37.同好会の新メンバー! 遊戯女王の素直な一面
生徒指導室での一件が終わって、放課後。
思い出づくり同好会の部室に集まっていたのは三人。あきらだけが生徒会の用事で今日は来ていない。多気はホワイトボードに何やら書いては消してを繰り返し、玲治となぎさがいつものようにトランプで遊んでいると、
「みんなー。新しい部員が来たわよ~」
「……へ?」
香良洲が連れてきたのは、殺風景な表情を浮かべた笠良城だった。
どういう風の吹き回しなのかと、玲治は間抜けな面を浮かべてぽかんと口を開ける。
彼が驚くのも無理はない。笠良城は以前、この同好会を乗っ取ろうと勝負を仕掛けてきたことがあり、まさか正当な手順を踏んで入部してくるとは夢にも思わなかったのだから。
「菰野ちゃんから聞いたけど、前に一度ここで遊んだことがあるんでしょう? 自己紹介は必要ないかしら」
「ちょ、ちょっと先生。そいつのことは確かに知ってますけど、なんで急に入部することになったんすか」
玲治だけではなく、他の二人も同じ疑問を抱いていた。
「どういう風の吹き回しだろうね」
「もう乗っ取りゲームはしないの? 実はちょっと楽しかったんだけどなぁ」
「……勘違いすんじゃないわよ。あたしだって好き好んでこんなとこに入りたいとは思わないわ」
じっとりとした目つきで牽制するように睨む笠良城。その目つきは玲治のものとは比べ物にならない幼さの残る可愛らしいものだったため、威圧感は無いに等しかった。
冷たい態度を取る彼女の頭に、香良洲が子供でも扱うような感じで手を乗せる。笠良城はそれを恥ずかしがってすぐに頭を振って振り放した。
「菰野ちゃんってば校則を破っちゃってね。実は生徒指導の先生と相談して、罰としてここに入部させようって話になったのよ」
「理由は呑み込めましたが……先生、僕たちの部活を罰ゲーム扱いするのはいかがなものでしょうか」
「……ここは更生にはぴったりでしょ?」
そう言われて、多気はなるほどと静かに頷いた。
どうやら多気と香良洲は付き合いが長い所為か、少ない言葉の中に含まれた相手の意図を読み取れるらしく、いまの会話の中にも伝わった情報はかなり多かった。
しかし蚊帳の外な玲治となぎさにはさっぱりだ。
「なんかよくわかんないけど……コモちゃんも一緒に活動することになるの?」
「こ、コモ……? それあたしのこと言ってんの?」
「うん! 菰野だから、コモちゃん!」
「コモ、ちゃん……」
周囲から見てもわかるくらいに笠良城の表情がやわらいでいく。顔からきらきらとした光が出ているのではないかと錯覚するくらいに、彼女は嬉しそうに頬を染めていた。
人からあだ名で呼ばれた経験の無かった彼女にとって、それは憧れの一つである。
友達と言えばあだ名で呼び合うもの。あだ名で呼び合えばそれは友達。つまりなぎさは友達。
案外、笠良城の頭は単純だった。
「あ、あんた、名前なんだっけ?」
「ボクはなぎさ! 嬉野なぎさだよっ!」
「じゃあ……ナギって呼んでも、いい?」
もじもじしながら訊ねる笠良城に、なぎさは満面の笑みで返す。
「うんっ! これからよろしくねコモちゃん!」
「……! まっ、まぁ仲良くしてあげないこともないわっ」
最初は思い出づくり同好会に入ることを嫌がっていた笠良城だったが、どうやらここに連れてきたのはやはり正解だったと、香良洲は安心して微笑んだ。
本人から聞いたわけではなくあくまで香良洲の考えに過ぎないのだが、笠良城は友達を欲しがっている。友達を作るためには、普通の部活ではなく、友達同士で集まって遊ぶような活動ばかりしているここが一番だろうというのが、香良洲の思惑であった。
笠良城の照れ隠しが、成功の何よりの証拠だ。
「多気くんも嬉野くんも、いいかしら?」
「僕は構いませんよ。先生の推薦ですからね」
「トラブルがなきゃ俺もいいっすよ。姉さんもいいって言うと思うし」
「そう。なら五人目のメンバー、これで正式加入ね」
全員の了承を得て、これで晴れて笠良城菰野は思い出づくり同好会の新しいメンバーとなった。
彼女は一度ここを乗っ取ろうとしたトラブルメイカー。もう問題は起こさないでくれよ、と玲治は念のため釘を刺そうとしたが、その言葉は胸の内に飲み込んだ。というのも、楽しそうに話すなぎさと笠良城にそんなことを言うのも、野暮だと思ったからだ。
「ほら! コモちゃんのゲームずっとここに置いてあるんだよっ」
「あっ……あたしのコレクション。どこにやったかと思ってたけど、こんな所に置き忘れちゃってたのね……」
「この前はボクと対戦できなかったんだし、今から何かして遊ぼうよ!」
「う、うん……あ、あたしには勝てないだろうけどやってあげるわっ」
いそいそとゲームの山からいくつか取り出していく二人を置いて、香良洲は「あとはお願いね」と言って部室を出ていった。まだやっつける仕事が残っているらしい。
玲治がソファをなぎさに明け渡してホワイトボード前に移動すると、多気はマジックペンでボードに何か書きながら彼に話しかけた。
「目には目を歯には歯を。素直になれない子には、素直すぎる子を。香良洲先生も流石だね」
「前来た時のあの余裕は何だったんだろうなあいつ。見ろよ、子供みたいにはしゃいでるぞ」
「僕たちの部活を乗っ取ろうとしていたんだ、きっと無理した演技だったんじゃないかな? もしくは真剣にゲームをしているときはああなるのか」
「あー。ゲームしてると無言になったり、暴力的になる奴もいるもんなぁ。……っていうか多気、さっきからなに書いてんだ?」
「ん? これかい?」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに無駄に溜める多気。眉を指で撫でながら何が面白いのか微笑んで。
そんな仕種にももうすっかり慣れたものだ。出会ったばかりの頃は多少苛つきもした玲治だが、今では何とも思わなくなった。
「玲治、学校はもうすぐどうなる?」
「はぁ? どうなるって言われても……」
「もう七月だ。僕たち生徒にとって、素晴らしい期間がやってくるだろう?」
「……ああ、そういうことか」
多気がホワイトボードにせっせと書いていたのは、活動企画の素案。
もうすぐ始まる、夏休みに向けてのものであった。




