第五話
帰り道、正確には寄り道の道中修二はずっと気にかかっていたことを切り出す。聞いていいものか迷っていたが遠慮よりも興味が勝ったのか躊躇いはなかった。何年も一緒に過ごしてきた過去があってこそかもしれないが。
「ちょっと質問OK?」
「…なんだよ?嫌に発音いいな」
「今日さ、なんであんなに那上さんのこと見つめてたんだ?まさか好きになったとか?いや悪いそんな顔すんな」
ゴミを見るような目でもしていたか。悪いことをしたわけでもないのに謝罪が口をつくとは。
何を言っているんだと得体のしれないものを見る目で修二を見る冬弥に対し気を取り直し、心外だと言わんばかりに続ける。
「いやだってさ、昨日の今日で関わりだって全然なかっただろ?なら昨日の放課後に何かあって一目惚れ、みたいなのだってありえなくはないだろ?じゃないとずっと見てる意味がわからん」
そう言われてみるとおかしいのは自分のような気がしてきた冬弥はどう話したものかと頭を悩ませる。
素直に話す、いやいやこれは絶対ないだろう。信じられないだろうしそもそも話せないし。
だが修二の話に合わせるのも面倒な未来しか見えず、何でもないと納得させるのがベストなのは言うまでもないがそれでは修二は引かないだろう。下手な答えはできないと様々な場面をシミュレートする。
第一に話を合わせて好きになったといった場合。
根掘り葉掘り、ゴシップを追うジャーナリストさながらの悪友の姿が深く考えるまでもなく想像された。確率は低いが最悪面白がって広まる可能性すらあるだろう。
第二に……。
無言で歩きながら冬弥は考え続けた。
それが期せず功を奏した。
いつまでたっても一言も発せず、やがて折れた修二が俯いていた少年の頭をひっぱいたからだ。
「ったく、別に無理して話さなくてもいいよ。少しは期待したんだけどなぁ」
そう言うと足早にゲームセンターの中は入っていく。
「……お前、早くゲームがやりたいだけだろ」
気づけばゲームセンターの前に着いており、修二が折れた理由も中で何をするか吟味している様子を見れば明白で、正直助けられたと冬弥はゲームセンターに感謝した。
店内はありとあらゆる音楽と効果音が入り混じり音の世界では混沌が広がっていた。ジャラジャラとレトロゲームのコインが動き回り、最新型の音ゲーからは流行りのポップスが幾重にも重なる。
そんな様々な誘惑の中、冬弥はありきたりなレーシングゲームの筐体の前で手招きする修二に釣られて寄っていく。ハンドルに簡単なペダルが三つ付いたそれは過去に何度も対戦したもので、店に来て初戦はこれといつからか決まっていた。
幸いにも他の客がいなかったため流れるようにシートに座る。
すでに百円玉を入れセットしている修二が急かすように足で音を鳴らす。
「うし、やるか」
「おう!見せてやるぜ、ドリキンも真っ青な超速のドリフトをな!」
画面は主観に移り、灼熱に揺れるコンクリートが二人の視界をうめる。傍を見ればレースクイーンが大きく体を使い旗を振っている。
一つ、また一つと赤のカウントダウンが灯っていく。気分はグリッドでシグナルを待つレーサーだ。
そして青三つのゴーサイン、二人は同時にアクセルを全力で踏みしめた。
「だらっしゃあああ!」
ガコンッ
自販機から飲み物が連続して二つ落ちる。ベンチに座る冬弥の元に両手をうめた修二が戻った。
「あーくそ、負けだ負け!最後のあの接触さえなければ……」
「見事にガードレールに突っ込んだからな」
レースに負けた修二はラストスパートの選択ミスに苦渋を飲みペナルティとしてジュース一本、値段にして百六十円の損失を被った。お小遣いに限りのある男子高校生には手痛い出費だ。
学校での勉強以上にフルで使用した体と脳に炭酸飲料の喉を刺すような連続した刺激が沁み渡る。一気に飲み干しその代償に目尻にはうっすらと水滴が浮かび、冬弥の口からは小さく二酸化炭素の塊が出る。
早くも飲み終えた修二は空き缶をゴミ箱へ放り込んだ。そして勢いよく立ち上がり、
「よしっ!じゃあ次いくか。格ゲーか?それともこれか?」
そう言って手で子供がやるように銃を形作る。
「いいぜ、そろそろ勝ち越したいしな」
三分の一ほど残った中身を飲み干し同じように缶を山なりに投げ込んだ。
カランッと軽快な音が二人の背後から鳴り、それはすぐに渦巻く多音に飲み込まれていった。
▽
「今日は俺の勝ちだな」
「うるせーこんちくしょう。ツイてなさすぎるぜ」
日の入りが早まっているからか四時過ぎの空はすでに茜色に染まっている。疎らに点在する雲に影が生まれ鉄紺とのコントラストが鮮やかに現れていた。
入り口付近で二人は対極の心境と表情で互いの戦果について語り合っていた。
結局長いこと居座った二人は修二の所持金事情が元でお開きとなることになった。
今後の生活をどうするか考える修二の顔には僅かに哀愁の影すら差している。グダグダと愚痴をたれる修二は暫く吐き出して整理がついたのか一つ伸びをした。
「……まあ仕方ないか。んじゃ帰ろうぜ」
「ああ悪い、ちょっと寄りたいとこがあってさ。先に帰ってくれ」
「別に着いてくぞ?」
「いや、いいよ。多分長くなるし」
やんわりと、しかし明確な否定を感じ取った修二はそれ以上は無駄だと判断したのか「やれやれ」といかにも分かっている風に首を振る。エロ本でも買いに行くと思われているんじゃなかろうか。
「わかった。お前も早く帰れよ。多少は勉強しといたほうがいいぞ!」
コツンと拳同士を軽く合わせ修二は駆け出す。
「エロはほどほどになあーっ!」
「いや違うからぁ!」
走り去りながら発せられた声は末尾にいくにつれ次第に小さくなっていき、その姿もまた人混みへと消えていった。
周りの人の目が痛々しい。特に夕食の買い物であろうお姉さんの目が酷い。
その様子を見送った冬弥は踵を返し駅とは自宅とは真逆の方へと歩みを進めた。
「さて、あんまり気は進まないが……。ここまで派手にやられたら行かざるを得ない、よなぁ」
足取りは重く、それが気乗りしない所用だということは言動だけでなくその動きからも容易に読み取れた。
アーケード街を抜け雑多に立ち上るビル群との距離を縮めていく。近づくにしたがって人の波はスーツと革靴というフォーマルな装いへと姿を変えていく。
迷うことなく流れてくる波を掻き分けるように前進する。
横にはすれ違うサラリーマンが絶えることはなく、それはまるで一人抗う逆走者のようだ。
しかし数分もすれば穏やかなもので、周囲の様相は真逆へと反転していた。人一人すら見つけることは叶わず剥離流が時折呻き声をあげ少年へと吹きつける。現実離れしたその光景はいつしか見たハリウッド映画の荒廃した未来都市をくり抜いてきたと錯覚させるほど生活感、人の生気というものが感じられなかった。
「すごいな。こんな規模の人払い見たことないぞ」
長年放置され廃れたわけではない。確かな意図を持ち人の手で創り出された一つの静止した世界に冬弥は見覚えがあった。
人のいない通学路。
音一つしない隣家。
どうして思い出すのか。分かっている。空気感や日の色が似ているせいだ。
過去の記憶が一瞬呼び出される。
でも今はそれどころじゃない。目の前には魔術的な現実との差異、空間への干渉の跡が残っている。
恐る恐る近寄ればその正体が理解できた。
「結界か」
人払いと一口に言ってもその方法は一つに限られたものではない。精神干渉の結果として起こる事象改変の代表例ではあるが決して万能のものではなく、大抵の場合一部屋に対しての消音であったり、平凡な魔術師ならば全力で一軒家が関の山だ。
基本は対象物に対する関心を削ぎ遠ざける付与魔術の一種が使用される。
しかしそれはあくまで限定された規格内でしか機能しない。
ここでの結界は謂わばその『規格』を作り出すための箱のような役割を担っていた。
「結界を一つの物体として認識させているのか」
「―――そうよ。これだけの結界に人払いの付与、相手はかなりの大物らしいわね」
結界に気を取られていた冬弥は後ろからかけられた聞き覚えのある声に身を翻す。
そこには如何にも魔術師然とした少女が空を見上げていた。怜は冬弥へと近づき手を伸ばすと空気を一撫でした後改めて結界に対する認識を口にする。
「物質的な効果はもってないみたいね。これなら侵入自体は誰でも可能ね」
そう言うと躊躇いなく境界を踏み越えた。
「ちょ、おい待てよ!」
反対に踏み込めなかった冬弥はもっと慎重になるべきだと怜を止める。
「別について来なくてもいいのよ?そこで子鹿みたいに怯えてれば?」
制止を一蹴しスタスタと普段と同じようにこの結界の起点、中心へと去っていく。
その姿を呆然と見つめる冬弥はしかしすぐに頭を振り言われたことを反芻し久々に感じた怒りのような悔しさのような感情、端的に表すならば「ムカついて」いた。別に驕っているわけじゃない。それは屋上の一件からも明らかであり、ただ、最低限の魔術師といての自負がそうさせた。
ここまで馬鹿にされたことで慎重論を訴えていた脳内論者は彼方へと感情の波に押し流され、体は勝手に前へ動いていた。
「あぁもう行ってやるよ!」
そう出した足が運命の路線を数奇へと切って繋げる、邂逅の幕を自ら切って落とす行為だと知る由もないまま。
先に見える背中を追い、冬弥は駆けていった。
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




