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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第二十二話

「遅いわ!」


 喝ッ、と目を見開き先日と同じ草色の和服を揺らした。

 それを面白そうに笑う鉄屑に我関せずな他の三人。


「十分くらいだろ?そうかっかするなよ」


「茶会の準備が無駄になろうが!」


「だからこっちに呼んだのか」


 茶室の炉には炭が焚べられており、釜からは一筋の湯気が立っている。

 茶器も用意されておりまさに準備万端といった様子だ。


 まだ誰も茶を飲んだ様子はなく、全員の到着を待っていたのだろう。


「それよりアオイちゃんはどうした?」


「子供らしく遊んでるんじゃないか?そのうち来るだろ」


「では早く座れ」


 アオイ目当てであったのか、JCは二人に興味をなくしたように自らの席へと戻っていった。

 先日鉄屑が見せたアオイへの心配など、どうやらアオイはこの人外魔境のなかでは親戚の子供のようなポジションを確立しているらしい。


「では、始めるとしようか」




 茶を飲み、和菓子に舌鼓をうち、一服する。

 これが常なのだろう、誰一人愚痴も文句も言わず茶を口にした。


 彼の言うところの茶会が一通り終わり、冬弥が器を置いたところで空気が変わる。

 お茶を飲んでいた時も独特の空気が流れていたが、それとは根本的に異なる、普段味わうことのない状況という緊張感が、各々が針を放っているような張り詰めた緊張感へ。冬弥は息苦しささえ感じた。

 針の筵。

 無言の時間が冬弥には何時間にも感じられた。


「おいおい落ち着こうぜ。呑まれちまってんじゃねぇか」


 鉄屑がおちゃらけた様子で口火を切った。

 正座を崩し、ダラけた手をブラブラと揺らす。


 プハッと冬弥は肺に溜まった数秒分の空気を一気に吐き出す。魔術師同士の空間はある種殺人鬼の集団内にも似た空気が満ちており、場数を踏まない限り、否、場数を踏んでいたとしても早々に慣れるものではなかった。

 そんな冬弥を助ける意思があったのかなかったのか。それは当人しか知り得ないが、間違いなくその瞬間冬弥へかかるプレッシャーは幾分か軽くなった。


「落ち着く、か。……ふッ、まぁ良い。あくまで情報共有が目的であるからな」


「そうね。アンタに言われるのは癪だけど」


「まぁ、遊びみたいなものでしょ?」


 JCと役者(アクター)以外が足を崩し、鉄屑にいたっては自宅のように横になっている。


 誰もが好き勝手になり始める前にとばかりに、良嗣が報告する。


「俺の担当には何もなしだ。この二日はただのドライブだったな」


「私もそうね。魔術師自体は見つけたけど木っ端もいいとこだったわ」


「そいつか?」


 いつのまにか女王(クイーン)の尻の下には両肘両膝をついた、俗に言う四つん這いになった男が椅子として彼女を支えていた。


「可哀想に。戻れない旅路に踏み出しちまって……」


「黙りなさい」


 鉄屑が憐れみの目で人間椅子となった男を見る。屈辱でしかないと思われたがしかしその顔は赤く、どこか興奮しているみたいだった。


「相も変わらずよくやるぜ」


 一度捕まったら最後、マゾヒズムに侵されることが保証される女王の支配術に鉄屑は呆れを隠さない。


 週を跨ぐごとに増えていく配下の数は最早本人以外把握できていないだろう。幸いなのは魔術師以外に手を出していないところか。

 それでも潜在戦力は恐らく東京都内、いや日本全体で見てもトップクラスだろう。


 だがそれを理解してなお、この場に女王相手に下手に出る者はいなかった。


「それは一旦置いておいて、と。僕も成果はなしだね」


「だろうな。どこの街の半壊情報もなかったからな」


「偶には僕だって上手くやるかもしれないよ?」


 それはない!


 爆弾(ボマー)の戦闘痕を見たことのある彼等からすれば百%ダウトと叫びたくなるのは必定だった。

 少しの身動ぎでさえ爆弾が零れ落ちていくことがあるのだ。戦う中動き回ればあちこちに散らばっていくのが常で、一度の魔術が引火し、連鎖的にその全てが爆発する。その様は空爆を受けているのとなんら遜色ない。

 当然街が無事なはずもなく、爆弾が魔術を使った場所は一度は更地となり、その後協会によって修復されていた。


 三原則を小学生のルールかのように無視し続け、しかし毎度何故か協会に捕まらない爆弾だが、今回は教会までもが絡んでいるのだ。

 無駄な煩いはないに越したことはない。


「まぁ何もなかったんだから取り敢えずいいだろ。……いやないとそれはそれで困るのか?」


 依頼達成のためには教会の至宝とやらを見つける必要がある。だが爆弾の管轄で当たってほしくはない。

 何とも悩ましいものだった。

 とは言ってもそんなことを考えているのは良嗣くらいのものだろうが。

 他の五人にとっては詮無き事であり、爆弾本人も気に掛けるくらいなら過去の事変レベルの事柄は起こらなかった。


 そも魔術師とは純粋なまでのエゴイストだということを失念してはいけなかった。

 魔術師でさえ負けうる良嗣はあくまでも「人間」なのだから。であれば彼等魔術師の思考に染まるはずもなかったのだ。


 冬弥が人の生死に良い方向で感情の起伏を見せるのもそんな良嗣の訓練という名の薫陶の賜物なのかもしれなかった。


「それで?お前らはどうなんだ?」


「こっちも駄目ね」


「俺もだな。尻尾の先すら見えやしねぇ」


 役者とJCも首を横に振るだけで、どうやら誰にも目立った成果は上げられなかったらしい。

 二日で東京の八割方を探索し終えてなお見つからない。余程隠れるのが上手いのか。

 だが冬弥のなかではすでに付近にはいない可能性がより増しただけだった。元からして探す範囲が狭すぎるのだ。どんな馬鹿でも泥棒に入った家の近くに潜み続けるはずがない。


「にしてもよく周ったな。お前の能力じゃ一週間でもキツイと思ってたんだが」


「あー確かにな。ヤッてみた感じ完全にパワーファイターだもんなぁお前」


 やっぱり聞かれたか、と冬弥はどこまで話したものかと許される範囲を考える。

 全て話せば最悪ここにいる全員がローの敵に回り、さらに最悪な事態になれば依頼主の教会までもが敵に回る。それだけは何としても回避しなければならなかった。


 良嗣にはすでにローの存在を知られている。薄々勘付いてもいる上でのパスなんだろう。恐らく他の五人も何かあると踏んではいるに違いない。

 冬弥一人でやったと言うには状況が許さなかった。


「協力者と二人でなんとか、ですかね」


「さっきの子か」


「知ってんのか?」


「来るときに会ってな。アオイと同い年くらいのかなり可愛い子だったぞ」


 冬弥の心配を他所に、鉄屑とJCが良嗣の話に食いついた。

 共に父性を持て余しているのか、アオイを可愛がっており、アオイと同年代と聞いてか冬弥そっちのけで話題を差し替えてしまった。


「やっほー」


 そして間が悪いことにアオイとローが揃ってやってきてしまった。

 親戚への挨拶か。


「ほう!この子か。確かにアオイちゃんに負けず劣らずよな」


「えっ、な、なんなのよ?」


 突然興奮したおじいさんに出くわせば誰でも同じ反応をするだろう。

 目の前の白髪交じりの老顔にローは半歩後ずさった。


「やっと来たか」


「私のお菓子は?」


「ああ待っておれ。今出すからな」


 ローに引かれたことを無にするようにそそくさと茶を点て始めるJC。


「一体なんだったのよ……」


「おう。あの時の嬢ちゃんじゃねぇか」


「今度はなんなの……ッ、あの時のイかれた糸目なのよ!」


「うおっと」


 まさかの再開。

 二度と会うまいと思っていた男にこんなにも早く再開するとはローも考えていなかったに違いない。その証左にローは反射的に魔術を使い、寝転んでいた鉄屑はガッチリと背中と畳を氷で接着されていた。

 避けようとする素振りすらない。

 必要ないとわかっているからだ。

 だが夏場とはいえクーラーの効いていた室内プラス膨大な氷は冷凍庫とそう変わらない。


 鉄屑の近くにいたというだけで巻き添えを食らって手足を貼り付けられた女王の僕Aが寒さに体を震わせ、バイブ機能を備えたことで、その上に座る女王の尻をしばかれていた。


「お許しくださいぃっ!」


「それなら静かにしなさい」


 だが止まらない。勝手に震えているのだ。止められるはずもない。

 止める気もないのかもしれないが。

 なんせ女王の僕Aは嬉しそうに息を上げているのだから。


「キモい」


 アオイの一蹴でさえ心地いい。

 そう言わんばかりに体が一段と大きく跳ねた。


「なんなのよここは」


「神様に頭をこねくり回された変人の巣窟?」


 アオイの後ろに身を隠したローに苦笑いで返す。


「そろそろ解いてやってくれ。話がどんどんおかしな方向にいって一向に進まん」


 目的であった報告は終わっているが、この状況は決して求めていたものではない。

 茶を点てるJC、氷など関係ないとだらける鉄屑、SMプレイに勤しむ女王とその僕A。

 控えめに言ってカオスだ。


 アオイも見たくないのだろう。しぶしぶ、アオイは氷の磔を消去した。


「それで?どうする?」


 言わずもがなローの処遇についてだ。

 魔術師であることは今のでハッキリしている。だからといって元々頭数には入っていなかった魔術師を関わらせていいものかという話だった。

 この先冬弥にできることはなにもなかった。


 だがその不安も杞憂でしかなかった。


「いいんじゃないか?」


「うむ。別に害があるわけでもなし。寧ろ孫が増えたようだわ」


 反対意見など一つもでず、ローは目出度くこの依頼の一員となった。


「第一そんなこと言ったらこいつはどうなんだよ?クソほど手下がいんだぞ?」


 女王の椅子を見ながら鉄屑が言う。


「それにそいつだ。いくらグローバル化してるとはいえそんな金髪で彫りの深いフリーの魔術師が都合よくこんなタイミングで捕まるか?」


「それは今関係ないじゃない。今はその子のことでしょ?私も人のことは言えないから別にとやかく言う気はないわ」


 鉄屑がぺちぺちと男の頬を叩く。


「僕も問題ないと思うよ。どうせこの依頼はもう終わったことだし」


「終わった?どういうことだ」


 まだ目当ての物は見つかっていない。

 依頼達成には程遠いはずだ。


 言い切るだけの根拠を誰も得られないまま視線だけが爆弾へと集まる。


「いやね?確かに僕達は何とかの至宝とやらの捜索を依頼されたよ?でもそれって必ずしも“見つけろ”てことじゃないよね」


「……あぁ、成程な」


「解釈の違い、というわけか」


「そ。依頼はあくまで“捜索”。ならもう依頼された範囲は終わったでしょ?」


 そこまで言われてやっと冬弥にも爆弾の言わんとすることが理解できた。


「けどそれって単なる認識の違いだろ?教会の奴等は見つけるまでこき使う気満々だと思うぜ?」


 でなければ監視など付けるはずもないと鉄屑は一昨日感じた気配を思い浮かべる。

 それは当然良嗣等と共有しているが、まだ撤退のタイミングではないというのが彼等でだした結論だった。


 確かに怪しさには事欠かない依頼であることはここにいる皆同じ認識だ。

 いずれは誰かが言いだしていただろうが、だが昨日出した結論をひっくり返し、あまつさえそれが爆弾だとは誰も予想していなかった。


「でもどうしてだ?お前らしくもない」


「確かにな。良くも悪くもお前は依頼は最後までやり遂げる派だからな」


 爆弾とて破壊したくて街を壊してきたわけじゃない。それは依頼の結果として起きた、プロフェッショナル故の悲しい事故だった。勿論、過去の全てがそうだったわけではないが。


「僕だって全部の依頼を完遂してきたわけじゃないよ。ちょっとヤバいなって時はいの一番に逃げるタイプだからね。前にも何回かはあったし」


「つまり今回はその『ちょっとヤバい』状況ってわけか?」


「つまりそういうことだね」


 態々火中に飛び込む必要もない。

 依頼金が満額貰える保証はない、否、確実に減らされることを視野に入れたうえでの答えだろう。


「どうするよ?」


 一人が抜けたいからとどうこうなることではない。

 一人が抜けるなら全員で。

 それが後の安全のためにも絶対破れないフリーランスの暗黙の合同依頼のルールだ。


 一昨日の連絡で敵の存在を感じたのは鉄屑だけではない。他の四人からも似たような情報を良嗣は貰っていた。

 鉄屑の言うような()()かの乱入が確実視された今、それも悪手ではないのでは、と思い始めているのもまた事実だった。


「ま、グダグダ悩んでも意味ねぇか。多数決とるぞ」


「またか。前回もだったし、案外使う機会多いね」


 迷った時には多数決で。その場限りで後腐れなく。

 最終手段として良嗣が提案したこの案は水と油とその他諸々の集団内では良嗣が思うより、その役割を果たしていた。


「んじゃ、まず反対は?」


 誰一人、微動だにしない。


「……だろうな」


 多数決に持ち込むだけ持ち込んで、今まで意見が割れたことは未だ一度もなかった。

 引き際を見誤るようならこの場にはいない。そういうことだろう。


「決まりだな。それで……」


「フォージ!」


「うげっ」


 一人だけ箱ごと振舞われた某老舗の和菓子をローと分け合っていたアオイが口に大福を詰めたまま良嗣の背中にダイブする。


「なんだよアオイ。あと食ってから喋れ。てか口の粉を俺の服で拭くな」


「ふぁれふぁがほっひにふはっへる!」


「いやだから食ってから喋れって」


 入れ歯をなくしたおじいちゃんのような滑舌は聞き取るに難い。

 だが聞き取る必要などない。

 それはもうすぐそこまで、逃れられない所まで来ていたのだから。


 凛、と澄んだ鈴のような音が鳴った。

 不意に見上げた冬弥の目に照明とは違う、白く強烈な光が差し込んだ。



「これは劣悪なのか最善なのか。判断できるのは彼女だし……チャンスとはいえ些か以上に難しい状況だね」



 決壊する天井。

 雪崩れ込む光。

 言葉を借りるわけではないが理解するには時間を要する状況であることは確かだった。


 戦闘態勢をとる。

 二度あることは、というがそれは悪事に限るのではないかと冬弥は空を見上げる。


「これがお前の言ってた『ちょっとヤバい』か?」


「いやぁ、これは違う、かな?」


 勝手に予約を入れていた客ではなく、名簿にない飛び入りの来客に、虚を突かれた爆弾は発言を上書きするように頬を掻く。


「ロウ以外は初めまして、かな?早速で悪いけど今回のこのゲーム、今からホストは私だ。精々楽しく踊ってもらうよ」


 逆光の天使が、天から唐突に開催を宣言した。


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