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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二話

 光が少し開いたカーテンの隙間から射し込む。冬の太陽は熱を置き忘れてきたのかその光はどこか白んでいる。


「……んん」


 規則的な機械音が部屋に響く。

 それに不満を示すように、くぐもった声と共に盛り上がった布団が蠢いた。ニョキっと生えた腕が原因を断とうと左右に振りながら探る。しかし予め分かっていたのか、時計は届く範囲より外側に配置されており、温もりと眠気を捨てなければ騒音に苛まれ続ける事は必至だった。


 もがく事数分、遂に諦めたベッドの住人は殻を捨て姿を日に晒した。

 ボサボサで様々な方向についた寝癖を気にする様子もなく、ふらついた足取りで目覚ましのスイッチを切る。


「……ふぁ」


 寝不足なのか欠伸をしながらも二度寝に戻る事はなく、寝室から出ていった。




『……臣は関与を否定しており、また東野事務次官は……』


 テレビを点けポットでお湯を沸かす。

 熱したフライパンに卵を落としよく焼いていく。


 毎朝変わることのない行動に淀みはなく、最短の手順で進めていく。

 ピーッと沸騰を知らせる機械音に朝食を盛った皿を手に向かう。

 インスタント特有の香りを漂わせる珈琲にティースプーンで砂糖を入れる。三回行き来させた後、砂糖の入った壺の蓋を閉じた。ただ甘ったるいだけとなった苦味や酸味を楽しむための嗜好品を気にする様子もなく自然に口に運ぶ。


 朝食を食べながら時間を確認する傍らでニュースを聞き流す。


「助かったのか。よかった」


 ほっと息が漏れる。

 何の気なしに見ていた画面に山岳地帯が映り、一機のヘリコプターがホバリングしている。一昨日から行方不明になっていた登山者が捜索の結果奇跡的に助かったと、キャスターが話していた。


『元山岳救助隊今永さんありがとうございました。…それでは次のニュースです。いよいよ明日十一月八日から日本初公開となる「神者」の聖骸布が本日未明成田空港へと……』


 未だ寝惚け眼の少年はホッと安心したかのような笑みを浮かべ、箸を進めた。次第に残っていた眠気も鳴りを潜め、動きは良いことがあったと表現するように軽やかだった。


 テレビから八時を知らせる声に合わせ、ソファから立ち上がり学校指定の黒い鞄を手に取る。

 薄暗く静かな廊下を歩き玄関の扉を開く。


「いってきます」


 毎朝の習慣で自然と発せられた挨拶はレスポンスがあって然りだが、しかし返す者がいないことで静寂に溶け込むように消えていった。




「おはよ」


「おう、おはよ。今日も時間ピッタシだな」


 黒板の上に掛けられた時計は八時二十分を指し、始業の丁度十分前だった。


「何かあったのか?機嫌良さそうじゃないか」


 友人の変化に気付いた茶髪の少年は笑いながら問い掛ける。


「ちょっとな。今朝のニュース見たか?山で行方不明になってた人が助かったんだってさ」


「あぁだからか。お前好きだよなそういう話。前行ったドキュメンタリー映画でも目が潤んでたし。どうせまた助かったのって別に知り合いでも無いんだろ?」


「まあ知り合いではないな。けど修二、全く知らない他人でも生い立ちとか家族構成とか周りの環境とか、心情がわかるようなものを見たりすれば気持ちも浮き沈みするだろ?」


 某感動系ドキュメンタリーとか。

 思い出しているのか優しい笑顔で話す様子を見てこの少年、修二は答えを予測出来ていたのか「はぁ」と溜め息を吐く。この質問自体これが初めてでは無かったのだろう。


「まぁ良かったとは思うけどさ。嬉しいまではいかないだろ、普通」


 その言葉通り大抵の人間は他人事で済ますような出来事だ。しかしこの黒髪の少年はまるで自分の事のように喜ぶ事さえある。異常に涙もろい人がいるなぁ、程度の感覚なのか、修二もいつもと同じような対応しかしない。慣れきっているのだ。

 これ以上話す事はないと言うように修二は次の話題を数テンポ空けた後振るった。

 こっちが本題だったのだろう、明らかに違うテンションで少し体を乗り出す。


「そうだ。噂なんだけどさ、転校生が来るらしいぜ」


「この時期に、しかもうちにか?珍しい事もあるんだな」


 季節は既に十一月前半となかば冬に入っていると言ってもよく、この時期での転校はどちらかといえば向いているとは言い難い。

 それ以上に中高一貫校である彼等の学校には転校生自体が珍しかった。

 その事に冬弥も少しばかり疑問を持ったが、それ以上にどんな転校生がやって来るのか、ということに興味が傾いていた。他の生徒も噂を聞きつけているのか普段よりも教室はざわついている。

 転校生イベントは何気に初めてのことだった。


 始業のチャイムと共にスーツの女性が扉を開け入って来る。と同時に生徒達は会話をやめ正面を向く。

 今年初めてクラスを受け持った黒木反奈は持っていた用具を教卓に置くと一度視線を教室内に彷徨わせる。


「揃っていますね。既に知っている人もいるようですが本日から一人、転校生が加わります。どうぞーっ」


 来ていない生徒がいない事を確認し、おそらく教室内の誰もが気になっていた事柄をいち早く消化させようと口早に話す。黒木女史も少し興奮気味だ。初めての経験だけにフィクションで目にするような展開を期待しているのかもしれない。

 そんな教師の呼びかけに応じるようにガラッと前方の扉が開かれる。

 肩下まで伸ばした黒髪を揺らしながら少女が教室へと入って来る。

 様子を伺う生徒達の身に纏っている物とは色も形も全く異なる制服に包まれた身体は背中に一切の曲がりが見えず、驚く程に理想的な姿勢に、またその自然さに見ていた誰もがまず息を呑んだ。


「では自己紹介をお願いします」


 教師に勧められ黒板に白のチョークで文字が書かれていく。


那上怜(なかみれい)です。よろしく」


「………」


「以上よ」


 壇上に立つ担任教師は期待を裏切られたかのような表情で落胆を口にする。

 それだけ!?もっとほら、趣味とか特技とか好きな料理とかなんとか、諸々あるでしょ?

 思わず口走ってしまうのも無理はない。


「特にないですね」


 誰かが口にするより早く否定する。

 なんという慣れた一撃。先を読んだ行動か。

 だがそれで終われないのが転校生の宿命だ。この時ばかりは実験用のモルモットよりも好奇の視線に晒されることが運命付けられているのだ。

 しかしのらりくらりと戸惑う新任教師の言葉を躱す。新任にこれは辛い。嫌われているのかと初対面ながら疑ってしまうのが必然だ。黒木反奈は少し項垂れていた。

 説得虚しくそれ以上自らについて喋る事はなく、那上怜と名乗った少女は淡々と次へ進めようと口を開く。


「席はあそこで良いのかしら?」


「え、ええ」


 皆の視線を一点に浴びながら教室で唯一の空席へ向かい静かに腰を下ろした。あれだけ騒がしかった空気が一瞬にして静まり返り、えも言えない気不味い空気が漂い始める。

 しかし当の本人は何事も無かったかのように前を向いている。


「えっと、俺は御防冬弥(みさきとうや)。よろしく」


「……そ、よろしく」


 怜は僅かに視線を向けるだけで。

 隣に座った事を可憐な容姿の少女だと喜ぶか、取っ付きづらいのが来たと面倒がるか。

 怜と机を並べることとなった冬弥は、挨拶くらいは、と話しかけるも素気無くあしらわれてしまった。彼の心境はまさしく後者だっただろう。

 冬弥もこれには面食らったのか思わず苦笑いがこぼれる。

 誰とも仲良くする気がないみたいじゃないか。


「なんか気難しそうな感じだな、こりゃ」


「……だな」


 振り向きそう話す修二の言葉にこれ以上ない同意を示す冬弥に修二は続ける。


「でもよ、あの子お前の事見てなかったか、入って来た時」


「俺を?見間違いじゃないか?」


「ま、そりゃそうか。でももしかしたら一目惚れとか」


「いやねぇよ」


 興味を持ったならあそこまで素っ気ない態度は取らないだろう。




「ねぇねぇ、那上さんってハーフなの?すごい綺麗な顔してるよね!」


「先生がスウェーデンからって言ってたけどなんで日本に来たの?」


 その後多少予定と異なった転校生紹介に動揺していた教師も、しかし気を取り直しホームルームを始める。特にこれといった連絡事項も無く締められ、再び生徒のみになった教室は俄かに活気だった。

 興味をそそられた女子達が怜の机の周りに集まって来る。あんな態度であっても突撃していくのは流石だと女子生徒の精神力に感心すら覚えた。

 素っ気なかった少女も普通に対応している。笑ってさえいる。

 おい、仲良くする気なかったんじゃないのか。

 少しカチンとくるじゃないか。男か?男だからなのか?


 仕方ないとは言え溢れかえった周りとその嬌声に修二は少し鬱陶しそうに顔を背ける。


「あーったく五月蝿いな」


「初めは仕方ないさ。明日には落ち着くんじゃないか」


 諦めたように修二は本日二度目の溜め息で答える。


「修二」


「どうした?」


「あんま溜め息ばっかしてるとなけなしの幸せが逃げるぞ?」


「その言葉が一番うっせえ」


 一限目を知らせるチャイムが鳴る。

 その音に集まっていた生徒は急速に散り、修二は机に突っ伏した。

面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日13:00投稿予定です。

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