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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
4/61

第一話

本日三話目です

※こちらから読んでも問題はありません。







 無数の剣戟が世界を埋めていた。



 視界に飛び込むのは量産されていく死と終わりの見えない有象無象だった。

 かつて緑に覆われた大地は荒廃し、幾度となく踏み固められた結果そこに命が芽吹くことは無くなり失った生を求めるかのように数多の血潮が染み込んだ。

 戦士の顔は血走り、安堵し、絶望し。

 至る所で百面相が繰り広げられる。

 それでも誰も止まらないのは止まる術を知らないからに他ならなかった。


 愚鈍な王は止まることを知らず、どこまで続くかわからないままただ悪戯にその版図を広げていく。先の見えない荒野を槍を構える歩兵は隊列を組み勇猛に進んでいく。その深層では会敵を拒んでいるとしても。


 野蛮な王は話すことを知らず、欲望のままに人を蹂躙した。付随する蛮族の兵士は固まる事なくばらつき、今かと息を潜め眼光を放っている。張り詰めた糸を切らないように、さもなくば身を翻すほどで。


 幾多の戦場を作り上げ、数多の屍を積み上げてきて尚、理解しない。そこにどれ程の価値も意義も正義も見いだせないことを。最早それは無意味なものであり流れる血は涙を生み出すだけだった。


 その悲しみは波及し世界を覆う。


 射し込む光を遮る暗雲は土砂降りとなって大地に還る。


 戦場を洗い流し何も残ることは無い。


 男は戦場を見下ろせる丘の上に立っていた。

 どちらの勝利を思うでも無い、ただ言い様のない悲しみだけを感じていた。

 どこを見渡せど何一つ変わらない、人間は争う事をやめなかった。

 何て愚かな生き物なのだろう。

 何て醜い生き物なのだろう。

 何て罪深い生き物なのだろう。

 既に何度目か分からない事項の確認だった。

 きっと男にとってその目に映るものは人間の形をした怪物の群れでしかなく、見捨てて然るべきものであった。

 だが男は優しかった、正義だった、人の世に見切りを付けなかった。

 この世界に救われないものなどないと。永劫変容しない本質だとしても必ず乗り越えられると信じた。


 男は歩き出す。


 透徹した瞳は自らの歩む道程を明瞭に捉えていた。


 しかし限りある人の生ではその唯一の大望は成し遂げるには余りにも巨大過ぎた。


 一歩進む度にその背後に抱える迷い子は増していくばかりで辿る光は遠い果てにあり、遠過ぎる光は儚く淡い。

 それでも一縷の迷いも抱く事は終ぞ無かった。


 男の旅路は聖道として人々がなぞり、着実に人類を書き換えていった。

 しかし万事が上手くいき過ぎたが故の反動か。急激な変化に世界は真逆の事象をもって修正をかけた。

 時代唯一の救済者は大いなる力の前に道半ばで膝を突かされた。

 それは病や事故では無く皮肉な事に立ち塞がったのは救いたいと願った人間達だった。




 死神を前にして男は悟った。

 救いとは、人類の救済とは斯くも難しいものであったか、と。

 加速度的に迫る終わりを感じ、未だ変化の片鱗すら見られない者共を見て感じるのは後悔でも絶望でもなかった。

 眼を閉じ数瞬後ゆっくりと瞼を開けた。

 男が決意を固めるには時間はいらなかった。否、初めから決まっていた。微かな揺らぎこそあるものの心変わりなどするはずも無い程に。

 もうこの身で導けないのなら、せめてこの命は道標として此処に刻み込もう。

 存在そのものを後世に捧げよう。

 救済が成されるまでこの世界に私という楔を打ち込もう。

 男には死地へ赴く道筋ですら救済の過程でしかなかった。


 大衆が前にして死ぬ瞬間、人々は初めて男の笑顔を見た。それはどこまても穏やかでまるで死を感じられないもので。

 一人、また一人と呆然と見つめたまま涙が頬を伝った。


 ―――ああ、よかった。


 召されゆく意識の残滓が零れ落ちる涙を拾い上げる。

 それだけで男は自らの救済を得た。

 この僅かな一生には、自身の一生には確かに意味があったのだと。


 この時残っていた不安という微かな揺らぎは確かに打ち消された。

 最早一片の迷いすら生じない。


 微かに開いていた瞼を、そっと閉じた。




 人類の救済を掲げた男は最後に自身の救済を以ってその生涯に幕を下ろした。



面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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