34.血統『字昏』
みなさん、もうお気づきでしょう。
現在この桜声館では、なぎさと寺内の二人が行方知れずになってしまい、それを玲治とあきらの二人が捜索しております。恐怖に怯えるあきらは、玲治に寄り添いまるで二人は肝試しをするカップルのようではありませんか。
しかし、そんなランデブーを楽しんでいる状況ではないと玲治は考えています。何故ならば行方知れずの二人がとても心配だから。
しかし。ここでもう一度訊ねましょう。
みなさんはもうお気づきでしょう。これは多気と香良洲によって仕組まれた茶番劇であるということを。
「……いい感じになってるわね」
「いい感じになっていますね」
二階の廊下の奥。曲がり角からひょいと顔を出しながら、多気と香良洲は階段を下りてきた玲治たちの姿をその手に構えたビデオカメラにしっかり捉えていた。
玲治たちの意識は多気たちとは逆方向に向いている。何故ならそっちの方から連続して、扉を叩くような大きな音が鳴っているからだ。そしてその音は心霊現象などではない。
「しかしいい音を出してくれますね、なぎさくんと寺内さんは」
「一身ちゃんは血統を使ってるんじゃないかしら? あんなに大きな音、女の子には出せないもの」
「なるほど空繰……空気を蹴ってぶつけているわけですか。というか先生、なぎさくんは一応男でしょう」
「あら、うっかりしてたわ。ついついなぎさくんって可愛いから女の子だと思っちゃうのよね」
そんな呑気な会話を交わしていると、玲治たちに動きがあった。
二人はなぎさたちが隠れて暴れている部屋の方へゆっくりと歩き始め、多気の構えたビデオカメラは二人の後ろ姿を映し出している。これでは肝心の表情が撮れないと、多気は片眉を上げた。
「ふむ……二人が仲良く寄り添う後ろ姿というのも、これはこれで永久保存だけれど」
「どうせなら、もっとあきらちゃんが怖がってる可愛いところも撮っておきたいわよねぇ」
「何かいい方法ありませんかね先生?」
「……そうねぇ。それじゃあ、こっちも血統を使って悪戯しちゃいましょうか」
口元に三日月のような笑みを湛えた香良洲は、年齢の割に妙な子供っぽさがあった。
多気はビデオカメラの液晶から目を離して、香良洲と共にいったん曲がり角の奥へ身体を引っ込める。
「初耳ですよ先生。血統持ちだったんですか?」
「隠していたわけじゃないのよ? だって訊かれなかったんだから」
自身が血統を持っているかそうでないのか、それを人に話す義務など存在しない。人によっては話したがる人そうでない人がいて、聞き手も聞きたがる者と特に興味を持たない者がいる。
事実、多気は他人の血統に対してこだわりを持っていなかったため、一年生の頃からずっと担任であり顧問であった香良洲が血統を持っているのを知らなかった。ちなみに、玲治の血統『骸見』のことも現在彼は知らないままだ。
「して、一体どんな血統を?」
「うふふ。使い道はそんなに無いけれど、面白いわよ。『字昏』って言うんだけど」
香良洲は懐から薄紫色のハンカチを取り出して、二つ折りのそれを壁へ押し当てる。何をしようというのか興味あり気に、多気はしげしげと彼女の動きを観察していた。
香良洲はそのままハンカチに口づけでもするように恭しい動きで唇を押し当て、そのまま流し目に多気に視線を送りながら指をちょいちょいと動かし、玲治たちの様子を見るように促した。
それに従って、多気は再度ビデオカメラを構えて曲がり角から少しだけ顔を覗かせる。
すると香良洲は唇を押し当てたまま、啄むような口先の動きで小さく囁いた。その声はすぐ近くにいた多気にすら聞こえないごく小さなものだったのにも関わらず、かなり離れた場所にいる玲治たちには聞こえていたのだった。
「……っ!? れ、玲治、いま何か言ったか?」
「俺は何も……姉さんこそ、何か言ったんじゃないのかよ……?」
ビデオカメラ越しでも二人の動揺ははっきりと見て取れた。足を止め、顔を見合わせたあと、きょろきょろと辺りを見回している。
その視界に入り込まないように注意しながら、ビデオカメラを構えた多気は不思議そうに尋ねた。
「先生……一体なにをしたんです?」
香良洲はくすくすと微笑んで、一度ハンカチから口を離す。
「これが私の血統。壁に口を付けて声を出すと、壁伝いに遠くへ届けられるのよ」
「へぇ……そう聞くとかなり便利そうですけど」
「そうでもないのよ。だって声はこっちからの一方通行で、向こうの声が聞こえるわけじゃないもの」
「距離はどのくらいまで届くんです?」
「どうかしら。あんまり遠くは試したことないわね……それよりどう? 二人ともびっくりしてる?」
しゃがみ込んでいた多気の頭の上に、重ねた団子のような形で香良洲も頭を出す。
彼女の囁き声は廊下の二人にしっかりと届いており、慌てた様子を見てくすくすと心底面白おかしそうに笑った。
「あんまりやりすぎても、焦って怪我でもしたら大変だし……最後にとっておきのを囁いて終わりにしましょっか」
「ええ。面白映像というのも、ワンシーンのインパクトが大切ですからね」
「それじゃあ一身ちゃんに連絡を取って……あの音を止めたときがクライマックスね♪」
もともとこの肝試し企画の発案者はなぎさで、意図はあきらの幽霊恐怖症を少しでも改善するというものだった。しかし、多気と香良洲はそんなことをすっかり忘れてしまっている。
むしろこの二人が考えているのは、あきらの事ではなく玲治の事だった。
「……最後に悲鳴でも上げながら、二人で抱きつきあってくれたりしたら一番ね」
「そうですね。そうなれば、玲治には忘れられない思い出になるはずでしょう」
「あきらちゃんにとっては忘れられない苦い思い出になるかもしれないけど……」
「そこは玲治の甲斐性しだいですよ。僕は彼のことを信じています」
「うふふ。まだ出会って間もないのに、随分信用してるのね。男の子ってそんなものなのかしら」
「そんなものですよ。男の友情ってものは、積み木ですらありませんから」
多気は決定的瞬間を映像としてしっかり収めるために、指先に力を入れた。
全ては玲治の為を思ってこそ。そう考えながらも、やはりどこかで楽しみながら。




