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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第二十一話

「私この電車?っていうのも初めてなのよ」


 車も免許も持っていない冬弥はローと二人、混雑する車内で人に揉まれていた。

 何とかローを端にやり、盾となって守っていたが、そのせいか走り出して十五分、既に足腰への負荷が相当なものになっていた。一瞬魔術を使おうか、とドーピングを考えたがこれから向かう先を考え、そしてローに人前で使うなと言った手前使うわけにもいかなかった。

 窓から差し込む日光と対面している冬弥の目の前が白く露光した。

 そんな冬弥の見えない苦労を知ってか知らずか、恐らく、いや確実に知らないのだろう瞳で窓の外を眺め、移り行く景色を楽しんでいた。


「頼むから大人しくしててくれよ……っ」


 ここでも、着いてからも。

 間違いなく良嗣はローのことを知らない。どうやって二日で全範囲を調べのか、冬弥一人では不可能な以上事情の説明は致し方ないと諦めていたが、余計なことをしそうな気配がしてならなかった。




「ッハァッ」


 血中に流れる酸素すら吐き出す勢いで肺に溜まった空気を入れ替える。

 切羽詰まった顔で俯く様は夜道でジェイソンに遭遇して逃げ切った時のような深刻な切迫感と危機感が絵に描かれていた。

 ドッと人が溢れ、入れ替わる駅のホームにはすっかり疲弊した冬弥と何もしていないにも関わらず何故かぐったりとするローの姿があった。


 電車に揺られて一時間。

 一時間も半密室で収容人数百%を超える車内では、疲労云々よりもその空気の悪さが二人を苦しめた。

 普段電車に乗ることは少ないが経験がないわけではない冬弥でさえ少し気分が悪くなるレベルなのだ。であれば外国人であるローは言わずもがな。相当なグロッキーに陥っていた。


「あり得ないのよ……到底人の乗るものじゃないのよ……」


「だよな。ほら、水買ってきたぞ」


「ありがとう……なのよ」


 朝の元気はどこへやら。

 椅子に座りちびちびと水を飲む。

 日本経済の弊害がこんな形で現れようとは、冬弥も日本文化となった「通勤ラッシュ」の恐ろしさを身をもって体験しただけにその歪さを感じずにはいられなかった。


「じゃあ行くぞ。待たせちゃ悪いからな」


「誰かいるのよ?」


「どうせ同じ所行くんだったらって良嗣さん……あぁ、知り合いが迎えに来てくれるってさ」


「それなら家まで迎えに来て欲しかったのよ」


 それならあの拷問のようなものに乗らなくてもよかったのに!

 そんな思いからかローから恨み節が発露する。

 あんなに電車に喜んでいたことが嘘のように電車に対する悪感情が上限を突き破っていた。


 改札に切符を通し駅を出る。

 行きの時には周囲がICカードを使っているのを真似してフラップドアに阻まれて鳴りだした警報に慌てていたローも、冬弥に倣いビクビクしながら改札を抜けていた。


 駅前のロータリーには一度見たら忘れることはできない黒のSUVが止まっていた。軍用車と言われても否定のしようがない車体は朝の送り迎えの乗用車の中で隠しきれない異彩を放っていた。


「おう、待たせたか?」


「……いえ、ピッタリですけど……」


 目立つ。目立ちすぎている。

 老若男女、皆の視線を釘付けにしている。パシャパシャと写真まで撮られている。


「目立ちすぎですよ、良嗣さん」


「お前も負けてないと思うけどな。それで?誰だ、その子」


 ローを横に連れている時点で冬弥も似たようなものだ。

 明らかに一般人ではない。魔術師であることは良嗣のもわかっているのだろう。だが良嗣とて冬弥の交友関係を把握しているわけではない。会ったのでさえ久々だったのだ、当然知る由もないだろう。


 これから何をしにいくのか、それをわかっていて連れてきたのか。

 良嗣の眼は暗にそれを問いかけていた。


「今回の助っ人みたいなもんです」


「えらく可愛らしい助っ人だな。まぁ俺が言えたことじゃないが。それで?どこまでだ?」


「箱の写真だけです。詳しいことは何も」


「んじゃあ連れてってもいいだろ。今回は単なる報告会だからな。早く乗った乗った」


 良嗣が助手席のドアを開ける。


「嬢ちゃんは後ろな」


「わかったのよ」


「おっ、日本語上手いな」


 視線を独り占めしていたノーチェMk.Ⅱは見た目に反して駅の喧騒に溶けていく程の静音で走り出した。それは車内であっても変わらず、むしろ乗り手に配慮されている分静かでさえあった。

 ジュークボックスの中身のようであった雑音とは対照的な荒野の夜のような無音に目を瞑り、到着までの一時の休息を、この現世とは隔離された空間に身を置こうとした。


「……の…あ…………よ」


「わ……は……てい…よ……ね」


 そんな穏やかな冬弥の耳に誰かの話し声が侵入を始めた。

 無視を続けていた冬弥だったが、次第に大きく、高くなり、ついに冬弥は一体どうしたのかと発生源である後部座席を覗き込んだ。


「いいでしょ?この前買ってもらったんだー」


「いいのよっ。その熊私のところにもいるけどそんなに可愛くないのよっ。もっと大きくて歯が尖ってて少し臭いもするのよ」


 それは本物の熊だ。

 おそらくアオイとローの頭の中では全く異なるものが描かれているに違いない。毛がふっさふさの猛獣に違いない。


「仲よくなるの早くない?」


 初めて会ったはずなのに、話の弾みようは仲のいいクラスメイトと話すそれだ。

 対面で座り、言葉に遠慮はなく、和気藹々とした世界が広がっていた。

 アオイは既に可愛いものが好きだとわかっていたが、まさかローにそういった興味があることが冬弥には意外だった。ローが見た目にそぐわない雰囲気を度々醸していたことで、冬弥の中では見た目とは異なりどこか対等に扱っていたからだろう。


「好みが一緒なんだよね」


「サンが言っていたのよ。『友人は時間をかけて作るものだが親友は会った瞬間になっているものだ』って。アオイを見た瞬間そうだと思ったのよ」


「アオイもアオイも!気があうねー」


 手を取り合いキャッキャと黄色い声を上げる二人。

 いずれにしろ仲良くなるに落ち着いたならよかった、と冬弥はキャラ被りによる世紀末的蹴落とし合いを見ずに済んだことに安堵した。


「なら良かったよ。でも少し声のボリュームは落としてくれ……」


 ただでさえ緊張しているのだ。休めるタイミングは今しかないのだと切実な願いを口にし、目を閉じた。




 臨川庭園。

 かつては個人の所有物であったこの風光明媚な庭園は市による所有を経て、今は再び個人の所有物となっていた。


 怜やローのいる慌ただしい日常に放り込まれた冬弥にとっては正しく非日常の空間だ。時間の流れなに緩やかな清流を覚えるほどにゆったりとした世界。下手に騒がしかった車の中よりも冬弥の心を落ち着かせた。


 繊細に整えられた日本庭園を歩く。

 飛石を踏み外さないよう下げた目線を上げれば、石灯籠が間隔を空けて並び、少し目を奥へやれば池に木橋が架かっている。

 一つ一つの配置が作者のこだわりを示していた。


「っとっとっと」


「ちょ、引っ張ったら落ちちゃう!」


 片足飛びで飛び石に文字通り飛び移る。

 日本庭園が初めてだからついていきたいと言っていたローも初めこそ見たことない景色に驚嘆していたが、無関心なアオイが遊びだしてからはそっちにかかりっきりになっていた。


 アオイの乗る石にローが飛び移り、二人乗るには狭い石の上でバランスを崩したローがアオイの服を掴んだせいで背中から倒れこみ―――。


「危ないぞ。遊ぶのもほどほどにな」


 良嗣が回りこみ二人の肩を支えた。

 冬弥の前を歩いていたはずの良嗣が瞬きの間に消え、転倒必至だった二人を助けた。これで魔術を使っていないというのだから余程人間離れしている。


 そんな冬弥の思いを知ってか知らずか良嗣はいとも簡単に遠く及ばない技をやってのけた。


「はーい」


 それを慣れた様子で返したアオイはローの手を引いて冬弥の横を走り、追い抜いていった。

 二股に分かれた道を勝手知ったると左に舵を切ったアオイにならって左に行こうとした冬弥の右耳に怒声が流れ込む。


「遊んどらんで早く来んかァ!」


 一喝。


 見渡すが近くにいる気配はなく、待ち合わせの場所から声を届けたのだろう。般若に歪んだ着物を着た老獪な男の顔が容易に目に浮かぶ。

 だが先に行ったアオイとローが戻ってくる様子はなく、連れてくるべきか、冬弥は立ち止まった。


「相変わらず沸点低いなあの爺さん」


 良嗣が笑いながらどうすべきか迷っている冬弥の肩を叩く。

 先日の教会での突っかかり方からも、冬弥の中では怒りっぽい老獪だと印象付いていた。

 人の印象は初めの数秒で決まるという法則があるが、その法則通り視覚と聴覚のどちらをとっても決して良くないというのが冬弥の正直なところだった。


 一度関わったら面倒臭そうだからと、冬弥は勝手にできるだけ距離を取ろうと決めていた。


「まぁ放っておいても問題ないだろ。場所はアオイが知ってるし後で来るさ」


 それより先に爺さんの相手をしないとな。代わりに誰か宥めてくれてないか。

 希望的観測片手に二人は五人の魔術師が待つ場所へ歩を進めた。



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