38.活動会議進行中2
「というわけで、フリーティングメモリー部夏休み活動会議を行うよ!」
ホワイトボードを手の甲で小突きながら声高に多気が宣言する。
ソファに腰かけた玲治と笠良城はやる気のない拍手を彼に送り、元気ある拍手をしたのはなぎさだけだ。
「ホントどうでもいいんだけど、そのダッサい名前なんとかならないわけ?」
「ダサい名前とは失礼だね。部長の僕が決めた名だ、文句は受け付けていないよ小物くん」
「……なんか、イントネーションに含みを感じるわね」
口に出しただけでは同音異義というやつで、多気の台詞の真意には気づきにくいのだが笠良城は耳ざとくそれに気づいた。
菰野という名前と、小物というあだ名。
笠良城は以前の乗っ取り騒動の際、その負け際の小物っぷりがひどいものだった。自分が勝っているときは相手を小馬鹿に見下しながら調子付いていたのだが、いざ自分が負けると涙目になり、「次に会った時はおぼえておけよ!」的な小物の台詞を吐いたのだ。
それ以来、笠良城のことが話題に出ることは少なかったが、玲治と多気のあいだでは彼女のことを小物と揶揄するようになっている。
「まぁいいわ。どうせそのダサい名前、あんたしか使ってないんでしょうし」
「それに関しては正解だぜ。俺たちは普通に思い出づくり同好会って言ってるからな」
「出来れば君たちにもこの名前を使ってほしいのだけれどね……人というのは誰しも、恥じらいを持つ生き物だから仕方ないか」
多気がそう言いながら悩まし気にため息を吐くと、何故だかこっちが馬鹿にされているような気がして笠良城は眉間に皺を寄せた。
そもそも正式名称は思い出づくり同好会であって、多気の言うフリーティングメモリー部の方こそ間違った呼称である。
「ねーそんなことよりもさっ! 会議始めようよっ」
「おっとそうだったね。とりあえず皆にこれを見てもらおう」
ホワイトボードに横書きで書いてあったのは、どうやら夏休みのあいだに出来そうなことの羅列のようだった。
汚い字で読み辛いそれを、玲治が時間をかけて読み上げていく。
「んん……? 海水浴、バーベキュー、夏祭り、水族館、宿題殲滅……」
「汚い字ねぇ……しかも海水浴が海水俗、水族館が水旅館ってめちゃくちゃ間違ってるくせに、どうして殲滅だけちゃんと書けてるのよ……」
「好きこそものの上手なれ、と言うだろう?」
中学生の頃、国語の成績がすこぶる悪いにも関わらず「薔薇」という漢字を間違えずに書ける奴、いたよなぁ。と玲治は思った。多気はナルシストな奴だから、きっとカッコいい難読漢字なら得意なのだろう。
すると、多気の漢字間違いには特にコメントせずに、なぎさが笠良城に明るく笑いかける。
「わぁっ、どれも楽しそうだねコモちゃん!」
「ま、まぁね……って、じゃなくて。あんたたちこれが部活動の会議なわけ? どう見ても夏休みに何して遊ぶか相談してるだけじゃないのよ」
「っとそうか、小物は知らないのかうちの方針」
「香良洲から何も聞かされてないわ」
笠良城の言う通り、あのホワイトボードに書かれているのはごく一般的な夏休みの過ごし方の羅列だ。どう考えても部活動とは思えまい。
「そもそも部活って思わない方がいいぜ。名前の通り、思い出をつくる同好会なんだから」
「はぁ? あんたたち今まで一体どんな活動してきたのよ」
「平日はほとんど、部室でだらだら遊んでるだけだよな、多気」
「そうだねぇ。休日や連休は色々校外活動もしているよ。四月は廃墟に肝試しをしに行ったし……五月のゴールデンウィークは寺内さんの勧めで大阪に小旅行しに行ったね」
「他にもいっぱい遊んだよねっ! カラオケ行ったりゲームセンター行ったり、ボウリングに動物園、キャンプもしたし遊園地にも行ったね!」
「……そ、そんな自由な部活だったのね、ここ」
次々と明かされる思い出づくり同好会の実態に、笠良城は後悔を感じていた。
ここに入部させられたことに対しての後悔ではなく、以前ここを乗っ取ろうとしたことに対しての後悔だ。あの時はここをゲーム同好会に変えてやろうと意気込んでいたのだが、これでは乗っ取る必要も無かったじゃないかと。
無駄骨を折った自分に呆れながら、彼女はソファの背もたれにずるずると身を預ける。
「どれもこれもいい思い出になったねぇ。特にカラオケの時と遊園地の時は今思い出しても笑ってしまうよ。プロジェクターにビデオカメラを繋いで今から観返そうか」
「やめろってッ! 古傷を抉るんじゃねぇ!」
「あはははっ! 今までの活動記録はぜーんぶ撮ってあるもんね」
思い出づくり同好会は活動の際、その様子をビデオカメラで撮影するのが恒例となっていた。
過ぎ去ってしまった思い出はその名の通り頭の中で思い出して楽しむものだが、動画として残しておけば鮮明に思い出すことができる。そう、楽しい思い出はもちろん、苦い思い出も鮮明に。
多気は部室の棚に置いてあったビデオカメラを手に取ろうとしたが、玲治がそれを拒否したために渋々取りやめる。彼の慌てぶりを見るだけで半ば満足げな表情を浮かべながら。
「まぁ冗談は置いといて。夏休みに出来ることと言えばこれくらいかと思うのだけど、どうかな?」
「……いいんじゃねぇの? デカいイベントって言ったらこれくらいだろうしな」
「ボク海には絶対行きたい! それだけははずせないよっ!」
なぎさは手を上げながら猛烈にアピールしている。
夏と言えば暑く、涼をとるために一番手っ取り早いのはやはり冷たい水だ。プールや海に行くのはもはや常識とも言えるだろう。
「コモちゃんも行きたいよね海っ!」
「えっ……! そ、そうね。楽しそうだとは思うわ」
「なぎさくんも楽しみにしているようだし、海に関する活動はもう少し煮詰めた方がよさそうだね。あとは夏休み中のスケジュール調整なんかも必要だ」
「あー、スケジュールを決めるのは明日でいいんじゃねぇか? あきら姉さんも来てくれるだろうし」
こうして本日の会議は滞りなく終了し、下校時間までのあいだしばしの自由時間となった。
笠良城はたった一日で既に思い出づくり同好会に馴染むことが出来たが、それもひとえに純粋ななぎさのおかげと言えるだろう。玲治と多気も以前のわだかまりを持ちだす事なく、彼女のことを自然に受け入れている。
その後、なぎさとゲームをして遊んでいる笠良城の表情は、以前よりも無邪気そうに見えた。




