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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第五話

 更に五分が経過した頃、冬弥は考え込むように腕を組み静止したように立っていた。


「さっぱりわからん」


 戻ってみたはいいが結局アオイが何をしたのかは終ぞ掴めていない。

 このままではタイムアップは目に見えている。いっそ当てずっぽうで探し回るのも手の一つだと一時考えたが、それでは良嗣の求めている結果にはならないと冬弥はわかっていた。適当に探し回るならばそれまでと言うことだと。


「しかしまさか良嗣さんが魔術師とは言えあんな女の子と住んでるなんてな。今年一の驚きだったな」


 本当の親子のようなやり取りは思い出すだけで少し笑ってしまう程だと冬弥は緊張感なく笑みをこぼす。

 冬弥が子供であってもあんな反応はされた覚えがない。それだけ大人になったのか、アオイが特別なのか。

 いずれにしろ面白いことだと冬弥は考えるのをやめ頭の片隅へと置いておく。


 閑話休題。

 再び道を戻りアオイの足跡の前で立ち止まる。現状冬弥が発見できたアオイの痕跡はたったそれだけであり、しかし見ているだけで何も変わらない。


 しばらく踏み固められた跡を見ていると何故か冬弥の頭を違和感がよぎる。よくある時間経過で変化していく風景を見ているような。

 見慣れているはずのものがないような。


 振り返る。

 道とも呼ばない動線のような筋が木々を縫うように先へ伸び、歩いて来た道には一人分の足跡が降る雪が輪郭をぼやかしている。

 流石に冬の山は積もるのが早いと普段都会では感じられない感想がつらつらと出てくる。


「もう消えてくのか」


 一歩前の跡でさえハッキリとした形を保ってはいない。

 そして靄がかっていた違和感の正体が一瞬で靄を晴れさせる。

 場所さえ指定されれば正解を導くことはそう難しいことではない。


「―――なんでアオイの足跡だけむこんなくっきりと残ってるんだ?」


 一分も経てば埋もれてしまうにも関わらず、アオイが残した足跡だけがバリアが張られたように雪の影響を受け付けていない。

 確かに満遍なく雪は降っている。だがなかったことのように雪は消えていく。


 あって当たり前だと思うばかりに、決めつけが判断を遅らせた。

 冬弥は歯噛みしつつもやっと見つけた糸口に口の端を釣り上げるが、ただ見つけただけで何も変わっていない。見つけることすらできていないこの状況は戦っていると、相手にしていると言えるのか。これでは公園でかくれんぼをしている子供達と何ら変わりない。


 冬弥は消えない足跡を踏みつける。するといとも簡単にザクッと冬弥の足に塗り替えられてしまった。


「壊そうと思えば壊せるのか」


 人の手が加われば他と同様に形を変える。

 冬弥は足跡に従うようにアオイの歩幅で歩いていく。陣取りゲームのマスのように着実に上書きしていく。


 良嗣の家から延びている跡を追えば良嗣の家へと戻ることになる。

 真面目に動くと約束した手前、まさか帰ったはずはないと理性は訴えるが本能的な感覚は着実に近づいていると訴えている。


「着いたか」


 足跡に分岐はなかった。

 冬弥は良嗣の家の前で文字通り振り出しに戻ったことを悟った。

 アオイの居場所は掴めず、唯一の痕跡は自分の手で消してしまった。魔術的効果を失った足跡は既に埋もれ始めている。


 短絡的ともとれる自信の行動に冬弥は深く溜め息を吐く。


「終わりだな」


 肩を掴むと同時に声をかけられる。

 良嗣は腕時計を指し三十分のタイムアップを告げる。

 こうなることを予想していたのか良嗣はイタズラが成功した大人のようにいやらしい笑みをしている。


「これはアオイの勝ちだよね?」


 デジャヴだ。

 良嗣の後ろからこちらは無邪気な笑顔で自分の勝ちを宣言してくる。何か買った時のご褒美でも強請っていたのだろうか。


「ああ俺の負けだな」


「仕方ねぇよ。まぁ惜しいとこまではいったんだがな」


「どんな仕掛けだったんです?」


「そりゃアオイに聞いてくれ」


 本人が一番よくわかっているということだろう。言外に勝手に種明かしするわけにもいかないという意味もあるようだ。


 どう?

 目線で問いかける。


「ダメー」


 冬弥から離れるようにくるりと一回転し陽気に一刀両断する。

 小さくても魔術師であるならば当たり前なのだが、あれだけ苦戦していた魔術を欠片も知ることができないとなれば冬弥も肩を落とした。


「だがこれでわかったこともあるだろ?変わってないな冬弥、お前は搦め手に弱いんだよ。これで罠でも張られてみろ、どうしようもなくなるだろ?」


 今回はアオイを探すだけの安全性とコンプライアンスが遵守されたものだが、これが実戦ともなれば至る所に、火器による戦争であれば地雷が、魔術師であれば地雷を軽く上回る罠すら仕掛けている可能性は高い。

 つまりこれが実戦であれば冬弥は何もできないままフィールドからもこの世からも退場していたと良嗣は言いたかった。


 事実スルトとの戦闘でさえ有効打は殆どなかった。あれは振り分けるなら単純な方でありながら、冬弥自身は力でごり押しすることしかできなかった。

 あれより複雑に何重にも作られた術式は星の数ほどある。

 中には全てまとめて吹き飛ばすような脳筋もいるが、冬弥にはそこまでの力はない。


「そういえば何で魔術は使わなかったんだ?色々あるんだろ?」


 探知とか解除とか、良嗣は魔術師ではないが知識としては有名なものに限ってではあるが保有していた。魔術師を架空の存在としてしか知らない人でも思い当たる程度のものだが。


 魔術師ならば複数の魔術を扱えることは当然であり、良嗣の言っていることは間違ってはいないが、こと冬弥に限って言えば大ハズレでしかない。

 まず話しておくべきだったかと冬弥はいたたまれない気持ちになる。


「いや使えないんですよ、俺」


「魔術が使えないのか?」


「いや、強化以外の魔術が使えないんです」


 魔術師が魔術を使えるまでの師弟関係や諸々のプロセスを大まかに端折って伝える。

 思惑が大幅にズレ、考えていたプログラムがお釈迦になったことで今度は良嗣がいたたまれなくなる。


「マジか。じゃあ始めっから魔術のほうはどうしようもなかったってことじゃねぇか。そっち方面を軸に鍛えてくつもりだったんだがなぁ」


 長期間ならば考える余裕もあったが冬弥の話では短期間で出来うる限り、と無理難題を言われていた。

 元々人に教えたことのない良嗣は我流の武術を理論だてることはできず、ならばと思いついたのが冬弥の意識を変えることだった。


 冬弥には戦いにおいては素人も同然だ。圧倒的に経験が足りていない。それは今しがたの冬弥の動きを見れば良嗣には手に取るようにわかった。

 動き方がわからず、警戒する様子もなかった。

 本番ではないという言い訳は通用しない。身に付いていれば自然と体はそれに沿った動きをする、それが良嗣の経験則だった。

 だが対魔術師戦であっては銃を持った軍人でさえ魔術師から見た脅威度に置き換えれば一般人と大差がない。

 魔術師である冬弥であるならば想定する相手は自然と魔術師になる。だからこそ良嗣は意識の重要性を知ってもらおうと考えていたのだ。意識こそ短期間で身につくものではないが、きっかけを掴むことはできる。

 幸いなことにうってつけの相手がいたことも一因だった。


「しゃあねぇ。方針変更だ。何でもいいからお前の“本気”を一回見せてくれ。それで決めようじゃねぇか」


 開き直り、くわえタバコで万事オッケーを振る舞った。





 離れておいて良かった。

 良嗣の心の内を表すならまさにそれだろう。さもなければ今頃良嗣の家は養分となるため地面にばら撒かれていた。


「こりゃヤバいな」


 視線の数十メートル先の冬弥には聞こえていないだろうが良嗣は頬を痙攣らせ、アオイはあわあわと何か言っていた。


 冬弥は作り出したクレーターの中心で拳を握りしめた。

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