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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第三話

 相手が誰かはすでにわかっている。であっても離れた距離を詰めようとはしない。

 冬弥は目を細め良嗣に焦点を合わせる。一挙手一投足を見逃さないように呼吸すら深くなる。


「肩の力を抜けよ冬弥。久々の再会じゃないか、気楽にいこうぜ?」


「こうなったのは良嗣さんの自業自得でしょう?」


 まだ父親が健在だった頃、良嗣は頻繁に御防家を訪れていた。その度に良嗣は常識外の行動を起こし、冬弥を驚かせ、あるいは恐怖させた。

 ある時は通学路で誘拐を装い冬弥を背後から襲い、そのためだけにハイエースを用意していた。

 またある時は全身黒で目出し帽を被り帰宅したところを襲われた。

 事あるごとに犯罪紛いのことをされ、冬弥は良嗣の顔を見れば脊髄反射の如く逃げるようになった。

 当人は訓練だと頻りに言っていたが冬弥からすればタチの悪い嫌がらせにしか思えなかった。それが小学生であれば尚更だ。


 久方ぶりの再会であっても幼い頃に植え付けられたトラウマは遺憾無く発揮された。

 数年ぶりだから感動の再会になる可能性よりも数年分を溜め込んだデカい一発を撃ちにくる可能性の方が遥かに高いと経験則でも本能でも弾き出されていた。


「いやいやホントに。もう()()は終わったぜ?だからこうやって目の前にいるんだろ?」


 相も変わらず、たかだか数年ばかしでは人間性は変わらないものかと冬弥は思う。

 しかし良嗣の言っていることもまた事実であった。


 背後から、目出し帽、過去の嫌がらせ(訓練)を思い返しても起こっている最中は決して良嗣だと認識できないように立ち回り、事が終われば種明かしをし冬弥が咽び泣く。それが一種ルーティンでもあった。


「散々この寒い中歩き回ったろ?」


「……それが今回の()()だって?」


「そうさ。楽しくなかったか?」


 頭を抱える。


 何が一番キツイのかといえば良嗣には悪意が微塵もないことだ。全て良かれと思ってやっているからもうどうしようもない。


 しかし思った通りにGPSが不能になったのは良嗣の仕業であった。

 これで山を彷徨うのも終わりだと考えればそれも悪くはないと割り切る。

 普通であれば怒り出す場面でもいたって冷静だった。


「……成長したなぁ」


 良嗣は感慨深く呟く。

 もう昔の泣き虫な子供ではない、一人前の大人に近づいていく様は良嗣には衝撃だったのだろう。


 良嗣に子供はいない。

 若い頃に妻を亡くし操を立てた良嗣は四十半ばの現在までそれを貫いている。

 そんな良嗣からしてみれば冬弥は親友の子であると同時に我が子であるように愛情を抱くのも無理はない話だ。


 数年という空白の時間はそれを深く再認識させた。様々な背景と折り重なった年月の重みは経験無くしては理解できないものだろう。


「冬弥。また会えて嬉しいよ」


「…久しぶりです」


 見たことのない柔らかな笑みを向けてきた良嗣に冬弥も同じように笑う。

 色々苦い思い出はあるがやはり心にくるものはあったのだろう。

 嫌だと感じていたやり取りでさえ時間がオブラートに包み懐かしく感じた。




「それで?何の用なんだ?お前から連絡きたときは正直驚いたぜ」


 ヤカンを火にかける。

 少し潰れた箱からタバコを一本取り出し咥えるとコンロに顔を近づけ一息吸う。

 ヘビースモーカーも変わってないなとキッチンに腰を預け煙草を吸う様子を見て思う。


 その後案内されるままに冬弥は良嗣の家へお邪魔していた。

 コテージのような造りの一軒家はほぼ全てが木造であり、森を濃縮した香りと染み付いたタバコの香りが香水のように漂っていた。

 冬弥の父親も吸っていた銘柄の嗅ぎ慣れた香りが冬弥の家を想起させた。


「そう言えば言ってませんでしたっけ。……良嗣さんって何か武術やってましたよね?」


「武術つっても師匠曰く我流もいいとこだけどな」


 力不足を感じた冬弥が、では何を求めるか。

 強化以外の魔術は使えない、使おうにも教えてくれる師匠()はもうおらず、当てもない。

 であれば課題は自ずと見えていた。


 立ち上がり良嗣と向き合う。



「良嗣さん、俺の……俺の師匠になってくれませんか?」



「はぁ?」


 ポロリと吸いかけのタバコを床に落とし―――そうになったところで指で挟み止める。


「俺が?お前の師匠?」


「はい」


 至って真剣な冬弥とは対照的に良嗣は信じられないものを見たように冬弥の顔を二度見する。

 冬弥が自分に対してどんな感情を抱いているのかは見ていればわかる。良嗣自身それは仕方ないことだとも思っていた。

 想像の埒外からの一言はそんな考えを一蹴した。


「おいおいどう言う心境の変化だ?」


 カタカタとヤカンの蓋が踊り始める。


「お願いします。良嗣さんしか頼れる人がいないんです」


 頭を下げる。

 巫山戯ているのではなく本気だというのは冬弥の姿勢から伝わってくる。


 しかしどうしたものかと考える。

 良嗣は弟子を持ったことがなく、そもそも持とうと思ったことすらなかった。

 こんな人里離れた山中に住んでいることからも推察できるように、良嗣はあまり人付き合いが得意ではない。御防家に入り浸っていたのも冬弥の父親と幼い頃からの親友であったからに他ならない。

 普段の良嗣は仕事でなければ家から出ない程に世間とは離れた生活をしていた。

 武術家であれば俗世を離れて修行に明け暮れることも昔はあっただろうが今では形骸化した文化に過ぎず、良嗣も修行のために山に籠っているわけではなかった。

 ここ数年世間と最低限の関わりしか持っていない自分に十分な指導が出来るのか。


 だがそれは些事だと言えた。そも冬弥から求めてきたのだ。教えるのが下手であろうと頼み込んできた以上そこに文句を言われる筋合いなどないだろう。

 それでも良嗣は二つ返事で冬弥の頼みを聞くことはできなかった。

 良嗣が色好い返事をしかねているのにはもう一つ理由があった。

 それこそ前述したことなど仕様もないと思える理由が。


「だが俺は()()()()()()()()?」


 良嗣は魔術師でない。

 魔術師である冬弥にとって師匠は魔術師以外に務まるものではないと良嗣が考えるのは当然だ。


「魔力は使ってるが、少なくとも純粋な魔術師とは言えねぇんだが」


「だからです。魔術じゃなくて、俺に戦い方を、()()を教えてください」


 ―――それが魔術師としての師匠であれば、の話だが。


 冬弥が次に求めたものは新しい術式でも効率的な魔術の扱い方でもなかった。

 圧倒的身体能力を活かすための体術だった。


 幼い頃から魔術しか学んでこなかった冬弥は謂わば理論派であり、身体を動かすことは最低限しかしてこなかった。

 人並みに運動はできたが所詮は素人、いざ戦ってみればそれを露呈する結末だ。

 喧嘩殺法にも満たない技術では決定打に欠けた。


 魔術は一つを極めることに対し費やす時間があまりにも長い。習熟するという点に絞ってもかかる時間は膨大だ。

 それに対し武術であれば素人から一定のレベルまでは比較的短期で達することも不可能ではない。

 無論一丁前に使えるようになるまでは魔術と同じような時を必要とするのだが。


 たが心構えや基本的な体の動かし方だけでも知っているだけで違うものだと冬弥は考えた。


「だがなぁ、どうにもものを教えるってのは性に合わなくてなぁ。それに最近の通信の流派みたいに教科書があるわけでもないし」


「そこを押してでも、お願いできませんか?」


「……他を当たって欲しいんだがな。てかなんで俺なんだよ?他にもっとマシなやついるだろ」


 理由は理解できた。それでも良嗣の返事は変わらず、ここまで言って何故自分を頼るのか。苦笑いを浮かべる。

 人に上手く教えられるというのはそれはもう一種の才能だ。才能のある人間とそうでない人間とではレベルアップに要する経費が異なる。

 より人を教えてきた人間からならば、より簡単に学ぶことができる。


 未経験な自分では役不足であると遠回しに言っていた。


「その、あまりそんな知り合いがいないので」


「道場とかはどうなんだ?」


「魔術と併用するのであんまり……」


 知り合いがいない、というのは良嗣に責められるわけがなく答えに困り流したが、魔術と併用するためと聞いて一応の得心はいった。一般の道場で魔術を見せるわけにはいかないからだ。

 確かにその条件であれは他に最適な人物はいないだろうと。


 しかしそれでも疑問は残る。

 既に良嗣も基礎を教えるくらいならばやぶさかではないと感じ始めていた。折角頼ってきた親友の子なのだ、可愛くないわけがない。

 だがどうして今なのか。

 会わなくなって数年、久々に会いたいと言われ会ってみれば弟子にして欲しいとは。

 その根底にある冬弥思いとは一体どんなものなのか。それを知らずして明確な返事はできない。


「それじゃあ聞くが、なんでそこまで力を求める?魔術が使えるんだ、人並み以上、いやそれこそ人類全体のピラミッドで見れば上段にいて可笑しくない。そんな魔術師のお前が何故これ以上を求める?」


 ヤカンから蒸気が上がる。

 穴から噴き出る蒸気が甲高い音を鳴らした。


「……まだ寛人のこと引きずってんのか?」


 冬弥の父親である寛人がこの世から姿を消したとき冬弥には何もすることができず、遺骨すらない葬式の場で肩を震わせていた。

 てっきり立ち直ったものだと冬弥を見ていて良嗣は思ったが、実際のところは本人しかわからない。

 復讐になど意味はない、とまでは言わないがその気であるならば引き留めることこそが僅かでも寛人への弔いになればと考えた。


 しかし冬弥から返ってきた言葉は思いもよらないものだった。


「……俺はまた守れなかった」


 絞り出すように言葉を紡ぐ。

 話すのではなく、自らに言い聞かせるように重く、言葉を紡ぐ。


「絶対に守ってやるって言っておきながら……どの口が言ってたのか、何も守ってやれなかったんです」


「…冬弥」


「もう誰かを失うのなんて御免なんです。……良嗣さんお願いします。今の俺にできることはこれくらいしか……」


 誰かを失いたくない。

 家族を持っていなかったかつての良嗣にはいまいち理解できない感情だったかもしれない。だが奇しくも今の良嗣はそうではなかった。



「そうか。その気持ちは今の俺になら痛いほどよくわかるさ。…アオイ!ちょっと来てくれ!」


 ??

 突然シリアスな空気をぶった切り誰かを呼ぶ。一人暮らしではなかったのか、呼んだ女性であろう名前と急な場面転換に冬弥は困惑する。

 左手を確認しても薬指に指輪は嵌まっていない。結婚はしていない、ならば恋人だろうか。しかし冬弥の知る人物像ではとてもではないが諸々破天荒な良嗣に付き合える女性がいるとは思えなかった。それでもこんな山の中に一緒に暮らしていおり、なおかつ女性であるならば恋人である以外は考えられなかった。

 いったいどんな物好きだろうか、呼びかけた扉の先を見つめる。


「何?珍しくお客さんが来るから引っ込んどけっていったの誰だっけ?」


 半眼で攻めるように良嗣を睨む。部屋に無理矢理閉じ込められて鬱憤が溜まっていたのだろうその()()()は決壊したダムのように鬱憤を放出する。


「大体何でアオイが隠れてなきゃいけないの?いつもご飯作ってるの誰だっけ?洗濯は?仕事の時朝起こしてあげなきゃ毎回遅刻だよねぇ?今日だって無理矢理使わせるし。ねぇどうなの?」


「ちょ、待てって。わかったから、俺が悪かったって」


 平謝りする良嗣はかつて一度も見たことがないもので、怒られているにも関わらず少しにやけている姿などさっきまでの厳つさはどこへ行ったのかと冬弥は少し引いていた。

 だが引いた理由はそれだけではなかった。


「良嗣さん、ロリコン(犯罪)じゃないですか……!」


 会話だけ聞けば結婚数年目の夫婦と違わない。だが目を開けて二人の姿を視界に収めれば痴話喧嘩などではなく、まるで子供に注意されるお父さんだ。

 女の子は綺麗な金髪をしており染めたような違和感は感じられない。生粋のものなのだろう、顔立ちも整っており白い肌は日本人のものではない。

 大人びた言動同様実年齢以上の見た目はしかしまだ子供てあり、良嗣と並べば親と子にしか見れない。


 そんな子と二人で暮らし、家事全般を任せているとなればそういうことなのだろう。

 容疑は固まった。

 良嗣も固まった。


「バカ違ぇよ!こんなガキ相手にするかよ!」


 あーだこーだと弁明する中スッキリした様子の女の子が良嗣の陰からひょっこりと顔を出す。

 背が低いため自然と上目遣いになった女の子に見つめられあるはずのない父性本能が擽られる。


「あなたがお客さん?随分若いのね。てっきりいつものオジさんかと思ったわ」


 花が綻ぶ笑顔とはこれだと、向日葵を幻視した。


「君は?」


「リョージのいい人よ」


「冗談はよせよ!」


 クスクスと口元を隠しながら笑う。

 ジョークが好きなのか良嗣をからかうのが好きなのか、折角仕返しの機会を得たのだ、冬弥が乗らない手はなかった。

 女の子と合わせて一歩引いた様子を見せると良嗣は諦めたのか長い溜め息を吐いた。


「こいつは娘だよ、義理のな」


「あら、娘じゃないわよ。アオイはリョージのママなんだから」


「アホ、もうあっち行っとけややこしくなるから」


 シッシッと元居た部屋に追いやられたアオイと呼ばれた少女は扉の隙間から顔を覗かせ「あっかんべー」と可愛らしく舌を出しバタンと勢いよく扉を閉じた。

 まだまだ子供なのだなと微笑ましくなった。

 しかし見慣れてしまえばどんなに面白い映画でも見るのが億劫になるもので、良嗣からしてみれば幾度となく見た光景であり流し見案件でしかなかった。


 気を取り直して乾煎りしていたヤカンに再び水を入れ火にかけなおした。

 数分後二人分のコーヒーを淹れた良嗣がテーブルに着く。心なしか森で会った時に比べてやつれているのは多分冬弥の気のせいではないのだろう。こめかみを押さえつつ一口すすり一息ついた。


「リョージー、アオイにもシュガーミルクマシマシでおねがーい」


「どこであんな言葉覚えてきたんだあいつは……」


 言いつつもアオイの分を用意しにいくあたり甘々なのは明白だ。失いたくない人というのは間違いなくアオイのことだと冬弥は意外な一面の連続に苦手意識が薄れ、思わずにやけていた。これが噂に聞く「ギャップ萌え」というやつなのか。

 律儀にノックしシュガーミルクマシマシのコーヒーを持って行った。

 部屋から出てきた良嗣は自分を見る冬弥の眼から溢れ出る感情に後ずさる。目は口程に物を言う、注がれる目線だけで如何にして揶揄おうか思案しているのだと手に取るようにわかった。良嗣が冬弥をイジル時と同じ目をしていたからだ。

 良嗣はキリッと顔を整える。


「取り敢えず仕切り直しだ。お前の気持ちはよくわかった。まぁ、教えてやらんこともない」


「今更遅いと思いますよリョージさん?」


 アオイのイントネーションに寄せて名前を呼ぶ。

 本来の目的が達成されようというのにイジリを優先するあたり冬弥の性格も窺えるというものか。過去にやられた分をやり返そうという思いもあってこそかもしれないが。


「わかったからもう止めてくれ。痒くなってくる。……それよりどうなんだ?教えて欲しいのか?」


 頭を掻きながら投げやりに問いかける。


「それはお願いします」


 これ以上は藪蛇かと素直に本来の路線へと会話の流れを修正する。

 詳しく日程などを詰めようとするが良嗣が話し出そうとした冬弥を手で制す。

 不要とばかりに立ち上がる。


「お前がどれくらいできるのか俺は知らないからな。細けぇことは一回見てからだ。アオイ!」


「呼んだぁ?」


 湯気の立つマグカップ片手にアオイがやって来る。中身があまり減っていない。ふーふーと口元で冷ましているあたり猫舌なのか。


「暇だろ?こいつの相手してくれ」


「アオイが?うぇー面倒だよ」


「今度好きなもん買ってやるから」


「何でも?」


「あぁ」


「おっけー」


 穏やかな父と子の日常会話のはずが、正反対な要素のせいで全く穏やかではなくなっている。

 これが逆であれば、「冬弥」が「アオイ」の相手をするのであれば、「あぁ、遊び相手なのだろう」と思えるが、このアオイという女の子は明らかに相手の意味を理解している。

 簡単に「おっけー」と言っている小学生程のアオイもわけわからないが、そんな女の子に戦わせるなど良嗣の考えが読みきれない。


「心配か?」


「そりゃそうですよ」


「幼い、からか?」


 魔術師に見た目は関係ない。魔術世界の共通認識を思い出す。

 かつて会った死霊の王もそうだったじゃないかと、思考を切り替える。

 単純な体術を見るためじゃない。魔術師としての全力を見せてみろと言っているのだ。


「んじゃ行くか」


 冬弥の気配が切り替わったのを察して二人を外に促した。

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