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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第七話

 サイレンが鳴っている。

 夜の帳を押し上げるように複数のスポットライトが地と空を照らす。


「探せ!このような失態二度はないぞ!猊下のご期待を裏切るな!」


 敷地内を数個の隊が縦横無尽に飛び交う。

 マントを翻し音もなく通路を走り去る。その誰もが険しい表情で周囲を見渡す。毛の一本も見逃さないと目を見開き感覚を研ぎ澄ませている。


 内密に解決など不可能なほどに館内は慌ただしく浮き足立っていた。


 当然館内にいる者には隠せる者ではなく、


「何の騒ぎだ?」


 翌日に備え床に就いていたユーリアの耳にも間も無く入った。

 ここの所不安材料が多すぎて安眠とは程遠い生活だったなかで久しぶりに落ち着いた夜だった。にも関わらずわずか二時間余りで起こされたとして気分が良いはずもなく。その顔は半眼で眉間に皺を寄せていた。


 隊長にユーリアへの言伝を頼まれた男は指の先までガチガチに固まっていた。脈を測ればかなり早まっていることだろう。

 これがユーリアとの初対面だった入団したばかりの新人団員は最も悪い時に来てしまったために威厳などよりも恐怖が強く印象付けられてしまった。


「はっ!それが何者かが侵入したようで……」


「そんなことは聞いておらん。簡潔に話せ」


「……呼称:極北のアストロが消失しました。現在行方を追っています」


 木々が粉々に砕ける破砕音が男の耳を劈く。

 荒々しく分解された寝台横の小さい丸机が勢いよく飛び散り、男の頬に一筋の傷をつけた。


「私の部下は使えん無能しかおらんのか?それとも私の扱い方が悪いのか?教えてくれんか」


「いえ、そんなことは……」


「よい、戯言だ」


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、腕を一度振るう。時間を巻き戻すように粉砕された机が元の姿へと修復されていき、傷一つない状態へと巻き戻る。


「してどうなっている?まさか足を生やして勝手に出て行ったわけではあるまい?今度は姿くらい捉えているのだろうな」


「いえそれが……」


「まさか今回もか?あそこには常に感知特化の者を付かせておっただろう?……まさか死んだか?」


「いえ生きております。しかし……なんと言っていいものか」


「構わん。言ってみろ」


 もうこれ以上失態を語られたところで怒りようがない。すでにボルテージは上がり切っていた。


 意を決し男は言われた通りのことを一字一句違うことなく口に出す。



「呼称:極北のアストロは人型へと姿を変え、霧のように霧散し消失!現在行方を追っております!」



 瓶から錠剤を二錠取り出し飲み込む。

 冗談で言ったことが的を得ていたとは。

 人知の及ばない神器であるからどんなことでも起こり得る、そう割り切れたらどれほど楽か。何故こうも自分にばかり処理しきれない面倒事が舞い込むのだろうとユーリアは男を切れた頭痛薬の補充のため薬局へと走らせた。





 悩みの種が増えたことでユーリアの頭痛と髪の後退が促進されている頃、「極北のアストロ」を追う者達もまた拭えない焦りと下されるだろう処罰を考え足の回転数を上げていた。


「どうだライラ、掴めそうか!?」


「すいません!途中までは、でも流れが途絶えていて……少なくても近くにはいないようです!」


「わかった、お前はロンドの所へ戻れ!」


「了解!」


 鏃状に組まれた隊列からライラは進行方向を変え離脱していく。

 風の抵抗を受け流し、何者かに引っ張られるように速度を上げていく。眼前を遮る建造物は野鹿のように飛び越え、まさしく射られた矢のように目的地へと最短ルートで駆け抜けた。




 ライラは離脱した後屋上へと止まることなく駆け、地を蹴り飛び上がると音もなく着地した。屋上には五人の魔術師が一定の間隔で立ち、その頭上には光球が一、二個浮かび


「ロンド隊長!第三騎士隊ライラ・マルスナートであります!ヴィンダー隊長から伝令であります!」


「ヴィンダーから?何か進展があったのか?」


「痕跡を感知!三十六度の方角、距離六百の地点に照明を当てられたし!とのことです!」


 任務中、しかも目の届く範囲に直属の上司であるユーリアがいるにも関わらずタバコを吹かせる第六騎士隊隊長ロンドは背後に立つライラを見ることなく一つ頷く。


「ハマーソン!照らせ!」


 言い終わる前に照射は完了する。タイムラグが一切ない、かなり訓練された部隊であることは動きながらも常に互いの死角をカバーしていることからも読み取れる。

 自分に優しく他人に厳しくがモットーのロンドの隊だからこその練度なのだろう。手に負えるギリギリの任務をこなしてきた彼等は自然と互いの背中を守れるようになっていた。


「相変わらずヴィンダーんトコは仕事が早えー早えー。うちの奴等にも見習ってほしいね」


(どの口がいってるんだどの口が!)


 任務中は常に心は一つといっても過言ではない、そうせざるを得ない第二騎士隊の面々はキツい任務ばかり振ってくるロンドを無言で責めた。


 光が照らすと同時に滑り込むようにヴィンダー達が現れ、舞台役者のようにスポットライトが宵闇に照らし出す。


「ありゃダメっぽいな」


 豆粒よりも小さく、表情は愚か動きすら読み取ることは難しい。ライラには状況と推測から「何か調べている」としかわからない。しかしヴィンダーとは長い付き合いであるロンドには大体の動きから大まかな結果を読み取ることは造作もないことだった。


「振り出しだな、こりゃ」


 指に挟んだ吸い殻が燃え上がり塵も残さず燃え消え、クシャッと少し潰れた箱から新しく一本取り出し、火をつけた。




 険しい表情でヴィンダーは可視化された魔力残滓を見る。擬似的に青く発光した残された極北のアストロの魔力が風に吹かれ、夜空へと消えていく。


「どうだ?」


「……ダメです。ここより先は……」


 隊員の一人が行方が追えないことを告げる。冷静な顔ではあるがどこか悔しそうでもあった。


「ガルディナーはどうだ?」


「子供、いやちょっと上か?ハイスクールくらいの青髪短髪の男、何つーか古臭い格好ですね。時代錯誤と言うか」


「映像と特徴は似てるな。……探れそうか?」


「無理ですね、こりゃ。完全に切れてますわ」


 ポケットに手を突っ込んだまま目を瞑りカルディナーは答える。そしてお手上げだとハンズアップで手をヒラヒラと振るった。

 極北のアストロは常に冷気を放っていた。魔力を帯びている冷気を纏う極北のアストロは蟻の道のように魔力を道標として残す。事実今いる場所まで彼等は後を追うことができた。しかしその痕跡さえも跡形もなく消えてしまった。


 ヴィンダーは目を閉じ深く溜め息を吐いた。

 この後書かなければならない報告書と言う名の始末書とユーリアからの叱責のダブルパンチが確定で待っているのだ。本当なら愚痴の一つも言いたいところだったが部下の手前憚られた。ので思考内に収めた。


「どうします?」


「仕方ない。一度戻るぞ!」


 第三騎士隊の面々は先ほどと同じように隊列を組み元来た道を戻りユーリア達がいる本館へと向かう。


 夜道を駆ける中、ヴィンダーの後ろにつく一人の隊員がポツリと漏らす。


「隊長、少し遅くないですか?」


「……察してやれよ」


 走る速度は全員が同速である。隊列は速度を合わせることで成り立つものであり、その調整を行うのは先頭を走る者の務めだ。当然それは隊長であるヴィンダーであり彼の裁量で決められる。

 来るときに比べ二段階ほど速度が落ちれば気にかかるのも当然であった。

 そんな当たり前の疑問に対し隣のガルディナーは苦笑いで返す。

 これから隊長としての責務が待っているのだ。嫌なことを少しでも遅らせたいと思うのは人の性だろう。


 前を走っていたヴィンダーにも当然聞こえていたが、その後も聞こえていなかったかのように到着まで速度を上げることはなかった。


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