21.πタッチ
兄の方は大山田大五郎。デブの一歩手前といった大きな体格で、髪の色は炎のような赤色。
そして弟の方は小次郎。兄とはうって変わって棒のように痩せ細った、真っ青な髪色の男だ。
二人は鶴山市徳地高校に通う双子の兄弟で、地元では結構な有名人である。
その格好と態度を見ればなぜ有名なのか、お分かりだろう。
「オウオウオウオウ!! 女二人もはべらして見せつけてくれやがって」
「ちゅーか、何だよその目つき。頭きちゃうよねぇ大五郎!」
「オウよ。オレはテメェの目つきが気に入らねぇ!」
ともかく喧嘩っ早く大きな態度。二人は札付きのワルというやつで、これまでも多くの問題を起こしたことがあった。
気に喰わないことがあればなりふり構わず喧嘩を売りに行く性格で、今まさに玲治は喧嘩を売られてしまっている。
しかし目つきが気に入らない、と大五郎は言っているが、それが本音ではないことが玲治の目にはハッキリとお見通しだった。
「……俺の目つきが気に入らないって、嘘だろ」
「な、なんだとぉ?」
「どうせ、二人をナンパしようとか思いながら声かけてきたんじゃないのか?」
「う、うぐっ……!!」
小次郎の肩に手を回し、後ろを向いてこそこそと耳打ちだす大五郎。
あちらから話しかけてきたというのに玲治たちはほったらかしだ。
「オウオウ小次郎! なんでぇ、オレらの目的バレバレじゃあねぇか!」
「ちゅーか大五郎、別に隠さなくてもいいじゃん。あのガンくれ野郎の言う事なんて気にする必要ないって」
「……オレぁよ小次郎。ナンパ目的で女子に声かけンのが嫌なんだよ! あくまで絡んで掻っ攫うんだ! ナンパなんて、なんか必死っぽくてカッコ悪いだろぉ?」
「んなこと言ってもねぇ……ナンパが必死でカッコ悪いなんて、童貞男の僻みでしょーが」
「うるせぇ誰が童貞でぇ!! ……まぁいい。ところで小次郎、大事な話を前もってしとくぜ」
大五郎はより一層、声をひそめて真剣な眼差しを小次郎に送る。
「お前……どっちが好みだ?」
「んなの決まってるでしょ。小さい方」
小次郎は即答した。
彼は軽度のロリコンというやつであり、身長一六〇センチ以下の女性に目が無いのだ。
そして彼の返答を聞いた大五郎はにやりと満足そうに笑う。
「流石だぁ小次郎。そしてオレは勿論、あっちの綺麗系だ」
「好きだねぇ大五郎も……んじゃ、チャチャっとやっちゃおう」
「オウ!」
二人が密談を終えるまで黙って待っていた玲治たち。お約束とは言え律儀なものだ。
振り返った大五郎は鼻を鳴らし、太い腕を伸ばしてあきらの肩を掴む。
玲治たちは既に繋いでいた手を離していたので、あきらはされるがままに大五郎によってぐいっと引き寄せられてしまう。
「何をする……!」
「オウオウ、ちょいとオレらに付き合ってもらうぜぇ」
「むっ、お姉ちゃんに乱暴しないでよっ!」
「ちょい待ち。お姉ちゃんだって? このガンくれ野郎、姉妹まとめて仲良くしてるっての?」
「あにぃ!? なんて羨ま……ふてぇ野郎だ!」
あきらの肩を掴んでいる手に力が入る。
痛みに表情を歪ませたあきらを見て、玲治は頭頂部に熱い血が集まるのを感じた。
「おいてめぇ……!」
「オウオウオウ、てめぇとはなんでぇ! この俺とやろうってのか!」
「いいから、あきら姉さんから手を離せって言ってんだよッ!!」
激しい剣幕で迫る玲治。
大五郎の腕を掴み上げて、あきらの前に割って入るようにしたが、玲治の目つきで睨まれても大五郎はまったく怯まずに口元をつり上げていた。
声を荒げて怒っている玲治を見て、あきらは少し不安気な表情を浮かべる。
「れ、玲治……っ」
「ほーう。アキラネさんってぇのか彼女は。古風でいい名前だぜ……益々気に入っちまったぁ! いただかねぇワケにゃあいかねぇな!」
「っ……! 危ないから下がっててくれ!」
大五郎が玲治の手を払って腕を振り上げる。それは暴力の前兆に他ならなかった。
玲治は咄嗟にあきらを突き放そうと手を後ろへ伸ばす。しかし、伸ばした場所が悪かった。
ふにょん。と玲治の左手はものの見事にあきらの豊かな胸に吸い込まれ、柔らかく沈み込んでしまったのだ。
「ひゃっ……!?」
玲治はふにょふにょと指先に伝わる感覚が一体何なのかわからず、疑問符を浮かべながら振り返る。
口元をジグザグになるくらい力強く噤んだあきらが真っ赤に頬を染めているのを見て、玲治は自分が何をしでかしているのかを瞬時に理解した。
「れ、玲治っ……」
姉の胸を、鷲掴みにしてしまっている。
「ちゅーかっ、何してんのよコイツぅ!」
「おっ、お兄ちゃんのスケベ! なんでお姉ちゃんのおっぱい触ってるの!?」
女性の胸というのはこんなにも柔らかく、そして弾力があるものなのかと、何故か冷静に分析してしまう玲治。
あきらの羞恥にまみれた表情も普段の凛としたものからはかけ離れているため、物珍しく見える。
そんなふうに考えていた玲治だったが、ようやく我に返ってあきらの胸を掴んでいた手を引いた。
「うわっ! ご、ごめん姉さ……!!」
「オ、オウオウてめぇ……! こんな時に何してやがんでぇ!!」
大五郎は振り上げていた腕に目いっぱい力を込めながら、玲治目掛けて振り下ろす。
その気配を察して、玲治は何とか間一髪でそれを避けることが出来た。しかし、先ほどよりも大五郎は目に見えて怒りをあらわにしているようだった。
「こ、こんな公衆の面前で見せつけるみてぇに彼女の胸を揉みやがって!」
「ちげぇよ! 今のは偶然……!」
「偶然で胸を揉む奴があるかぁ!」
怒り心頭で拳を振るう大五郎。
彼の拳は真っ直ぐに、慌てている玲治の顔面目掛けて振るわれた。しかし、玲治の顔に当たることなく、その前に細く白い手のひらに阻まれてしまう。
「えっ……?」
大五郎の拳を、玲治の後ろから手を伸ばしたあきらが受け止めていたのだ。
うつむき気味なあきらの表情は前髪に隠れてしまっていてはっきりと見えないが、彼女は力いっぱいに大五郎の拳を握りしめる。
その場の誰もが困惑するなか、あきらの呟くような小さな声が玲治の耳にだけ届いた。
「……二歩、右へ退け」
まだ短い付き合いだが、今まで聞いたことのない怒気と鋭さを持った声だった。
気圧された玲治は何も言えずに、ただただ従ってその通りに動く。
そのときだった。
「……ふっ!」
「んん!? うおぉっ!?」
ぎゅっ、と床に靴をすらしながらあきらが踏み込む。
掴んでいた大五郎の拳を引っ張りながら空いた片方の手で服の襟もとを捻り上げ、完全に背を向ける。
その体勢は、柔道においての技をかけるものだということが、経験者のなぎさだけ理解できていた。
大五郎の巨体が細身なあきらによって浮き上がる。
鮮やかな体さばき。背負い投げが見事に決まって、大五郎は背中から床にたたきつけられた。
「ぐほぉっ……!」
「だっ、大五郎ぉーっ!」
衝撃で脳震盪を起こした大五郎は白目を剥いてぴくぴくと痙攣している。
即座に小次郎が駆け寄っていくが、いくら揺すっても大五郎は返事すら出来ないほどダメージを受けているようだった。
一瞬の出来事に呆気に取られていた玲治は、恐る恐る視線をあきらの方へと戻す。
まだ頬を染めながらも、あきらはあからさまに怒りに震えながら玲治を睨みつけている。
背後には燃える炎のようなオーラが見えるほどで、その表情は般若面を思わせた。
「玲治っ! そこに座りなさい!!」
「はっ、はいっ!」
口を挟もうと思えないほどの、迫力ある口調。
玲治は即座に膝を折り、その場に正座するのだった。




