第九話
満身創痍でベッドに身体を預けようとしていた冬弥に待ったが入った。
「冬弥、ちょっとこっちに来い。アオイもだ」
冬弥は眠そうに、テレビを見ていたアオイは少し不機嫌そうにテーブルへとやってくるが視線はテレビに釘付けだった。
「何リョージ?アオイ今忙しいんだけど?」
「嘘つけお前」
リモコンを握りしめ怒ったように頬を膨らませているが、ずっとテレビを見ていたことを知っている良嗣は速攻で否定した。
「ホントよ?アオイはこれから世界を救うためにみんなとアビスメーカーを倒しに行かなきゃいけないの」
「何だよアビスメーカーって」
「闇を生み出して人々を操るワールドエネミーなの。ブレイバーのアオイは戦う運命なの……!」
「いつから勇者になったよ」
テレビを見れば画面には少年少女が黒い如何にもな敵に立ち向かおうと呼びかけていた。画面の下部には三つの選択肢とタイマーがあり、「参加人数」と書かれた数字は爆発的に増加していた。
視聴者参加型の子供向け番組であり、まだ続いていたのかと幼い頃に同じような番組を見ていた良嗣は懐かしさを感じたが、同時にアオイの年齢を考えるともう卒業している時分じゃないかと呆れ半分で頭を掻く。
「まだあんなの見てんのか?」
「あんなのとは心外ね!誰でもブレイバーになれる最高のコンテンツなのにその良さがわからないのかしら?」
「お前に勇者願望なんてあったのか?」
「誰だってそういうものでしょ?」
番組が終わり次の番組へと変わったのを見届けたアオイは満足そうに空いている席に座った。
「やっとか……。待たせたな冬弥。……冬弥?」
横に座る冬弥の肩を揺する。しかしグラグラと前後に揺れるだけで一切の反応を示さない。
耐え難い睡魔の襲来を受けていた冬弥は良嗣とアオイが勇者について話していた間に睡魔に完膚なきまでの敗北を喫していた。
穏やかな笑みの冬弥はさぞ幸感に満ちた夢を見ていることだろう。
「起きろー」
アオイがツンツンと頬を突き、ポカポカと頭を叩くが、犬に戯れつかれているようにハハッと笑った。
「しくったな。こんなになるなら朝言っときゃ良かったぜ」
「お兄さーん?」
取り敢えずインターホンよろしく頬を連打するアオイを引き離した。
「しゃあねぇ。飯まで寝かしといてやるか」
冬弥を肩に担いでいきベッドに横たえた。
▽
台の上に立ち鍋をかき混ぜるアオイの姿を寝ぼけ眼でボーッと見ていた。
「ほらリョージ、これ持っていって」
「はいよ」
アオイが料理を作り、良嗣が配膳をする。淀みない二人の動きは普段から培われたものだろう。あっという間にテーブルの上に料理がセットされていく。
スパイスの効いた香りが冬弥の頭を覚醒させていく。
赤茶色のトロミのついた液体は見慣れたものとは多少違ったが、食べ慣れたものであることは違いなかった。
「カレー?」
「そうよ。トマトベースのチキンカレーにしてみたわ。リョージがトマトが良いってワガママ言ったから」
「お前が選べって言ったんじゃねぇかよ」
冬弥の目の前にも白米の上に溢れんばかりによそわれたカレーが置かれ、トマトの甘い香りが後からやってきた。
マカロニサラダやほうれん草の胡麻和えなどバランス良く整えられた食卓は長らく一人暮らしの冬弥には一週間経っても新鮮なものだった。
「これをのっけたらコンプリートよ」
ほぅっと溜め息を吐いた冬弥の様子がお気に召したのかアオイは得意気にフライパン片手に正面に立つ。
スパイスの香りを上書きするように焼けた鶏肉の香ばしい香りが漂って充満した。
「これぞ料理サイト直伝のチキンカレーよ!」
食欲が最前面に押し出され、睡眠欲は彼方へと追いやられた。
食べ終わった食器はずっと寝ていた冬弥がやり、食後の一時を過ごしていると揃っているのが好都合と良嗣が口を開く。
「ところでさっき冬弥が寝ちまったから言えなかったが、明日から少し外に出るぞ」
「と言うとお仕事ね?」
「ああ。冬弥に言ったか覚えはないが今俺はフリーで仕事をしてるんだ。護衛だったり潜入だったり、それこそ裏の仕事をな。それで急遽だが明日から仕事が入った。まぁ相手が相手だし断りづらいってのもあったが、余程切羽詰まってんのか金払いは良いときた」
「じゃあしばらくは休み?」
久々に身体に休息日を与えてやれると、グダグダ過ごす計画を立てようとしたが、立ててもいないのに崩れていった。
「訓練はそうだな。明日は本番ってわけだな」
「俺も行くんですか!?」
「当たり前だろ?詳しくはまだだが聞いた限りじゃ荒事にはなりそうもねぇし、成果を測るにはうってつけだろ?」
「急にそんな……」
「ねえねえアオイはどうするの?」
仕事と聞いて冬弥が尻込みしていると、アオイが自分はどうなのかと良嗣に尋ねる。
一人で留守番するのか、と込められた言葉かと思ったが、アオイの言葉は正しく言葉通りのものだった。
「アオイも一緒だ。特にお前がいた方が良さ気だからな」
「はーい」
一緒に買い物に行くか聞かれたようなテンションの返答は既にアオイが良嗣の仕事に何度となく同行していることの裏付けのように思える。
事実アオイは幾度も良嗣について回っていた。流石に危険だとわかっているものには同伴させなかったが、危険な状況に陥ることは間間あった。
アオイ自体にも耐性があったのかすぐに慣れていき、今ではほとんどユニットのようなものだった。
「それじゃあ七時にリビングな。遅れたら殴ってでも起こすぞ」
「リョージはホントに殴るからね?前アオイなんて顔殴られたんだよ!?アザになったら警察沙汰だったよ!」
「んな強く殴ってねぇだろ!つか殴ってねぇ!」
アオイは頬をぐにぐにとさするように撫で、良嗣を非難するが、良嗣は甚だ心外だと否定に否定を重ねた。
一緒に生活するうちに冬弥にも二人の関係性とアオイの性格は何となくだが理解し始めていた。
良嗣はアオイを義理の娘だと言い、アオイはリョージのいい人だったりママだったりと統一性はない。しかしそのどれでもなく、友達、という関係が一番しっくりきた。
互いに軽口を叩き合い、仕様もないことで喧嘩して少しすればまた和気藹々としている。
友達以上、恋人未満。
良嗣が耳にすれば問答無用で拳骨が飛んでくるだろうが、冬弥という客観的視点にはそれ以上の最適解は存在しなかった。
アオイは思いの外子供であった。否、精神に見た目通りの部分があったと言った方が正しいか。
出会いから大人びていたアオイをどこか年不相応の少女だと認識を固定してしまっていた。第一印象の効果は絶大なもので冬弥はアオイを一人の大人として扱っていた。
だが実際は悪戯もすれば揶揄いもする。むしろ好んでするあたりまだ子供だということだろう。そのやり口は大凡子供とは言い難いが。
矛先全てが向く良嗣には気の毒なことだった。
「これは殴られないように気をつけないとな」
「だから殴ってねぇって」
そしてアオイに同調し、冬弥もまた良嗣を揶揄いにいくのだ。積年の屈辱は往々にして簡単には忘れられないものであり、小さい仕返しはここに来てから冬弥の細やかな楽しみとなっていた。
そうして明日のことなど忘れ、夜更け前まで談笑はすすんだ。




