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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第十五話

「ほら起きるのよ」


 ベッドで丸くなる冬弥が左右に揺れる。

 ここのところ訓練と称した扱きに加え、立て続けに起きた心労の元もあり、帰り着くなり最低限のことを済ませ眠った。自分の巣に戻ったことで張っていた気も緩んだのだろう。既に窓には陽が射している。


 執拗に揺さぶられ冬弥はうめき声をあげる。もうやめてくれ、まだ眠たいと言葉になっていなくてもそれは人に伝わるだろう。

 そんな冬弥の思いもこの少女の前では何の意味も持たなかった。


「全く仕方ないのよ」


 ため息一つ。

 それだけで温度差で生じていた窓の結露が凍り、鏡のように氷の膜が張る。

 口から漏れる息は塗りつぶされたように真っ白に変わる。


「さっぶ!」


 急激に低下した室温は温んでいた布団の中でさえも例外なく熱を奪っていった。


 冬弥は足を抱える。それでも氷水に浸かっているような感覚で体は冷え固まっていく。

 生命の危機に冬弥の頭は眠気など彼方へと追いやり一瞬の間に覚醒する。

 咄嗟に顔まで布団で覆うがそれも意味をなさない。


「起きたかしら」


「お前の仕業か!」


 全身に立った鳥肌が冬弥の体感を如実に表していた。

 半ば無意識に耐寒性能を強化することで体の震えが収まっていく。


 泊めてやったのにこの仕打ちは何事かと非難の目で見るが、気付いてないのか少女はあっけらかんと話を続ける。


「お寝坊さんなのよ」


「お寝坊さんって…まだ七時じゃないか」


 ベッド脇の棚に置かれたデジタル時計は七時三分を示している。普段、学校があるならば起きている時間でも今は冬休み、休日であり尚且つ疲れも溜まっていた。冬弥の予定では十時手前までは惰眠を貪ることが決まっていた。

 それが台無しになったとベッドの端に座り込む。


「もう七時なのよ。それより早く朝食にするのよ」


「それって俺に作れってことか?」


「Já、当たり前なのよ?ここはあなたの家でしょう、トーヤ」


「ホテルかなんかと勘違いしてませんかねえ、ロー」


「それじゃあ着替えて早く来るのよ」


 朝ご飯の催促をするだけして部屋から出ていく。と同時に連れ添うように寒気も引いていった。


 二度寝しようにも完全に頭は冴えてしまっていた。これでは二度寝の心地良さは味わえず、加えて保冷剤となった布団にまた潜り込もうなどとは思えなかった冬弥は大人しくキッチンにいくことにした。




 冷蔵庫からハムと野菜を取り出す。中身が空に近く簡単にパンに挟んだだけのサンドイッチくらいしか作れるものがなかった。


「何か萎びてるのよ?」


「しょうがないだろ?腐ってないんだから大丈夫だ」


「そんな腐ってたかもしれないものを客は食べさせられているのよ!?」


「押し入りを客とは呼ばん」


 いくら喚かれようが素材がなければどうしようもないと、冬弥も同じものを黙って食べる。

 ソファで眠った少女を冬の寒空の下に放り出す度胸もなく、気付けば同じ食卓で朝食を食べており押し切られる形で居座られていた。


 味気ない食事を済ませ珈琲を淹れなおす。

 一口飲み息をつく。やっと頭を整理できると冬弥は少し目をつぶった。幸い暫くは単独行動であり時間の融通はどうとでもなる。


「座ったまま眠ったら腰をヤられるのよ?サンが言っていたわ」


 またゆさゆさと揺すられる。そっとしておいてほしいと何の反応もせず、冬弥はされるがままになっていたがそれが面白くないのか少女は強硬手段に訴える。


「またかよっ」


 持っていたカップに霜がつき始めた。


「あぁもうまた淹れなおしだよ」


 キンキンに冷えた珈琲を少し口に含み、冷た過ぎるばかりに味もへったくれもなくなったそれを流しへと捨てる。


「ちゃんと話しを聞くのよ」


「……さてもう一休みするかな」


「しまったのよ、頭の中まで凍らせてしまったのかしら?全然話が通じないのよ」


 ローのコップに僅かに残った薄めの珈琲の表面がピキピキと氷の膜を張っていく。


 対面から抗い難い寒気を感じた冬弥は流石に三度目は御免だったのか慌てて手で制す。


「わかった、冗談だからもう勘弁してくれ。……それで?何の話だよ」


 ようやく反応した冬弥にローは満足気な顔で答える。


「あなたに手伝って欲しいのよ」


「昨日言ってた人探しをか?」


「そうよ。できるだけ早く見つけないと困ったことになるのよ」


 困ってます、と顔を作り首を傾ける。分かりやすく作られた感情表現はむしろ冬弥をイラっとさせた。

 だがその言葉に偽りはないのだろう。ローの眼は冬弥の眼を真っ直ぐに見つめていた。


「でも俺にもやることがあるんだよなぁ」


「昨日言ってた探し物のことかしら」


「ああ。だから手伝えるほど暇じゃないんだ。第一なんで俺に頼む?会って一日も経ってないっていうのに」


 田舎みたいに助け合いが恒常化しているのならその考え方もありだと理解できる。しかし殊魔術師に限っては田舎も都会も関係なく、例え師が同じであっても早々に打ち解けはしない。本質的に他の魔術師を信用することなどほぼなかった。

 だと言うのにローの冬弥に対する反応には疑念が微塵も感じられなかった。今は子供でさえもっと人を疑うだろう。


 ローは一瞬目を逸らし、一人納得したように頷く。


()()()()()()()()()。あなたが気にする必要はないのよ」


 真正面から見据えられては冬弥もそれ以上何も言いようがなかった。何より冬弥から見てもローが脅威だと思えなかった。不思議と友達のような感覚さえした。


「それにトーヤ、一人で探せるの?あんまり探し物に向いているとは思えないのよ」


「……何でだよ」


「見ればわかるのよ。トーヤの魔力には一系統の跡しかないもの。それも強化系。これじゃ巣穴に隠れた兎も見つけられないのよ」


 図星を突かれた冬弥はぐうの音も出ない。

 冬弥とは違う景色が見えているのだろう。言っている意味は分からなかったが正しい。断言されている以上否定する意味もない。


「でも私ならあなたよりは向いていると思うのよ」


 足で探そうと考えていた冬弥にしてみても悪い話ではなかった。息をするように魔術を使っていたのだ、腕も悪くないのだろうと一考する。


 口外を禁じられはしたが、ビジュアルだけならば問題はないか。そもそも教会の味方ではないのに律儀に守る必要があるのか。

 ぐるぐると頭の中を不安と憶測が回り回る。

 そして、リスクと利益の天秤はコトンッと音を立てた。


「分かった。手伝ってもらうよ。でもローは俺に何をして欲しいんだ?悪いが探す上ではあんま役に立ちそうもないぞ」


 色よい返事にローは大丈夫だと笑う。


「トーヤには案内を頼みたいのよ。街中で魔術を使うのはダメなのでしょう?」


 世情に疎いのか移動する時でさえ魔術を使おうとしていたローを慌てて止め、案の定ローは三原則すら知らないようだった。

 地元では知らないが今は止めてくれ、ととばっちりを食わないように最低限のことを守らせた。ローはそれを律儀に守ってくれていたみたいだ。


「それだけでいいのか?」


 対価としては釣り合っていないと感じた冬弥は他にないかと促す。

 友人ならばまだしも会ったばかりのローを借りを作れるほどには信用していなかった、と言うことか。


「そうね、ついでに()()案内してくれると嬉しいのよ」


 むしろこっちが本命だったのか、ローの言葉は一層熱を帯びていた。


 「約束」と小指を出し、冬弥もつられるように小指を差し出した。

 最後に指切りをしたのなんて何年まえなのかと幼い頃を思い出す。


「それで?トーヤは何を探しているのよ?」


「ああ、これなんだけど」


 コピー用紙にサラサラと描いていく。細かい術式までは覚えていなかったが、それでも物を伝えるだけならば十分に描かれていた。


「……何なのよ、これ」


「よく分からんがヤバい箱らしい。何かを封じ込めてるって話だけど中身までは聞いてないんだ」


「それだけ?流石に難しいのよ?」


 見た目だけで見つけられれば苦労はないだろう。だが冬弥にもそれくらいは想像がついた。


「ローは魔力が見えるんだろ?聞いた話だと相当の魔力らしい。なら何とかその魔力を感知できないもんかな」


「……それなら出来ないこともないのよ、多分。封じ込めていてもそこにあることに変わりはないもの」


 容易にやれると言ってのけたローに何とか光明が見えてきた冬弥。

 上手く乗せられた気がしないでもなかったが、冬弥にとってのメリットが大きく、ここはローが一枚上手だったということだろう。ただの世間知らずの可能性も否めないが。


「他には何か手掛かりはないのかしら?」


「他?……ああ、そう言えば北欧の出身って言ってたな。もしかしたら所縁の物かもな」


「北欧?」


 ピンときていないのか首をひねり頭にクエスチョンマークを並べる。

 今までどうやって生活してきたのか、常識を欠如しているとしか思えないローを怪訝な目で冬弥は苦笑いする。


「氷とか雪で覆われてるような場所って言ったらわかるか?」


「それならわかるのよ。……不思議なものね。私の住んでいた所もそんな感じなのよ」


「案外近かったりしてな。世間は狭いって言うし」


 それは有り得ないと知っているローだが言う必要もないと冬弥の言葉を笑い飛ばす。


「にしても中身は何なんだかな」


「トーヤも知らないの?探しているのに?」


「秘密なんだとさ。なんでも教会の至宝らしいぞ」


「教会の?」


 雰囲気が変わる。

 テレビをつけた冬弥は気がつかなかったようだが、場に漂う空気が僅かにピリついた。

 ローの纏う空気が凍る。





「……そう。そう言うこと。トーヤの言う通り世間は狭いものなのよ」





「?何か言ったか?」


「Nei、何でもないのよ」


 不穏な様は鳴りを潜め、「そうか」と冬弥は立ち上がりコートを取りにリビングを出た。

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