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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二十九話

 二本の蝋燭が火を灯している。

 小さく不規則に揺れる光源は周囲の輪郭をボヤけさせる。

 灯の丁度中心には一つの像が黄金に輝いている。


「まさかあそこまで古の巨人の力を引き出すとは、素人だと下に見すぎたみたいだ。彼等には少し悪いことをしました」


 

 顔まで光が届かずその表情を伺い知ることはできない。しかしその流暢なイタリア語には確かに少しばかりの悔悟が含まれていた。

 キラキラ光を反射する金属で作られた服の装飾が呼応する様に揺れる。


「あの程度であれば、怪我を負うこともないと思っていたのですが……」


 闇の中で縦横無尽に動き回る少年と燃え盛る巨人の姿を思い出す。

 想定外の展開はこの男にとっても予想外だったようだ。


「結果として、三人はまともに動けず、少女は文字通り消滅した、か」


 いくら必要なことだったとはいえ多少なりとも関わりを持ち、ましてや自らが差し向けたという事実は否応なく彼の心に刺さっていく。

 優しさというものは時に自分の心をも傷つけるものだ。

 花のような慈愛は花弁のように柔らかく、傷つきやすい。

 その全てを誤魔化すように笑みを浮かべる。


「これも、主の御心なのだろうね」


 一種の免罪符なのだろう。現実逃避と言ってもいい。

 全ては必要なことなのだと口にすることでほんの少し、サルヴァトーレ=ミレニアムは心が軽くなった気になれた。


 その手元が動く。

 腹の前に回された腕が赤子を抱えるように何かを包み込んでいる。布に覆われているが棒状の枯木が零れた光に煤けた茶を映される。

 白手袋の手で愛すように撫でる。

 枝分かれした五つの先端が軋みをあげ反応する。


 姿を見たこともなく、声も聞いたことがない。それでも常に身近に感じている主の心のままに世界は回るという彼等にとっての真実は、東方で起こった悲劇の一幕を仕方ないと一言で片付けられる要因になった。

 最もそれだけが理由だけではなかったのだが。


『ーーレ、聞こえているかサルヴァトーレ』


 黄金の子供を抱く像に淡い白光の膜か張られる。

 瞳を閉じまだ見ぬ地に思いを馳せていたサルヴァトーレの耳に声が届く。熟成された三十年物のウィスキーのような余韻が空気中に広がる。

何度も本国で聞いた、今日本にいる原因となった人物の声にサルヴァトーレ=ミレニアムは膝をつき騎士の礼をとる。


「これはこれはニコラウス卿、このような帳も降り切った時分にどのようなご用件でしょうか」


『白々しい。決行日は今日と聞いたぞ。お前のことだ、既に事は終えているのだろう?』


 察するに上の人間、件の上司の前であっても柔和な笑みは崩れない。


「ええ、お求めの物はここに。……しかし彼の御方の右腕とは、このような無茶はできればやめて頂きたいのですが」


『仕方あるまい。お前以外に遺漏なくこなせる者は別の任に就いておるからな』


「しかし何故今更手を出されるのです?千年に渡りあちら側にあったものを」


 投げかけた疑問に対する返答はない。

 不都合があるとだんまりを決め込むのはどの世界でも共通事項なのだとサルヴァトーレ=ミレニアムは再認識する。

 元より答えなど求めていなかったサルヴァトーレ=ミレニアムは抱えていた枯木を像の前に掲げる。

 くっきりと照らし出されたそれは一見枯木のようだがその実年月を重ねた皺が深く刻まれ、ミイラとなった人間の腕であった。


『おぉ、まさしくトゥルクの右腕!これで態々唆した意義もあったというものよ』


 老獪と呼べる年齢にそぐわない興奮が遠方での地で待ちわびていたニコラウスを感嘆に震わせる。

 膝を折り諸手を挙げている姿が透いて見える。いや、この敬虔な老人ならば自然に涙を流し嗚咽を漏らしていても不思議はない。

 トゥルクの右腕と呼ばれた腕を金の彫金が施された箱に丁寧に仕舞われる。


「それで私は戻っても宜しいでしょうか?遠征が終わった途端、急に日本に飛ばされたことでそろそろフローレのザワーブラーテンが恋しくなってきまして」


 笑いながらも棘のある言い方は無茶ぶりに対する多少なりともの意趣返しであり、明後日の方向を向くことでニコラウスに気づかれてはいないだろうがその目は歩道に捨てられた吸い殻を見る目だ。

 許可を求める物言いではあるが軽く抑えつけるように圧をかけ、権力の上では敵う相手でなくても魔術師としての実力差は前線にいる者とそうでないもの、使われなくなった剣は錆びていく一方でしかない。


『……仕方あるまい、万事事は成ったのだ。これ以上お前を置いておく必要もないだろう』


 不承不承を装えたことは教会という権力闘争の巣窟で生き残ってきた功であった。

 いけ好かない若造風情が、と内心では火にかけられた油に水を垂らした状態であったが理性という消火器で油が跳ねる前に鎮静させる。


『であれば直ぐに戻ってこい。席は取っておいた、九時成田発のV-Sonicだ』


「…V-Sonicですか」


『不服か?』


「いえ、勿体ないくらいです。よく確保できましたね」


 次世代型航空旅客機V-Sonic。

 運航時最大時速マッハ五を記録する現行最速の旅客機は満席が常であり、乗りたいからと宅配ピザ感覚で手にできるチケットではない。

 予め予約していたのか、いずれにせよ何らかのコネクションが働いたことは確かだ。


「いいですね、カーディナルというものは」


『これは私の築き上げてきた山だ。カーディナルという肩書きは日本ではこちらほどの力は持たんよ』


 聖教勢力下であれば揺るぎない権力基盤を持つカーディナルだが様々な宗教が入り乱れ、今では無宗教が八割を占める日本では、「ヨーロッパの一流企業の経営管理をしている」と言っているようなものだ。

 つまり、だから何?、ということだ。


 サルヴァトーレ=ミレニアムはその対外への顔の広さには素直に感服した。

 教会であれども上に使えない人物は多い。むしろ使える者の方が稀だ。だからこそ、だろうか。

 位階を上げるには才能だけあればいいわけではない。

 比類ないほどの才があれば別だがそんな者は極々稀であり、そんな金の一粒であっても一定以上の位階からは逃れることができない。

 時間という試練は平等に降りかかる。

 ロンドベル公会議によりカーディナルへの任命は司教歴三十年が経過している必要があった。

 必然的にカーディナルの中でも歳若い者はコネで上り詰めた者か、磨き抜かれたダイヤの一粒であった。


 ニコラウス=エッケンバウワーは正しく後者であった。


『まあ、よい。明日そちらにヴァウラをやる。腕はヴァウラに渡せ。直接会いたくはないだろう、私もお前もな』


「そうでしょうね」


『……ではな』


 役目を終えた聖母像は消灯する。

 難しい顔のサルヴァトーレ=ミレニアムに聖母は変わらず我が子に微笑みかけている。


「……彼女こそが我々の目指すべき姿なのだろうな」


 ただ純粋に子を、人を思う姿、本来自分達もそうであったはずでありいつから逸れてしまったのか。


「碌な死に方はできないだろうな、私も猊下も」


 聖母像に背を向け部屋を後にする。

 建て付けの悪い扉が音を鳴らす。

 いつのまにか蝋燭に灯された火は消えていた。


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