缶を空にして積み上げていく。
それぞれの好みにドストライクの女性の話に、盛り上がらざるを得なかったのだ。どこが盛り上がるのかはさておいて。
「ヤベェよマジで……あの二人とお近づきになりたかったぜ……」
「なんだよ、声かけなかったのか?」
「お前、顔も俺たちの中で飛びぬけていいじゃんか」
「バッカ! 俺が極度の人見知りって知ってるだろ! 友達だって小学生の頃からお前ら二人だけだっつの!!」
悲痛な叫びに、男の唯一、いや唯二の友人たちは揃って同情の表情を浮かべて、男の背中を優しく叩いてやった。
友の優しさに自然と涙がこぼれ落ち、しかしすぐに切り替えて男は新しい缶チューハイに手を付ける。
「……あーそうだ。あと一人、ヤベェ子がいたよ。オレ我慢できずにトイレに駆け込んじゃった」
「は!? どういうことそれ!?」
「さっきの二人を超えるのって、どんだけヤバいのよ……!?」
「いやぁ……あれ多分、彼氏の趣味なんだろうなぁ……」
男はビーチで出会った、衝撃的な光景を思い出す。
すこぶる目つきの悪い男と一緒に楽しそうにしていた、金髪の美少女の姿を。
「彼氏のほう、ありゃドエスだぜ。一緒にいたロリ系の子なんだけどよ……その子に下だけ水着着させて、上は真っ裸だったんだぜ!?」
「な、なんだってェーーーッ!?」
「ちょちょッ! それはヤバいだろ!!」
「本人は楽しそうに笑ってたんだよ!! ぺったんこだけど柔らかそうなおっぱい丸出しでさ!! オレそれ見ちまった瞬間、すぐトイレ行ったよ!!」
「ドエスとドエムのカップル……まさかそんな変態カップルがいたなんて……クソッ! 俺も行けばよかったぜチクショウッ!!」
悔しがる二人を前にして、今度は嬉しそうにニコニコと笑う男。
その笑顔の意味を知っていた坊主頭の方が、悔しそうに呻きながら、空き缶の山に仰向けになって寝っ転がった。
「クソ! 血統持ちはいいよなぁ……!!」
「なんつったっけお前の血統? 見たモノ絶対に忘れないんだろ?」
「フッフッフ……! こればっかりはご先祖様に感謝だぜ。オレはしばらくオカズに困らねぇからよ! フフフ……ハァーッハッハッハ!!」
――といったふうに、海水浴客に意外な喜びをもたらしていた思い出づくり同好会メンバー。
しかし血統持ちのこの男は知らないのだ。
彼が一番衝撃を受けたという金髪の美少女が、実は美少年であったということに。
「ハァーッハッハッハッハ!!」
知らない方が幸せなこともある。
世の中にはそう言う事もたくさんあるのだ。
そう。この幸せそうな海水浴客が知らない、思い出づくり同好会の海での活動を、場所と時間を移して再び続けよう。
閑話休題。




