42.女子更衣室にて
時間は少し巻き戻り、場所は更衣室内。
海の家に隣接したそこはお世辞にもしっかりした作りとは言えない、鉄パイプの外枠に安物のブルーシートを被せただけのものだった。これで地面に何も手を加えず砂浜のままなら更衣室として機能するかどうかも怪しいものだが、木材を並べた床は一応ある。ところどころ隙間が目立っているとしても気になる程度ではなかった。
唯一褒められる点と言えば、広いくらいだろうか。
潮の香りがする場所で水着に着替えるのも懐かしい、と服を脱ぎながらあきらは思っていた。
毎年夏になるとなぎさに泣きつかれて市民プールに出かけることは恒例だったが、こうして海水浴に来るのは実に数年ぶりになる。
「……む? どうしたんだ笠良城さん、そんなに私の方をじっと見て」
上着を脱いだところで、あきらは自身に注がれた視線に気が付いた。
目を細めたじっとりする視線は笠良城のものであり、彼女はあきらと香良洲を交互に見比べては段々と不機嫌そうな表情になっていく。
「香良洲はまだわかるわ……でもあきら。アンタ一体何を食べたらそこまでスタイル良くなるのよ」
「や、藪から棒だな。特に変わったものは食べていないが」
下着を脱いで、直に自分の平たい胸をぺたぺたと触りながらぶつぶつと呟く笠良城。
「やっぱり量なわけ……? 牛乳なら毎日一リットル飲み続けてるのに……」
「うふふ。菰野ちゃんは十五歳でしょう? まだまだ伸びしろあるわよ」
「スタイルの大器晩成なんて損なだけじゃない!」
切実な悩みを抱えているようだと、あきらは苦い表情を浮かべた。
確かに見てわかる通り笠良城の体型は良いとは言えない。身長も低ければスタイルだって貧相だ。出るところは出ず引っ込むところも引っ込まず、見事なまでの幼児体型は彼女が高校生であることを忘れさせるものである。
かたや香良洲とあきらのスタイルは抜群の一言に尽きる。大きく形の良い胸に、引きしまったくびれ、女性らしさを感じさせる腰から太ももにかけての美しい曲線。やや香良洲の方が肉付いているが、それでも決して太っているふうには見えなかった。
「世の中には菰野ちゃんみたいな小さい子が好きな男の人もいるんだから、心配しなくても大丈夫よ」
「そんなマイノリティには好かれたくないわね……」
「しかし、笠良城さんが言うようにいいことばかりではないぞ? こういう身体つきは」
「どうしてよ?」
大きな胸を露出させたあきらが鞄の中から水着を取り出しながら続ける。
ここは女性用の更衣室だから、みな隠したり恥ずかしがったりはしないが、男が見ればまさに天国の光景だろう。実際、覗きとまではいかないが海の家周辺でうろうろして更衣室から聞こえる声を楽しもうとする男性もちらほら見受けられた。
「胸が大きいと肩も凝るし……特につらいのが走る時だな。どうしても揺れてしまって結構痛いのだ」
「あきらちゃんの言うことわかるわぁ。うつ伏せで寝るのもつらいでしょう?」
「そうですね……いつも仰向けでしか寝られません」
巨乳あるあるトークに花を咲かせる二人に、ますます笠良城の表情が曇っていく。
「……あら。あきらちゃんの水着、大人びてるわね」
「に、似合わないでしょうか?」
あきらの水着は黒色のワンショルダータイプ。装飾は肩口の控えめなフリルくらいで、飾らない大人っぽさがある。
サイズは合っているのだろうが随分と身体のラインがくっきり出るデザインなため、相当スタイルに自信が無いと着こなせない水着だ。
「ううん。とっても似合ってるわ」
「そうですか、良かった……去年の水着ではもう入らなくなってしまったので、新しく買ったんですよ」
「うふふ。今日は弟くんが二人もいるものね、気合入ってるじゃない」
「べ、別にそんなわけではっ……香良洲先生こそ、とてもいい水着じゃないですか」
今日はなぎさだけでなく玲治も来ている。可愛い弟にだらしない格好は見せられないとあきらは思っていたため、香良洲の言葉は図星であった。
露骨に話題を逸らしてきたことを香良洲は見抜いていたが、意地悪はしないであげようと逸れた話に乗っかっていく。
香良洲の水着はまさに大人の女性を感じさせるものだった。
白から紫にかけてのグラデーションカラーが大人っぽさを演出する、際どいクロスホルタータイプのビキニに、腰へ巻いた丈が長めのパレオが印象を柔らかくしている。
彼女のスタイルは勿論のことその端正で瑞々しい顔立ちも、とてもアラサー手前とは思えないほど若々しく魅力的だ。
「いいでしょう、これ? 私はちょっとお尻が大きいから……それを隠すのに丁度いいのよ」
「ふんっ。折角無駄にでっかい胸とでっかいお尻があるんだから、最大限に露出して自分をアピールすればいいのに」
「そういう菰野ちゃんは……思った通り、随分可愛らしいわね」
笠良城は二人のように攻めた水着を着こなせない。それは本人もしっかり自覚出来ているため、水着デザインの方向性は可愛い路線であった。
花柄のワンピース水着。腰元から伸びるスカートのおかげで凹凸のない彼女の身体にメリハリがついており、あしらわれた花柄もハイビスカスなどの赤色で統一されていてお子様っぽさは感じさせない。
ただ一つ不満点を上げるとするならば、やはりもう少し胸のボリュームが欲しかったというところだろうか。
「褒めてもらって胸が出ればいいのに」
「ははは……そこまでスタイルを気にしなくとも、笠良城さんは十分可愛らしい。もっと自信を持っていいと思うぞ?」
「自信なら有り余ってるわよ! 余計なお世話っ!」
着替え終わった笠良城はそのまま荷物を乱暴にまとめて更衣室を出ようとする。
「ほらっ! さっさとしないと置いてくわよ! ナギも待たせちゃってるんだから!」
「はいはい。行きましょうかあきらちゃん」
「ええ」
揃って更衣室を出ると、今までシートで軽減されていた太陽の日差しがより眩しく感じられ、あきらは思わず足を止めてしまった。しかし笠良城に急かされたため、手庇を作ってまた歩きはじめる。
玲治たちが待っている場所まで遠くなかったものの、その短い移動距離のあいだで、あきらと香良洲は何人もの男の視線をくぎ付けにしていった。
あちらこちらから上がる感嘆のため息と、あちらこちらで腰を折る男の姿。
二人とも周囲の反応はさほど気にしている様子では無かったが、ただ一人、あいだに挟まれた笠良城は居心地の悪さに口をへの字に曲げるのだった。




