15.さぁ、ゲームの時間よ
「あたしは一年A組、笠良城菰野! このクソつまらなそうな同好会を、乗っ取るために来たのよっ!」
思い出づくり同好会の部室に突如訪れた、猛禽類のような笑みを湛えた少女。
彼女の名前は笠良城菰野、十六歳。一年A組所属。
小学生かと見紛うほどの貧相な身体つきだが、これでもれっきとした高校生である。
彼女が部室に入ってくるなり言い放った、同好会を乗っ取りに来たという台詞。
その突拍子もない台詞に、その場にいた全員が呆気に取られてしまっていた。
「……乗っ取りに? 意味がわかりかねないね」
「はぁ? 言葉のままじゃない。国語の成績わるいの?」
「こう見えても文系だよ僕は。現国の成績だけは良いのさ」
笠良城は棘のある言葉を投げかけるが、多気は涼しい顔でそれを受け流す。
挑発に乗ってこないことがわかると笠良城は鼻白み、咳払いして仕切り直した。
「フンっ……とにかく、この学校じゃ同好会ってのがここしかないのよね?」
「そうだけど、それがさっきの台詞とどう関係があるんだい」
「この学校、一年生は新しく部活や同好会を作ることが出来ないっていう、馬鹿みたいな校則があるのよ。だからあたしはこう考えたワケ。作れないなら乗っ取ればいいってね」
瞳をぎらつかせながら笠良城はにやりと笑う。
高校生になった途端にデビューとかなんとか抜かして調子付く奴がよくいるが、彼女もそういうタイプだろうかと、玲治は呆れながら考えていた。
一年生とは思えない態度に、多気とはまた別方向の自信家らしき雰囲気。ひどく面倒なことになりそうな予感が走る。
「ちょっとそこのアンタ。なにガン飛ばしてんのよ」
「生まれつき目つきが悪いんだ、睨んでるつもりはねぇよ」
本当に下級生か疑わしいほどの横柄な態度。玲治はそれに腹を立てはしなかったが、正直トラブルを持ち込むのはやめてほしいと拒絶的な視線を送っていた。
思い出づくり同好会は玲治にとって安息の地であり、学園生活のいわば中心。
クラスメイトと距離を置かれている以上、玲治が心から楽しいと思える時間は今のところ部活のときだけなのだ。そこすらも奪われるわけにはいかなかった。
「とにかく! あたしと勝負しなさいアンタたち!」
「勝負? お兄ちゃん、なんだか面白そうだね!」
「面白くねぇと思うけどなぁ……おい多気、どうすんだよ」
「そうだねぇ。勝負を挑まれた以上、逃げるという行為は僕の美学に反する。……菰野くん、と言ったね。一体どういう勝負をするつもりだい?」
「テーブルの上を見てみなさいよ。丁度いいものが置いてあるでしょ」
笠良城は顎を動かして全員の視線をテーブルの上へと誘導する。
つい先ほどなぎさが並び終えたばかりのトランプが、裏向きでテーブルの上を埋め尽くしていた。
「それ、神経衰弱でしょ。勝負はゲームでやろうじゃない」
「いいだろう。部長であるこの僕、多気燕が直々にお相手してあげようじゃあないか」
「多気、燕? 名前までダサいわね。今の時代でタキツバだなんて」
「ぐぅぁ……! い、いいから席に着きたまえよ……」
勝負開始前から思わぬ精神ダメージを受けた多気だったが、何とか持ちこたえてソファに腰かける。
玲治たちは二人の勝負を見届けるために、多気が座るソファの後ろへと移動した。
笠良城が反対のソファに腰かけて、いよいよゲームが始まろうとする。
「いーい? アンタたち四人があたしにゲームで負けたら、この同好会はあたしの物になるんだからね」
「おい多気……いいのかよ、こんな勝負受けちまって。入部して一週間経たずに辞めることになるなんてゴメンだぞ」
「心配しなくていいさ玲治。僕が勝てばそれで終わりだよ」
涼しい顔で微笑みながら多気は前髪を払う。
笠良城の方も余裕綽々と言った表情だ。
「さぁ、ゲームの時間よ」
「記憶力にはそこそこ自信がある。頭の出来が違うことを見せつけてあげるよ」
「ふん、あたしに勝てるなんて思わないことね」
◆
「――よっわ! アンタよっわ!! 話になんないわよ! この鳥頭!」
笠良城の前に積み重ねられたカードの束と、多気の前に寂しく横たわるたった四枚のカード。
わずか五分ほどの短い勝負は多気の惨敗で幕を閉じたのだった。
目を伏せて口元を引きつらせる多気を前にして、笠良城はこれでもかと言うくらいに大笑いしながら罵倒を繰り返す。
「多気……お前、俺より弱いじゃん神経衰弱……」
「タッキーかっこわるぅい」
「多気君、意気込みは良かったが結果が伴わなかったな……」
もはや哀れむことしかできない負けっぷり。
前半は互いに運悪く、初見のカードばかりがめくられていくという神経衰弱ではありがちな立ち上がりだったのだが、中盤から流れは完全に笠良城の物となっていった。
一度めくられたカードはことごとく取られていき、実際多気が手に入れた二組はたまたま当たっただけの物。記憶力どうこう以前の話だった。
ソファの後ろから哀れみの視線と慰めの言葉をかけられ、多気の心は穴だらけ。
多気の身体は今にも折れてしまいそうなほど弱々しく震えている。
そして笠良城は笑いすぎてぷるぷると肩を震わせていた。
「うくくくっ……! なぁにが『頭の出来が違う』よ! ホントその通り、馬鹿過ぎて出来が違うわね! あははははっ!!」
「……す、すまない玲治。僕はいま何も考えられないよ」
「お前、顔色真っ青だな……。まぁ負けちまったもんはしょうがねぇんだから、休んどけ」
老人のような足取りで立ち上がり、多気はソファの横にずるずると崩れ落ちた。
完膚なきまでに負けたのがよほどショックだったらしく、薄く微笑んでいるものの顔色はひどいものだった。
「タッキーって頭悪かったんだね」
「なぎさ、無邪気にトドメを刺そうとするな。多気はいま三途の川を見てるんだから」
散々敗北者を笑い飛ばしたあと、ようやく笠良城は一息ついて落ち着いたようだった。
トランプのカードをひとまとめにしてシャッフルしながら、次の対戦者を待ち構える。
「ほら、次は誰が相手かしら? ゲームの種目はそっちが決めていいわよ」
「あっ! じゃあじゃあ、次はボクがやる!」
「いや待てなぎさ。ここは私が行こう」
手を上げてアピールしていたなぎさを遮り、あきらがソファの前へ回り込む。
早く遊びたくてうずうずしていたなぎさは、頬を膨らませて不満げに唇を尖らせた。
「むぅー、ズルいよお姉ちゃん!」
「すまないな。だが私は上級生として、彼女に灸を添えてやらねばならん」
真剣な表情を浮かべてそう言ったあきら。
なぎさはしょんぼりしながらも、姉の言うことを大人しく聞いてその場は引き下がった。
あきらの言う事には聞き分けがいいんだなと、玲治は少しばかり感心する。兄である自分の言う事もこれくらい聞いてくれればいいのだが。
「次鋒は私、嬉野あきらが務めよう」
「あら、アンタ学食泥棒の嬉野じゃない。大食らいは大抵馬鹿って相場が決まってるけど大丈夫かしら」
多気を相手にしていた時と同じように、笠良城は三年生のあきらに対しても物怖じせず悪態をついた。
あきらはそれに怒るでも傷つくでもなく、ただ真っ直ぐな目で見つめ返す。その視線はまるでナイフのようで、見つめられていると嫌な汗をかきそうだ。
笠良城もやはり身体を強張らせるが、表情から余裕を崩さずに次のゲームの話を始める。
「種目は何がいいのよ? スピード? セブンブリッジ? ジンラミー?」
「悪いが、私はトランプを使ったゲームをほとんど知らないんだ。適当に見繕ってルール説明をしてくれないか?」
「はぁ? 何よそれ、面倒くさいわね……。トランプが苦手っていうなら、他の種目を選びなさいよ」
「そうは言ってもトランプ以外にゲームが出来る物はここに無いぞ」
「あたしが持ってんのよ」
笠良城は自分の鞄を膝の上に乗せて中身を開いて見せた。
驚くべきことに、鞄の中には誰でも見たことがあるようなパーティゲームや、トランプ、花札、オセロ、果ては麻雀牌ケースなどがぎっしり詰められている。
学生鞄の中身としてはこの上なく不真面目な内容である。
「うわぁーっ! ゲームがいっぱい入ってる!」
「おま……一年のクセにかなり挑戦的な中身だな……荷物検査とかあったら一発でアウトだろこれ」
「荷物検査なんて、鞄の中身を隠そうとするからダメなのよ。鞄ごと隠しちゃえば何も問題ないわ」
外見は薄く見える鞄のどこに入っていたのかと思えるくらいに、次から次へとゲームをテーブルに並べていく笠良城。
四次元空間に通じるポケットのようだと、それを見て目を輝かせるなぎさ。
自分のコレクションに興味を持たれたのが心地よいのか、笠良城は機嫌良さげに口角を上げる。
「どれでも好きなのを選んでいいわよ。どうせあたしが勝つんだからさ」
「そうだな……これならやったことがあるぞ」
「わっ、懐かしー! ジェンガだぁ!」
あきらが手に取ったのは縦に長いプラスチックケース。
その中には既に組み上がったジェンガがすっぽりと入っていた。
「記憶力ではなく集中力がモノを言うゲームだ。これで勝負を受けてもらおうか」
「いいわよ。どんなゲームだって受けて立ってあげる。どうせあたしには勝てっこないんだから」
獲物を狙う目つきの笠良城と、凛とした表情のあきら。
テーブルの中央にジェンガのタワーが設置され、同好会の存続を賭けたゲームの第二戦が行われる。
じゃんけんの結果、先行はあきらから。
小さく深呼吸をして、あきらはジェンガに手を伸ばした。




