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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第二十六話

「それで?結局そのゲームとやらは何だったんだ?アイツ言い逃げしやがったからよォ。ならテメェは何か知ってんだろ?」


 そんな彼等の感じるプレッシャーなど何処へ吹く風か。

 鉄屑が痺れを切らしたのか、敬語も少しの虚飾すらなく疑問を投げつける。

 あからさますぎる態度に、壁に並び立っている配下の騎士達が圧を強めた。冬弥は両肩にのしかかる重圧が現実に効果をもたらし、少し顔をしかめたが、そこは鉄屑の性質もあるのかむしろ押し返すような空気が背中を通して冬弥の眼に入ってきた。色が付いているとするならば赤に違いない。


 カチャカチャと金属が擦れる音がする。

 いくら協力関係にあるといってもそう簡単に割り切れる者ばかりではなく、憮然と立っていた騎士のうち幾人かは気持ちに押され、身体が動き出そうと逸っているらしい。

 本心からか、将又点数稼ぎからか。意を決し、一人が口を開こうとしたタイミングで、見計らったかのようにユーリア=デントリーグはただ一言、


「止めよ」


 ピタリと音が止んだ。

 単純、だがいい手段だ。

 訪れた一瞬の静寂がユーリア=デントリーグの威厳を高める。台本があるならばよくできた台本だ。

 人を従えていると認識させるだけでその主は何周りも大きく見えてしまう。事実、以前は権力を笠に着たいけ好かない奴だと感じたが、今の良嗣には一人装飾の施された椅子に座る彼の姿がこの場の支配者のように感じられた。


「今争っている余裕はない。期日は迫っており、万に一つでも用意できなければ我等の信用と権威は地に落ちる。貴様らも逃れられずここに来たのだろう?ならばここが分水嶺だと知れ」


 唯々、淡々と事実だけを述べる。見下すような慢侮など含まない、的を得た事実は魔術師と騎士のどちらの口も無理矢理閉じさせた。


「だが結局どうするんだ?俺達は何も知らずにここにいる。なら説明の一つくらい()から受けてるんだろう?」


「生憎だが。私も貴様らが知る以上のことは知らんよ」


 そんなはずがない、鉄屑がそう食って掛かろうと足に力を込めた瞬間、



「それはそうさ。説明なんてしていないからね。もし知っていたとしたら、私がここに来た意味がないでしょう?」



 キンと張った中性的な声が、何故か良嗣の耳にはストレートに入ってきた。

 全身の毛穴から汗が噴き出たのか、寒気と身震いを引き連れ体ごと首を左へと回した。端に座っていたはずなのに。椅子半個分を挟んで、サンは足を組み、氷で作られた同じ形の椅子に座っていた。


「どうにも耐性ができるのかな。デントリーグ司教はあまり驚いてはくれないみたいだ」


 そう口にしながらもガッカリしている様子もなく、良嗣に向けられた顔は(にこや)かだった。


 誰一人として身を翻し体勢を整えることはなく、サンの気配を逃さぬよう、静かに闘志を滲ませていた。


「怖いなぁ。今日は説明をしに来ただけであって、そう警戒する必要なんてないのに」


「日頃の行いってやつが大事なんだよ。昨日の一件だけでお前の信用はゼロに等しい」


 良嗣の言葉にサンは肩をすくめる。あれしきのこと魔術師にとっては日常茶飯事とでも思っているのか、それとも手厳しいとでも感じているのか。どちらにしろサンにとってはどうでもいいことに違いない。現に彼は事もなげに立ち上がり、良嗣達とユーリア=デントリーグの間に立ち入った。

 題目であれば喜劇だろうか。笑顔で腕を伸ばし、演技かかった口上でサンは話の続きをつらつらと話し出す。


「さて、本題といこうか。といっても説明することはほとんどないんですけどね。ボードゲームみたいに細かいルールを作ったところで無視しそうな人が多そうだし。だから無駄なことはせずシンプルにいきましょうか」


 一度、二度、踵を鳴らした。


「“天蓋”」


 空気が震える。

 たった一言、しかしそれで十分だった。サンを軸に魔力が瞬きの間に膨張し、良嗣は身体を透過していった絶大な魔力に当てられふらつく。

 何が起こったのか。身体には特に変化は見られず、ならばと周りを見渡すも、あるべきと思っていた異変は何もなかった。そもそも魔術師ではない良嗣にとって、身体への直接の効果がない搦手の部類の魔術は苦手な分野であり、経験則からも導けないとなればもうどうしようもなかった。


「これで準備は整った。タイムリミットは……まぁ大体一週間、といったところですか」


 事態を飲み込めないまま、話は加速していく。


「貴様、何をした?」


 どうやらついて行けていないのは良嗣だけではなかったようだ。騎士の多くと良嗣達の約半数は警戒を怠らず、しきりに周囲に気を張っている。

 静かなのはJCと役者くらいだろうか。JCは和服の袖に手を隠し黙しており、役者は相も変わらず仮面のために表情は読めない。警戒の中、女王が妙にそわそわとして隣を見て顔を引きつらせている。視線の先には手榴弾のピンを指に嵌め、クルクルと回す爆弾がいた。

 自由すぎる者が何人かいるが、自衛の手段であれば仕方ないと良嗣は忘れることにした。


「あぁ、室内だからね。視覚が判断基準だと把握しづらいのか。……これなら見えるかな?」


 サンは手で空をなぞる。

 これから起こるであろう現象を想定し、JCが嫌らしい笑みを浮かべる。

 一滴の取り零しなく報告が行われていればユーリア=デントリーグにも理解できたのであろうが、至宝というより重要な情報に掻き消されてしまっていた。もし知っていれば静止を叫んでいたに違いない。


 良嗣達にとっては聞くのが二度目となる澄んだ音が鳴った。

 教会上部は涼やかな音とともに砕け散った。幻想的な天色に息を呑んだ教会の面々だったが、JCの空を突くような笑い声で現実へと引き戻された。


「ざまぁないのぉ!調子に乗っておるからこういう目にあうんじゃわい!」


 存外、年の功はどこへいったのか、言葉に顔に動き全てで教会連中を煽りまくっている。

 余程鬱憤が溜まっていたのだろう。実に楽しそうだ。

 しかし光に影が付き纏うように、誰かが煽れば誰かが煽られるわけで。ユーリア=デントリーグの心中にあった『綺麗』という感情は薄皮のように怒りに破り捨てられた。


「巫山戯るなぁぁあ!貴様等修復にいくらかかると思っている!」


 主犯はサンなのだが、JCの言葉で共犯だとでも思ったのか。心底迷惑な勘違いに良嗣は、面倒事がまた増えたと顳顬を押さえる。


「落ち着け。こんなことで騒いでたら話が進まん」


 騎士の一人が呆れるように発した良嗣の発言に食ってかかる。鉄屑の言葉に反論しようとした騎士だ。


「こんなことだと!?他人事だからとッ―――」


「本筋に戻すって言ってんだよ。お前のご機嫌取りに付き合ってる暇なんて誰にもないんだよ」


 射殺さんばかりの視線か、それとも下心を見抜かれたためか、一歩前に出ていた騎士はふらりと二歩後退した。

 普段ならば気にも留めない見下す態度も、今この場に限っては教会の者達から見ても痴態として映った。それは当然ユーリア=デントリーグにとっても同じで、彼にとっては冷静になるための尊い犠牲になったわけだ。


「……確かに騒いだところでどうこうなるわけでもない。続けてもらおうか」


「いやすまないね。まさかそこまで怒るなんて思わなかったから」


 横一文字になった額の皺が再び縮み始めたが、何とか押しとどめたようだ。

 勝手に家を壊されればたとえ聖人だろうとバット片手に犯人に殴り掛かるに違いない。それをなんの悪びれもなく言ってのけるあたり、サンにとっては邪魔な蜘蛛の巣を取り払うことと大差ないのだろう。


「我ながら綺麗に仕上がったね」


 箱庭状態の教会から見上げれば雲一つない均一で真っ青な空であり、空というよりは天井に貼られた青い壁紙のようであった。


「虚仮威しか?何もねェじゃねぇか」


「ホント馬鹿よね、あんた」


「んだとこのビッチがァ!」


「誰が尻軽(ビッチ)よ!」


 この二人は喧嘩をせずにはいられないのか。水と油だってもう少し仲良くしてるだろう。挨拶がわりに拳を飛ばす関係でありながら普通に顔を合わせられる二人には、正しくそれが挨拶だった。


「鉄屑。空をよく見ろ」


「ァンだよ。何もねェ、普通の青空じゃねェか」


「ほぅ。何時(いつ)から今日は晴れになったんだ?」


 僅かに黙り、思案の後、舌打ちすることで自分の誤りを認めた。

 乱層雲が一帯に幅を持たせていた空は、鉄屑の言うように青の絵具を百パーセントを超えて混ぜられたような状態になっており、明暗のコントラストだけがそこに雲が変わらずあることを示していた。

 全容が把握できないため断言は出来ないが、その青は教会、下手をすれば東京全域と空とを別つ何かが存在している証拠だった。


「何だよこいつは」


 何かがあることはわかった。しかし、その意味を理解できるかどうかは全くの別問題だった。

 それは鉄屑に限ったことではなく、この場にいる誰も理解できていなかったに違いない。サンはたった一言しか口にしておらず、そこから察することは熟達した魔術師でも難しいからだ。

 如何に他人に悟られないように秘匿することが重要な魔術師らしい魔術といえよう。


 だがサンに隠す気はないようで、分からないならば答えましょう、と全体を見渡した。


()ですよ。私達にとってのね」


 空を指差す。

 額面通りに受け取るならばサンにとっての空ということになる。不得要領なことこの上ない。解説する雰囲気を醸しておきながらこれでは良嗣達が顔を顰めるのは当然と言えよう。

 それはサンもわかっているようで、言葉を継いだ。


「そろそろ……ほら、始まった」


 照らされ仄かに黄を帯びて漂っていた塵が、大きく色は白くなっていく。重量を増した光点は重力に引かれ、ふわりふわりと舞い落ちていく。爆弾の手の甲に当たった一粒は彼の温度を引き換えに幻であったかのように消えてなくなった。

 季節相応。それでも誰一人降ると思っていなかった雪が、空の色を青から白へと塗り替えていく。


「雪?」


「そんな予報あったか?」


 鉄屑の魔術は汎用性が高いらしい。

 腰に差していた拳銃が傘へと形を変え、今は弾ではなく雪を弾いていた。


「これもお前の仕業か?」


 始まったというサンの言葉に、雪の降りだすタイミング。これがサンの起こした出来事であることは明白だ。

 この問いも答えの分かり切った様式美みたいなものだった。


「勿論。まだそれほど効果は出てないけど、あと数時間もすれば肌身に感じられるだろうね。どうにもこの国は寒さに慣れていないようだからね」


 そう言うサンを見れば成程、コートなどは着ておらず、大凡冬の恰好とは言い難い。東京の気温程度ならそれで十分ということなのだろう。


 良嗣はそんなサンの言葉からこの天蓋の効果を目星を付けていた。だがそれはサンの言葉に当てはめれば、たとえタイムリミットを迎えたとしても日本としては大打撃でも、良嗣達にとっては影響はあれど然程生死に関わるとは思えなかった。

 であれば効果がそれだけとは考えにくく、一刻も早く最終地点を確認する必要があった。


「もし仮に間に合わなかったとしたらどうなる。まさか()()()()()()()終わり、なわけないよな」


「当然。最もその気温でさえ耐えられるかどうか、少し疑問ではありますけどね」


「俺達が寒さに弱いってか。たかが零下程度で―――」


「マイナス二百七十三度」


 落ちていた氷塊を拾い上げ、手首の軽いスナップで放り投げた。上へと向かう力を失った氷塊は僅かに最高到達点に留まり、そして重力に引かれ落下していくはずだった氷塊は、しかし物理法則を無視して一時停止ボタンを押されたように空中に停止した。


「一木一草全てが停止する私の世界にただの人間が立っていられるとでも?」


 氷塊が砕け散り、欠片とも呼べない粒子状の氷が風に攫われ、粉塵が舞った。


(これ)も君達も私にとっては何ら変わらない。違いと言えば話せるかどうかくらいしかないってことを正確に認識しておいた方がいい」


 人体ですら今の粉末のように跡形なく消してしまえる事実は少なくない動揺を良嗣達に与えた。気づくことなく凍らされサラサラと漂っていましたでは話にならない。一様に苦虫を噛み潰したような顔であったが、一際顕著だったのが良嗣だ。そもそも良嗣は魔術師ではない。そんな彼にとって相性の悪い魔術の最たるものが現象を引き起こすだけのものだった。

 魔術は細分化すればきりがない程の種別があるが、自然現象系統は主に二つに大別化できる。現象を発現させるだけさせてその後はノータッチである「起源型」、そして現象そのものを魔術で構成する「構築型」。後者であれば現象そのものを破壊することで対処可能である場合が多いが、前者の場合いくら向かい来る現象を相手にしたところで術式本体を叩かない限り意味はない。

 良嗣にとって困難な方は言うまでもない。感知できない距離で魔術を使われるだけで手が出せないも同然になる。その可能性が極めて高いサンの発動した魔術を警戒するのは当然だった。


「タイムリミットは一週間。存分に君達の力を見せてほしいな」


 試すような物言いに鉄屑や女王といった過激派が過剰に反応を示した。具体的にはサンに鉄屑は銃口を向け、女王はタクトらしきものを振り上げた。


「一週間もいらねェよ。今すぐそのスカした(つら)ブッ飛ばしてンな軽口叩けねェようにしてやるよ!」


「気が早いね。嫌いじゃないよ。でも残念だけど今君達を相手にするのは私じゃない。……単純はいいけど単調すぎるとゲームとしては面白味に欠けるからね」


「あァ?」


「丁度良さそうだったから歓迎することにしたんだ。さあ、華々しく第三勢力のご登場だ!」


 叫ぶと同時、サンに光が突き刺さった。

 燦爛たる星はしかし魔術が打ち込まれたわけではなく、魔術を纏った魔術師、否、法術師であった。


「あぁ全く。ついでだからと帰国直前で予定を変更するのは勘弁してほしいものだが……仕方なし。確かに、この付近では私が適任か」


 少しくぐもった声がサンが立っていた場所から聞こえる。

 マスクを通しているような声だ。


「似たパターンをつい最近見たぞおい」


「奇遇だな俺もだ」


「覚えてんなら話は早ぇ。今度はお前等の番だろ?」


 鉄屑は彼から意識を外していた女王胸ぐらを掴み、腕力に物を言わせて乱入者へと投げつけた。


「なんで私!?絶対私情が入ってるでしょあんた!」


 一仕事終えたガテン系さながらに汗を拭った顔はスッキリしており爽快感抜群だ。

 やったこと自体は人身御供以外の何ものでもないが、こうも清々しい様子ではもしかしたら正しいのではという錯覚に……いや、中折れハットとタイトなナポレオンコートではそれ以前の問題か。怪しさしか感じられない。

 そして投げ飛ばされた女王はといえばキッチリと握ったタクトを振るっていた。

 傍目には何も見えず空を切ったようだったが、乱入者が肩を逸らしたあたり、鎌鼬のようなものが飛んでいったのだろう。


「些か状況が読みづらいが、まぁ関係ないだろう。命令(オーダー)は魔術師の殲滅、であれば状況など二の次であろうからな!」


 女性の胴ほどの太さの腿に込めた力で地が沈む。

 背に差した剣を抜き、豪快にグルリと一閃した。


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