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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第六話

「あら、ついて来たのね」


 立ち竦み、追っては来ないと確信に近いものを感じていた怜は心底意外な顔で冬弥を迎える。

 この二日で得た御防冬弥という人間の評価は自身の力量を把握しその上で行動に移す、端的に言えば危険に首を突っ込むような気質ではなかった。だからこそ未知の部分が多い今回のケースは傍観に徹すると考えていた。

 まぁ二日で何がわかるというものでもないので、あっさりと評価を更新した。


「一応()()()()()だからな。下手に荒らされると困るんだよ」


 魔術師にはそれぞれの領域というものがある。何らかの組織に所属していればその限りではないがフリーの魔術師であれば個人や家毎に所持しており、今回のような真似ができる魔術師であれば先客に気付かないはずがない。


「へぇ、あんたも魔術師の端くれではあるわけね。でも私の邪魔だけはしないでよ。自分の身は自分で守りなさい」


「わかってる。それに俺は極力手は出さない、それでいいだろ?」


「できれば回れ右して帰ってほしいけどね。いくら他人でも知り合いだし。巻き込んじゃたら後味悪いじゃない」


「いやそこは上手いことやれよ。にしてもいきなり関わってんな」


 不干渉と言ったその日のうちに魔術師としての関わりができてしまった。少しの可笑しさに笑えてしまうがそれは冬弥だけのようだ。唐突に怜は立ち止まった。心なしか手も震えているようだ。

 怜は口の中が急速に乾いていくのを感じた。


「……ええ。笑いたいなら今のうちに笑っときなさい。それとさっきも言ったけど自分の身ぐらいなんとかしなさい。あんたを気に掛けてるような余裕、なさそうだから」


 一帯を靄が覆っていた。

 知らぬ間に起点へと到達していたのか、道の先からは膨大な魔力の塊と今この場ではするはずのない音が迫っていた。ガチャガチャと金属の擦れ合う音に微かながらも確かな足音が混じっている。何十何百、彼我の距離が詰まるにつれ音の数は増していく。

 既に魔術師以外の人間はこの空間に存在していない、それは確固たる事実であり、なればこそ疑問は恐怖へと変貌していく。


「……なんだあれは。人、なのか」


「マズイわね。ハズレもハズレ、大ハズレよ。私なんかじゃ、ましてあんたなんかじゃ万に一つも勝ち目はないわ」


「そんなヤバいのか、あれ」


 全容が、集合体を形成するものが明らかとなっていく。

 人の形をしたそれはゆったりとした動作で前へ前へと進み靄から這い出てくる。その瞳に当人の思考はなく、与えられた命令にのみ従う人形(マリオネット)のような物体へと成り下がっていた。大きく腐っているわけではないようだが、右肩が欠けていたり首が折れていたり、生気は微塵も感じられない。

 数百という数が犇めき合う光景はゾンビが彷徨うパニック映画のようで、二人のSAN値は急速に低下していった。

 群れて強く見せるのはイワシの特権じゃなかったのか!弱者の特権がいつの間にゾンビの技になったのか……いや、死んでいるのだから普通は強いも弱いもないが。


「単なるブードゥーを起源とした呪的死体なら対処は簡単よ。首を落とすか爆けさせるか潰せばい。燃やしてもいいわね。でもあれは違う」


「そうなのか?俺にはただの死体、あぁいや普通のゾンビにみえるが」


「よく見ろバカ!あんなゴチャゴチャしたゾンビがいてたまるもんですか!」


 人型の群れに混じり不定形のシルエットがまばらに点在している。死体ありのままの姿形のゾンビと違いあまりに歪で。

 靄が晴れるようにして現れたそれに冬弥はある幻獣を思い描いた。

 ()()()()

 合成獣の語源ともなったそれは神話に語られるだけに魔術師にとっては手に出しやすい、と同時に最も出しづらい魔術研究の一つとなっていた。なぜならこの研究の行き着く先には越えなければならない壁が悠然と、途方も無い高さまで立ちはだかっていたからだ。


 合成獣(キメラ)の研究。初歩の段階は世間一般でも知られる異なる生物同士の配合だ。これがこの研究の基幹であり辿り着くべき一つの結論でもあった。様々な伝承や伝説に基づき構成される術式はグリフォンに始まりペガサス、ケートスなど数多の合成獣を生み出した。

 時期にその深淵を目にする者も出て来た。しかしその全ての者が例外なくその先を見ることはなかった。その日のうちに誰もが語らぬ死体となり、協会により成果は闇へと葬られ去った。

 その理由は彼等が語るに一つ、

 原則・第三項への抵触。

 第一段階では一個体に複数の遺伝情報が内包されたものが作成される。しかしそれは互いに反発する事も多く、その解決に至る事が終着点だった。しかしそれは新たなる種を生み出すと同義だった。

 異なる生物の遺伝情報を一つに纏め生物を生み出す。そうすることで内包される遺伝情報は一つとなり拒絶反応をゼロへと落とし込むことを可能とした。

 しかしその結果生み出された合成獣は一種の生命体として地球上に存在してしまった。作られた存在とはいえ一つの種族。種の最後の一匹が魔術師の下にある。守られるべき原則が容易に脅かされる事を良しとしない協会にとってそれは看過出来ない事項として迅速に対処された。

 以降合成獣に関する研究は準禁忌魔術として忌避されることとなった。

 でありながらここまで大規模に行使を可能とする魔術師は世界広しといえど絞られる。


 その経緯を知っていた怜は自ずとその正体を、黒幕を推察することができてしまった。


死霊帝国(ネクロエンパイア)、イニアリテール=ネクロ。あの協会を以ってしても討滅出来ていない正真正銘の大魔術師よ」


 呟いた言葉は返答を求めたものではなかったが、気の良い声が返ってくる。



「如何にも。この極東の地にも我の名を知る者がおろうとは、博識であるなそこな小娘よ」



 一言で言えば少女の気分は最悪だった。

 魑魅魍魎のパレードの参列者とは思えない幼げなソプラノボイスが耳元で聞こえ、隣にいると錯覚に陥った二人は周囲を見渡す。しかしいるのは跋扈する死霊のみで大凡生者と呼べるものは誰一人として見つからなかった。

 声の主は彼等を思考を置き去りになお続けた。


「人の世から隔たれて幾許の時が過ぎたのか。天を貫かんとするは古の塔の攅立のようではないか。よもやこうも移ろうてしまうとは思わなんだよ。…時にお主ら、今は何年かの?」


 蠢く死海を割り現れたのは声に違わない幼い少女だった。

 その髪は月が減衰した光の中でさえ自ら発光する蛍のように優美で。冬弥は現状を忘れ一時の胡蝶に目を奪われた。


「……西暦で二〇四六年よ。死霊の王」


「その王というのは何とかならんかのう。王になったことなど一度もないというに。然ても二〇四六年とは、えらく()()跳ばされたものじゃ。次会うたら如何にしてやろうか」


 西を向きこの死霊の王はここにいる理由となった元凶に届いていないと分かっていながらそう呟く。……もしかしたら本当に届いているのかもしれないが。

 そうしている間にも伸し掛かる圧は王を呼称されるだけに二人を絶えず圧迫した。ただそこに存在するだけで周囲を威圧する、実力差は歴然であり鼓動はドクドクと警鐘を鳴らしていた。

 勝てる勝てないの問題ではない、もはや存在としての()そのものが違っていた。


「して二人の魔術師よ、如何用で我の下まで来たのか。理由を申してみよ」


「……理由ですって?」


「応とも。まさか偶然ではあるまい?人払いは済ませてある、来るのは魔術師以外いるまい?返答によっては褒美をとらせてもよい。中には一介の魔術師には手にできぬものもあるだろうて。斯うて話すのも久しいからの。くれぐれも退屈だけはさせてくれるなよ?」


 冬弥達に向けられた笑顔に悪意など一切なく、ただ純粋な興味と齎されるであろう逸楽に染まっていて。

 それは見た目相応の少女そのもので、二つの共存などあり得ない異様に二人は呑み込まれた。


 互いに手は結ばない、そんな坩堝に犇めく者達のか細い協定は無二の俊英の前に容易く切り落とされた。揃って相対した時点で互いの生も死も切り離せない、陳腐な言葉だが正に運命共同体だ。

 一方の浅慮な発言で他方諸共に良くて消される、最悪女王配下の死者の軍勢(デスパレード)で死してなお尊厳を粉砕されるだろうことは確かだった。


「……どうすんだよ、なんて答えたら正解なんだ?」


「私に分かるわけないでしょ!ただこのままだったら間違いなく私達の人生に終止符を打たれるわ」


 迂闊な行動を後悔しながらも絶望的な状況にアドレナリンが脳内を満たし様々な考えが巡る。


「何をひさめいておる。我は気は長い方じゃと自負しておるが久方ぶりの会話がこれではのう、愉悦の欠片もありはせん」


 時として神は非常にも指揮棒を手に取り鎮魂歌を奏でんと登壇する。

 イニアリテール=ネクロは楽団員を嗾けんと悠々と右手を上げる。それはさながら巨匠アルトゥーロ・トスカニーニのようで。

 愚直なまでのその笑みは見る者を魅了し引き返すことの叶わない深淵まで生者を誘った。


 ゴクリと唾を飲み脅威を再認識した冬弥は急かされるままに一歩前に躍り出た。

 そして何を血迷ったかこんなことを口走る。


「ここは親父から継いだ場所だ。これでも魔術師の端くれなんでな。悪いが手下なら他を当たってくれないか」


「ちょっバカ!あんた何言ってんのよ!これで私まで巻き添えとか冗談じゃないわよ!」


 喧嘩を売っているととられてもおかしくない物言いに怜は焦燥感を滲ませ冬弥の背中にその丈をぶつけた。


 なぜこんなことを口走ったのか、それは冬弥自身にもわからなかったが、退いてはいけないと心の奥、深層で感じていた。

面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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