第二十四話
「何のことかな?」
「この状況で惚ける余裕があるとは、馬鹿にされていると受け取っても?」
「ったりめェだろ。何でテメェの指図を受けなきゃなんねェんだ?」
「……ほう」
部下の手前、だからであろうか。アレスティ=ハルウェイは柄に手をかけたが抜くつもりはないようで、手の内で遊んでいた。如何に教会という組織の魔術師であっても彼等を相手取るにはいささか厳しいのでは、と冬弥が感じたのも束の間、誰にも、暴言を吐いた鉄屑にさえも動く気配はなかった。
「フリーランスでも、いやフリーランスだからこそ私の言葉には従ってもらいますよ……今は、ね」
アレスティ=ハルウェイは柄から手を離す。
基本自由な魔術師と言えど、依頼を受け仕事をするフリーランスにとって力の次に信用がくる程度には信用度というものは重要だ。それが裏の世界であればより顕著になるのは必定であった。
「こんなことならさっさと切っとくんだったぜ」
タイミングの悪さに鉄屑はうんざりとばかりに大きなため息を吐いた。
たった一日の違いで面倒ごとが重なり合い、累乗のような増え方をした現状は展開としては最悪に近く、教会側がまだ敵対していないことだけが救いだった。無論潜在的には敵であることは明白であり、今もって味方とは到底言えたものではなかったが。
知られてしまった以上依頼を終えるという決定は白紙に戻さざるを得ず、期せずして教会の思惑通りの流れができつつあった。犯人が自ら現れたことで見解の相違を持ち出すことはできず、至宝とやらを取り戻すために動くしかなくなった。それも勝てるかどうかもわからない相手から、といういらない情報を知ったうえでだ。
自発的でない、強いられたものだけに、好戦的な鉄屑が顔をしかめるのも無理はなかった。
「ではついてきてもらいましょうか、鉄屑さん?」
「ハッ!俺はゴメンだね。連れてくなら他の奴を連れてくこったな」
「……君だけ意思疎通が取れていないらしい。どうやら他の者達は君に行って欲しいようだが?」
「ハァ?」
アレスティ=ハルウェイが軽く鉄屑の後ろを指差す。
鉄屑は首を回し振り返るがその先には誰もいない。見事に押し付けられた形になっていた。
「ってオイ!テメェなんで止めねェんだよ!俺よかあのガキの方が重要だろうが!」
「おいおい、君達と一緒にしないでくれよ。私は二割が騎士で八割が紳士だからね。女子供には手を出さないのさ。勿論二割相応の限度はあるが、今は必要だと思わなかっただけのことさ」
鉄屑は納得いかないとばかりに右の頬を引きつらせた。少し開いた口の端には鋭い犬歯が鈍く光を反射させた。鉄屑はつい前日に冬弥と戦っているのだ。それを見ていないはずがなかった。仮に見ていたのがアレスティ=ハルウェイでなくても報告はあったはずだ。であれば十分魔術師としての力を持っていることを知っているはずだ。それだけにどうしてローをスルーしたのか鉄屑には理解出来なかった。
「まぁ、今更ごねても仕方がないだろう?」
優しさで溢れたような笑みで手を広げる姿に、どこか馬鹿にした雰囲気が感じられるのは決して勘違いではないだろう。
生贄を差し出そうにも、もう誰もいない。逃げられない鉄屑は不本意ながらも素直に従うしかなかった。
「そこまで警戒しないでくれ。私達は敵じゃない。共に奴と戦う味方じゃないか。少なくとも私には他の騎士達みたいな偏見はないからね」
「騎士の名が泣いてんじゃねェか?」
「かもしれないね。でも生憎そんなものに興味はないよ。そもそも私は内勤希望だったのに……いつの間にかこんな前線に配属されて。騎士を剥奪されるなら本望ってものさ」
途中愚痴のようなものがはいっていたが、そうなる未来を少し考えたのか、その顔は晴れやかだった。対照的なのが彼の部下二人であり、片や苦笑い、片や不機嫌そうにその背中を見ていた。如何な小さい教派であってもそぐわない人間が隊長格に選ばれるはずがなく、そうした者は少なからず他者を惹きつける。無論アレスティ=ハルウェイも例外ではなく、この二人の部下は、いい加減な面も含めて彼を慕っていた。
その様子は鉄屑からは丸見えであり、せめてもの仕返しとばかりに二人からすれば面白くない言葉を投げつけた。
「それなら今俺を見逃せばいいじゃねェか。こんな状況で捕まえられなかったとなりゃ、めでたく前線からはおさらばできるかもしれないぜ?」
「……なるほど一理ある」
「隊長!」
鉄屑はフハッ、と睨みつけてきた一人に笑いで返した。
存外アレスティ=ハルウェイはノリがいいらしい。その気がないことは見ればわかる。身振りまで付けて、まるで演技だ。
それも後ろからは見えないのか、二人は本気にとったらしく、語気を強めた。
「ジョークだよ、ジョーク。流石にそこまではしないさ」
「いえ、隊長ならやりかねません」
「信用ないなぁ」
悪い意味での信用は勝ち得ているようだ。
「とりあえず行こうか。君も時間を無駄にしたくないだろう?」
「……チッ、仕方ねェな」
二人な特に気負う様子もなく並んで歩き出す。互いに互いをそれなりに気に入ったのか。鉄屑も幾分か表情が柔らかくなっている。教会の騎士と言えば魔術師にとっては主婦にとってのゴキブリのようなものだ。それは騎士にとってもそうであることが多く、アレスティ=ハルウェイのように気さく、とまでは言わなくても話しかける騎士は極稀だ。それにどうやらかなり奔放な人間らしく、鉄屑からすればシンパシーを感じたのかもしれない。
鉄屑とアレスティ=ハルウェイが並び、その後ろを部下の二人が歩く。
険悪な雰囲気はどこへやら。鉄屑とアレスティ=ハルウェイは会話をしつつ、時折楽しそうに笑い声をあげていた。後ろの二人は楽しそうではなかったが。
甲冑に身を包んだ三人とマフィアさながらの全身黒服の四人組が日本庭園を歩くさまは、もし子連れの家族が通りかかろうものなら即反転するに違いない。JCが事前に人払いをしていなければ四回は通報されていただろう。
アレスティ=ハルウェイは感心したように周りを見渡していた。
「いや素晴らしいね。天然の自然もいいけど、こういった趣向を凝らした庭園も悪くない」
「そりゃ良かったけどよ。このまま歩いて行くのか?俺はまだしもお前らの格好はちといけねェよ」
「そんな訳がないだろう?とうに迎えは呼んであるさ」
砂利道を抜け、足裏の感覚が均一になる。確かに趣はあるのかもしれないが、歩くならこっちだと、鉄屑は風情もへったくれもないことを考えていた。
門をくぐり、鉄屑は駐車場へ向け左へ逸れようと足を動かしたが、肩を掴まれ足だけが一歩前へと進んだ。
「ッと、何だよ?」
「何処に向かっているんだ?こっちだ」
「こっちってお前、タクシーしか……」
車一台通らない中でただ一つ、黄色い車体に行灯が付いた車がハザードをたいて停まっている。
「おいまさか……」
「なに心配するな。ちゃんと経費で落ちる」
心配するところが二人の間ではズレている。
まさか騎士の格好でタクシー移動を試みる阿呆がいようとは、鉄屑は久々に心底呆れ返った。またアレスティ=ハルウェイがいたって真面目な顔で言うものだから尚更だ。
「問題ないさ、行きもこれで来たんだ。思ったよりこれが気楽でね。教会の車だと監視されてるみたいで好きじゃないんだ」
そう言って後部座席に乗り込んだ。
部下の二人も倣うように間髪いれずに乗り込んだ。ガクンッと車体が後ろに沈み込む。それもそうだ。三人は三人とも相当な重さの甲冑を着込んでいるのだから。
鉄屑は気にすることをやめ、空いていた助手席のドアを開ける。
「あの、すいません」
申し訳なさそうな声が鉄屑の目の前から聞こえた。
少し前髪が寂しくなった丸顔の男性が頭を掻きながら苦笑いしている。
「申し訳ないんですけど、流石にこれだと……。車が壊れかねませんので、降りていただけませんか?」
バタンッ
空車の札を下げたタクシーが軽やかに走り去って行く。
取り残された四人はただそれを見送った。
「行きは乗れたのだが……。まぁ、仕方ない。歩いて行くとするか」
「バカかテメェは」
その後SNSに投稿されたつり革に掴まる騎士三人組とマフィアの写真で数日の間イジられた鉄屑がJCの再建した茶室を粉微塵に破壊したのは言うまでもない。




