第三十話
鐘の音がなる。
正確にはチャイム越しに流されたCDなのだが。
単純な音階が二度繰り返される。
「それでどうだったの?」
風が髪に打ち付け、ショートになった髪が風下へ流れる。
パックのジュースに口をつける。リップを塗った桜色の唇がストローを咥え、小さく喉を鳴らす。
手摺に頬杖をつき眼下を見れば数人の男子生徒が走り回っている様子が豆が転がっているようだ。
「ダメだった。手掛かりすら見つからなかったよ」
守るべき人を失い茫然自失となった勇斗はフラフラと帰っていった。
その場は一人にしてやろうと二人共追うことはしなかったが翌日会いに行こうと探すも家の所在すら知らず、秋葉原には勇斗の反応すら見られなかった。
Xデーから一週間、休日返上で冬弥は秋葉原に行っていた。
初めて出会った廃工場付近にあたりをつけ周辺の中学校を片っ端から訪ねた。
結果として通っていた中学校は見つかったものの勇斗はこの一週間学校には来ていないらしく、学校側も連絡が取れないそうだ。
消息不明。
生きているか、死んでいるかさえわからない。死んでいても何ら不思議はないだけのことが起きたのだ。最悪海の藻屑となっているかもしれなかった。
「そう。……上手くいかないものね」
人助けとはここまで難しいものだったかと怜は空を見上げる。
冬晴の空が嫌に眩しい。
人の何を助けるかの度合いによって比例するように難易度が上がっていくのだろうか。
それも強ち間違いではないのかもしれない。
「助けるはずが両方とも零れ落ちるなんてね。これじゃあの世で顔向けできないわね」
「……それ、死んでる前提じゃないか」
実際二人揃って勇斗が生きている可能性は低く見積もっていた。
この世の絶望を全て一度に見たような抜け落ちた顔にはそれだけのものがあった。
だからこそ二人はこうして呑気に学校にいるわけだ。
探せる限りの手は尽くした。
要するに諦めたのだ。
怜は区切りをつけたようで普通に通学し、こうして屋上で菓子パンを食べている。
海外で魔術漬けの日々だった怜はこのような心理状態への対処にも多少の慣れがあった。それだけに不思議で仕方がなかった。
「あんたも意外と大丈夫そうね」
安全性が本場であるヨーロッパとは桁違いである日本において何故怜と同じだけの精神構造が持てているのか。
他人に対して気に掛けすぎる性格でありながらどうしてそこまで割り切った顔ができるのか。
「意外か?まぁ、だろうな。……色々あったんだよ俺にもな」
「聞かない方がいい感じかしら」
「聞いたところでってのもあるけどな」
ズズッと名残惜しそうにパックの残りを飲み干す。
食べ終わったコンビニ袋に突っ込み固定されたゴミ箱に袋ごと放り投げる。
手前で落ちそうになるが北風が掬い上げ箱の中に落ちていく。
怜ほ手摺に背中を預け冬弥と向かい合う。
「アイツはどうだった?聞くまでもないと思うけど」
「居なかったよ。居たのは神父のおじいさんだけだった。それに教会を留守にした覚えはないってさ」
どちらかと言えばこちらが本題だったのだろう。勇斗に関してはどことなく察していた節があり確認の意味合いが強かった。
あの日三人を死地へと誘ったサルヴァトーレ何某。
やはりと言うべきか教会からは姿を消しており齢七十二になる司祭が平常運転でミサを行なっていた。曰く、「私は一度もミサを休んだことなどなく、この教会から離れたこともない」だそうだ。ボケているでもなし、十中八九サルヴァトーレ=ミレニアムにより手が加えられている。教会であれば記憶を弄くるような人材にも困ってはいないだろう。
全ては盤上のことであり、ゲームが終わったから片付けて帰ったのか。
「あのエセ神父、大概胡散臭かったけど最悪の部類だったわね」
盤は綺麗に元どうりにしたが駒をほっぽりだしたままだ。キャストを半ば強制させておいてその後のアフターケアがセルフサービスでは怒りもこみ上げるというものだ。
まさかサルヴァトーレ=ミレニアムが戦力を読み違えていたなど露にも思わない。
丸々責任を押し付けるわけではないがやるせない気持ちの捌け口はそれしか残されておらず、二人が知り得る生きている関係者が彼一人しかいなければ必然だった。
「ふざけんなエセ神父!」
グチグチと元からアイツが動けばよかった、説明ぐらいしていけ、一発殴らせろ、教会の役立たずなど一通りの鬱憤を空に吐き出す。
何事かと校舎を見上げる生徒達に構うことなく叫ぶ。次第に声はぶれ、呼び水となって落ちた滲みは水彩のように広がっていく。水気を帯びた濁声は酷く悲しい。
「……はぁはぁ」
肩で息をするその顔には涙が伝っている。一筋、また一筋と絶えず湧き出てくる。
冬弥が他人に情を持ちすぎるとするならば怜は友達に情を持ちすぎる。
出会ってから別れまで僅かに十数時間、だが怜はチユという人間を気に入っていたのだろう。それは友達と言うよりは家族の、妹に向けるような情愛だったのだろう。
腹の前で自信を抱くように腕を回す。抱きしめた時の温もりがまだ腕に残っている。
「私、少し帰るわ」
蹲りながら言う。
「ここまで無力さを痛感したのは初めてよ。あんたといたら厄介事には事欠かなそうだし」
もうこんなのはうんざりだと怜は顔を上げる。
袖で擦った目は赤みを帯び、潤んだ瞳はキラキラと日の光を反射する。
「あんたはどうするの?このままじゃいつか自分が死ぬわよ」
「…わかってるさ」
爪が掌に食い込む。手が届く距離にありながら助けられなかった悔恨と喪失感は誰よりも深く刻まれている。
伸ばした手の先で光に消えていくチユの姿がフラッシュバックし鼓動が早まる。
「…少し人を頼ることにする」
「師匠ってこと?でもあんたってーーー」
「あぁ、俺の師匠は父さんだ」
父親が他界してから魔術による人との関わりは怜が初めてだ。もし誰か師と呼べる人間がいたならば冬弥も身体強化のみという偏りはなかっただろう。
「父さんの知り合いがいるんだ。受け入れてくれるかは分からないけど行くだけ行ってみるさ」
冬弥が最後に会ってから少なくとも四年は経っており、顔を覚えているかさえ定かではない。それでも何もしないよりマシだと冬弥は決めた。
「そう。……次会うのは来年になりそうね」
「戻ってくるのか?」
「当たり前でしょ。まだ目的を果たしてないもの」
そう言えばそんなことも言っていたなと回想する。
「じゃ、また来年、な」
「ええ。死ぬんじゃないわよ」
「ハハッ、縁起でもないな。ん」
冬弥は握り拳を作り腕を怜に向けて突き出す。
いきなりのことに怜は首を傾げる。
「何それ」
「さぁ?修二がやりだしたことだからな」
「ふぅん。ま、いいけど」
コツンッ
小さく乾いた音が鳴る。
別れ際には笑顔がいいらしく二人は笑い合う。
「じゃあ、帰りましょうか」
スカートを翻し背を向ける。背筋はピンと伸び、そこに寂しさなどは微塵もなくただ目的地へと到達するための覚悟だけが表れていた。
「あー、ところでさ」
「何よ」
苦い顔で目をそらし、乾いた笑いを湛える。
開けてはならない箱を開けて中身を見てしまったニュアンスの居心地の悪さが言い淀ませる。単純に気になる怜は無言で続く言葉を待った。
「いやさ、さっきあんなに叫んどいて教室戻れるか?」
「なっ!」
開けてはならないものを作者本人が開けてしまうとは皮肉も言えない。
日焼けしたみたいに赤くなった頬が白い肌にこの時ばかりは嫌に映えた。
第一章終了です。
お付き合い頂きありがとうございました。
第二章開始まで暫く執筆に時間をもらいます。今暫くお待ちください。




