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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
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第二話


「寒っ」


 冬期休暇に入った冬弥は終業式の翌日雪の降り積もった長野の山奥へ続く道を一人東京では感じることのできない寒さに震えていた。




 十二月二十一日、終業式を終えた冬弥と怜はその足で空港に来ていた。

 クリスマスや年末を海外で過ごそうと休みを取った人がごった返し、カラフルなスーツケースが縦横無尽に行きかっている。慌ただしさをギュッと詰め込んだ空間で二人は時間までベーグル専門店で暇を潰していた。


「にしてもツいてないわね。待つのが嫌だからってギリギリの便にしたっていうのに」


 怜の実家のあるスウェーデンが含まれる北欧一帯で原因不明の寒気塊が出現し安全が確認されるまでスカンジナヴィアの三国への渡航が制限されており、帰省を意気込んでいた怜の出鼻をくじいた。

 不貞腐れた怜の相手をするために必然的に冬弥が付き合うこととなり現状に至るわけだ。


「大体二日も前に起こったことでしょ?今更なんだっていうのよ」


 吐き出す相手がいるためかここぞとばかりに不満をぶちまける。

 苦笑いで返すしかなかったが冬弥にしても約束が詰まっているためいつまでも足止めをくらっているわけにはいかなかった。

 最も冬弥が留まる理由など毛ほどもないのだが。


 窓から見える大時計の時針は一時丁度を指している。かれこれ待って小一時間搭乗時刻よりオーバーしていた。


「そう言えば那上の実家ってどこら辺にあるんだ?」


 いつまでも愚痴に付き合うのも精神の擦り減りが早い。ならばと提供するのは困った時の出身地だ。

 冬弥自身詳しくは知らなかったので興味という意味では都合もよかった。


「ファールンっていう片田舎よ」


 面白くもなさそうに答える。自分の街が好きではないのだろうか。


「へぇ聞いたことないな。どんな所なんだ?」


「何もない所よ。銅山の成れの果てって感じね」


 かつて大銅山が潤沢な資金を提供して繁栄していったファールンという都市は今では亡き後の鉱山の面影を残すのみで栄華の名残すら見られない。

 世界規模の主要都市も産業が失われてしまえば山間の一都市にすぎない。

 数代前から縄張りとしているが何故祖先がファールンを選んだのか怜には理解できなかった。


「まぁ研究にはうってつけかもしれないけどね」


 使われていない坑道や施設。地下であれば音も光も気にする必要のない天然の空間は大規模な研究であっても受容できるだけのキャパシティを備えていた。

 改めて考えてみればそういう事なのかもしれないと怜は一人納得した。


「機会があったら来てみるといいわ。自然だけは豊かな所だから」


 まさか誘いを受けるとは思っていなかった冬弥は少し驚く。不干渉を強いていた過去が嘘のようだ。

 怜も何だかんだと言いつつも故郷が嫌いではないのだと少し上がった口角が示している。


 その後もとりとめのない会話は続く。

 期末試験の結果を聞いた時の怜の顔は見ものであったと言っておこう。当たり前かもしれないが海外とは進行が大きく違う日本の教育とのズレが怜の点数を大きく左右した。英語と理数以外が壊滅に近かったらしい。


 ピーンポーン


 大体、と口にしたところで空港チャイムが間延びして建物内を反響する。どうやら怜の乗る予定だった航空機の受付が始まったらしい。


「やっとね。……それじゃ、ここで別れましょうか」


 会計を済ませ出発ロビーへと繋がるエスカレーターの前で立ち止まる。この先へはチケットを持っていなければ立ち入れない。チケットを持っていない冬弥はここまでとなる。


「助かったわ。こんなに時間が空くとは思ってなかったし」


「まぁしばらくはお別れだしな。それに俺も時間が潰せて丁度良かったわ」


「何か予定でもあったの?」


「前話したろ?父さんの知り合いに会いに行くんだ」


 連絡を取っていなかったが幸いにも固定電話の番号は変わっておらず連絡がついた。

 日付けは指定されたが特に時間の指定はされず、好きな時に来るといいと言われていた。いいのか尋ねても、「決めるだけ無駄」だと不思議な返しだった。

 だからこそ怜に付き合えと言われ見送りに行くことができた。



「じゃあ行くわ」


「あぁ。またな」


 エスカレーターを登っていく怜を見送り、踵を返した。


 ドンッ


「っと、すいません」


 背後に人がいたらしい。振り向きざまに体がぶつかり、相手は僅かによろめいたように半歩さがった。


「いいのよ、気にしてないわ」


 怜と暫く過ごしたことで美人への耐性ができていた冬弥であったが怜とはベクトルの違う美しさに目を奪われた。

 呼吸を忘れ、言葉を失う。


「大丈夫なのよ?」


「あ、あぁすいません」


「ふふっ、謝ってばかりなのよ」


 人形のように整った顔に花が咲いた。少女が少し身動ぐだけで真っ白な髪に光が反射しプラチナの輝きで冬弥を魅了した。

 小さい白い髪の少女。

 脳裏をよぎるのは誰よりも強かった女の子(チユ)だった。


「それより良かったのよ?何か急いでいたみたいだけれど」


「あ、じゃあこれで」


「気をつけるのよ」


「はい」


 自らの意志を再確認した冬弥はトンッと足を鳴らした。


「久しぶりね、()と同じ色を見るのは」


 少女は冬弥の後を追うように出口へと向かっていく。


「彼のようにならないことを祈るのよ」


 フッと瞬きの間に少女の姿は空港から消えた。


「冷たっ!……雪?」


 近くにいたサラリーマンが頬に感じた冷たさに思わず声を出した。拭って見れば白い結晶が指の温度に溶けていった。

 何故室内で?

 不思議な出来事に眉を寄せたが搭乗時間のアナウンスに上書きされるように記憶から溶けていった。



 ふわりふわりと雪が静かに舞い降りて来る。

 冬になり生き物達が冬眠に入っており大木が犇めく森の中は雪の降る音が聞こえてくると錯覚する程の静けさだ。

 自然の音すら最小限の世界では自ずと口を閉ざしてしまう。

 一歩毎に積もった雪が締まり、吐く息の白の濃さが気温を物語っている。


「通りで時間を指定されないわけだ」


 県道から外れた山の中、携帯片手に冬弥は理解した。

 相手が時間にルーズなわけでも気遣ってくれたわけでもない。自らの足で辿り着くしか方法がないのであれば一度も行ったことのない場所に予定通りに着けるわけがないのだ。


 GPSを頼りに道無き道を冬弥は進む。

 素手でしかスマホを扱えないために右手は常に風に晒されている。人気がないことが救いか。コッソリと強化魔術で耐寒性を上げることができる。でなければとっくに指の先は霜焼けになっていた。


「にしてもどうなってるんだ?」


 山に入って一時間と少し、冬弥が雪でコーティングされた山中を彷徨っているのには理由があった。


「またか」


 正面を指していたGPSが突然左後ろを指した。

 都合三度目になるGPSの誤作動が冬弥を道に迷わせていた。

 いっそ思い切り走り出したい衝動に駆られたが、正確な方向すら分かっていない状況では遭難への第一歩になりかねない。道に迷っていると考えればすでに絶賛遭難中と言えないこともないが。


 更に一時間、いくら体力に問題がなくても永遠同じような景色の中を歩かされればうんざりしてくるのは仕方ないことで、足の動きは衰えていないが顔には疲労が窺える。


「いつでもいいって招く気ゼロじゃないか」


 雪の中を歩き続けた靴はスニーカーだった為に水気を吸い、靴下にまで浸透している。

 重くなった足でグルグルと歩き回った冬弥は初めて愚痴を零した。


 至って普通と変わらない山中でGPSが狂うことなどあり得ない。一、二度の誤作動であればそんなこともあるかと流していただろうがそれが何度となく起こっている。

 魔術による干渉を疑って当然であった。

 ならば誰がそんな事をするのか、その必要があるのか。

 この周辺には山荘すらなく、冬弥をここへ招いた人物に他ならない。

 では必要性は?

 人を近づけさせない為の魔術であれば目的はその通りであろう。


 家までの地図を渡されて玄関までが迷路では誰だって怒りたくもなるだろう。


「ギブアップか?」


 背後から声が聞こえた。

 壮年の、深みのある声は森そのものの様だ。重心が低く重石のようにのしかかって来る。


 冬弥は身体を捻りながら地面を蹴り、距離を取りつつ向きを変える。地面を蹴った副産物として背後にいたであろう誰かの視界を弾け飛んだ雪で遮る。


 誰もいなかったはずだ。

 これ程静かな森では小動物の気配すら明確に捉えられる。気づかれることなく背後に回ることは至難を極める。

 息遣いも足音も布の擦れる音さえ聞こえなかった。


 舞い上がった雪が落ちる。

 銀幕の先には見知った顔が、正確には過去に冬弥が見た顔とほぼ差異のない顔が冬弥を腕を組んで見ていた。


「……良嗣さん。相変わらずですね」


「お前も変わらんな。冬弥」


 冬弥が無力を嘆いて頼った師。八岐良嗣が不敵な笑みで立っている。

 数年ぶりの再会は手を振り合うほんわかアットホームにとはいかないようだった。



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