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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第二章 少女と楽園の葬送曲
34/61

第一話

二章開始します


中々に難産で考えては設定ミスを見つけての繰り返し

毎日投稿している人の頭の中を覗いてみたい今日この頃ですね


暫く不定期投稿になります

 一面を白が覆い尽くす。

 暴風を伴った降り注ぐ雪の粒は視界を奪うだけでなく防寒具越しであるにも関わらず身体を打ち付ける。


「急げ!奴に気取られる前にここを離れるんだ!」


「隊長準備整いました!何時でも飛べます!」


「ならば行け!この場は俺とエドヴァルドが食い止める!」


 凄まじい風切り音の中では最大限張った声でさえ明瞭とは言い難い。共に来た仲間達はすでに周りにはおらず、半数は飛行機の機内に乗り込んでおり、もう半数は吹雪の中心部に倒れた。この猛吹雪では死体の回収すら困難を極めるだろう。

 隊長と呼ばれた男は決死の表情で逃げてきた方向を睨み離さない。


「お二人がですか!?なら私が!」


 残ればそこが死地になると分かっていればこそ隊長と副隊長であるエドヴァルドの二人をみすみす犠牲にできる部下などいるはずがない。

 しかし上司としてこれ以上部下を失うことを許容できないことは隊長としての矜持だった。

 たった一つの魔道具を得るための対価にはあまりにも大きいと思わざる得なかった。


「いいから行け!何故俺達が残るのかお前ならわかるだろう!」


「ッ!それは……」


 部下ではなく隊長らが残らなければいけない理由は感情論だけではなかた。


「あれ相手ではお前達じゃ数分と持たん!俺でもお前達を逃がすための時間稼ぎが精一杯なんだぞ!」


 今彼等が敵対している相手に勝てる可能性は微塵も感じられず、だからこそ逃走の一手しか選択肢はなかった。それでさえ外界と隔離された島という環境では時間の問題であった。

 島全域が()()()()()であり、生き残った全員で無事帰還することは幻想でしかなかった。


 与えられた任務は永久凍土の無人島に安置されていると言われているある魔道具を回収し傷一つ付けず持ち帰ることだった。

 行って帰ってくるだけの、赤子をあやすよりも簡単な任務だと隊員達は旅行に行くノリで島へと乗り込んだ。

 旅路は順調。予定通り氷上で二泊した後島の中心にて目的の魔道具を発見した。

 だが安定した道程は一瞬で垂直に急転した。

 ポツンと建てられた氷の祭壇に安置された魔道具を回収のため隊員の一人が触れた途端晴れ渡っていた空は青から白へ変わり、穏やかだった世界は極寒のブリザードが吹き荒れる極地へと変貌した。


「半数が一瞬で死んだんだ!わかっているならとっとと行け!」


 半数が中心部に倒れた。

 これは決して大体の範囲などという憶測ではなく、文字通り祭壇の周り(中心部)で命を散らしたのだ。殿を務めて倒れたわけでも逃げている途中で倒れたわけでもない。触れた直後に()()によって殺されたのだ。


「クソッ!……ご武運を!失礼します!」


 胸元に手で十字を切りすでにエンジンが回りだした飛行機へと駆ける。数十センチ頭上にあるハッチに飛び上がり、重苦しい金属のハッチを固く閉ざす。二度と開くことのない扉は彼我の別れを決定付けた。

 機体の至る所に書かれた軽量化の魔法陣により大幅に短縮された飛び立つまでの時間が彼等をすぐに島の外へと連れ出した。


 ガタガタと続いた揺れがピタリと収まる。複雑に風が乱れるブリザードを抜けこの世のニヴルヘイムに別れを告げたのだ。

 誰かがモルックを投げる。カラカラとスキットルが倒れる音がどうしようもなく崩れ去った現状に響いた。

 来る時は騒がしかった機内はスカスカで静まり返っている。厳しくも豪快な性格の隊長の下に集まったこの隊は騎士団よりも傭兵団という表現がしっくりくる。そんな尊敬に足る隊長だからこそ、どこからかひょっこり現れるんじゃないかと祈らずにはいられなかった。


 それが如何に脆い希望であったか。窓の外を見て誰もが思い知ることとなった。


 例えるならそう、中に雪が詰められたスノードームだ。

 行きに見た氷の大地は既に見ることが叶わない。

 右回りに渦巻くブリザードが祭壇を中心に半球を作り出し、海上に浮かぶ様は島ではなく丸いロックアイスだ。


 一羽の鳥が巻き込まれる風にコントロールを奪われ島の周りを周回している。

 粒ほどになり半球の中に消えたと思えばそこには赤いシミが流されていた。


「隊長……!」


 現実をようやく直視できた彼等の瞳には涙が溜まり頬を伝う。


「隊長ォォォ!」




「すまんなお前まで」


「気になさらないでください。あなた一人では心許ないですから」


「最後まで口が減らねぇなぁお前は」


 隊長の両手が脈打ち光を放ち始める。物体としての腕を失い腕の形をした雷が置換する。コートの袖部分が焼け落ち鍛えられた三角筋が顔をのぞかせる。

 雪が当たるたびに蒸発し、超低温の空気に冷やされダイヤモンドダストとなって白昼の星空を創り出している。


「あなたにしてみれば本望でしょうけど私には……まぁこんな最期も悪くはない、ですかね」


 腰のホルダーからカードを取り出しはじく様に空へと散らす。総計二十二枚のカードは風に攫われることなく男の腰の周囲を歯車のように規則的に回転する。

 仁王立ちの隊長に付き従う従者のように半歩下がった位置で襲来を待つ。


「こんなことならメルヴィんとこ行っとくんだったぜ」


「こんな時でも女の話ですか。どうせ酒場のウェイトレスでしょう?せめてそこは家族にしましょうよ」


「一晩しか会ってねえがいい女だったぜ。それにあいつはダンサーだ」


 死ぬと分かっているからか達観した彼等が交わす言葉は普段と何ら変わりなく、爽やかに陽気に笑っている。

 最後に交わす言葉になると知っていたから。




「……低俗ね。……命に別れは告げられたかしら。それくらいの時間は与えたのよ」




 刺さるように冷たくしかし可愛らしい、決して共存しない二つが合わさった声が立体音響のように四方八方から鼓膜を揺らす。大気をつんざく風の中を耳元で囁かれるように小さくハッキリと聞こえた。


「わざわざ待っててくれるとは優しい嬢ちゃんじゃないか。ならついでに見逃してはくれないもんかね」


「わたしは優しいけれど寛容ではないのよ?わたしの大切なもの、返してもらわないと」


「そうしたいのは山々だが生憎ともうここにはないぜ?」


「えぇ知っているのよ」


 彼等の正面の雪が幕を開けるように左右に別れ朧気に少女の形が影を作り、距離が近づくほどに認識は鮮明になっていく。

 目の前の隊長達など眼中にないのか目も向けず、明後日の方向(飛んで行った方向)をじっと見上げている。端正でビスクドールのように愛らしい、その精巧で作り物めいた美しさに隊長達は目を見張った。


 シャレイブルーの服に白金の髪が空に架かる流星の如く光を反射し風に流れている。

 絶え間なく吹雪続けるこの過酷極まる世界でさえ彼女を輝かせるための引き立て役に過ぎず、永久凍土島という美術館でしかない。


 そう感じるほどに隔絶された美しさだった。


「……なるべく出ないようにしていたのだけれど、仕方ないのよ」


「オイオイ俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ?タダで追わせると思うかい?」


「……?何を言っているのかしら。もう、終わっているのよ?」


 コテンっと首を傾げ冷めた目で不敵な笑みを浮かべる隊長を見る。純粋な疑問だった。自分の状況が理解できていないのか、と。


「エドヴァルド!」


 少女がいることで三人を避けるように無風の空間が形成されていた。

 背後でカラカラと複数の落下音が隊長を現実へと引き戻した。死ぬと分かっていても心のどこか端のほうで僅かに残っていた「生き残る」未来を優先していたがそれもここまでだった。

 数十秒前まで下らない会話を交わしていたエドヴァルドの死は唐突で一瞬だった。


 バラバラに散らばったカードを手向けの花にエドヴァルドは直立不動で凍り付いていた。いや、エドヴァルドであることを証明するそれは反対側が透けて見える高純度のエドヴァルドの形をした氷像でしかなかった。


「貴様何をした!」


「何もしていないのよ?……あなた達はここに来るべきじゃなかった。安易にわたしの世界に入るから……」


 わたしもこんなことはしたくないのよ?

 少女の思いとは裏腹にわけもわからぬままに死に遺体すら残っていないエドヴァルドであったものを隊長は呆然と見ることしかできず、その原因たる少女を憤怒の表情で睨みつけた。


「デントリーグ大司教麾下第一騎士団隊長ノーマン=フリスト、容易く御せると思うなよ!」








「……良い魔法使い(シャーマン)だったのよ」


 戦いですらない。

 一合も交わさないままに隊長だった男は副隊長と並んで氷の世界を飾るオブジェとなった。跳びかかろうと腕を振り上げた状態で時の止まった隊長を見て少女は少し、悲しそうに目を伏せる。

 島全体を覆っていたブリザードは鳴りを潜め穏やかな氷原が地平線まで広がっている。


「待っててね。今行くのよ」


 侵入者を相手にしている時とは違う、熱のこもった瞳は遥か空の彼方へと語りかけた。



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