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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二十八話

 宣告。

 勇斗を包むように風が渦巻き始める。暴力的な熱源は気温の下がりきった立冬の空の下で局地的な上昇気流を引き起こす。

 暴風に煽られても消えない炎は内に宿した覚悟そのものだ。

 何者にも消すことのできない純粋な(思い)


 冬弥は役目は済んだとばかりに腕をダラリと下げる。


『……その子供がスルトを倒す鍵、ですか?起動前のMISTに一撃で()()()()その子供が?』


 術式を使うまでもなく相手にならなかった勇斗の絶望の顔は科学者の目にも留まっていた。

 年相応に怯えた顔。

 それが今目の前に立ち迎え打とうと構える少年とが重なるはずもない。

 命を捨てたのかと笑いすらこみ上げてくる判断だった。

 カタカタとコックピットが揺れる。

 このタイミングで地震でも起きたのかと無視するもその揺れは収まることはない。そして気付けば片手がもう片手を押さえつけていた。


『ワタシが、震えている?このワタシが?』


 だがしかし、こみ上げてきたのは嘲笑ではなく、自覚の伴わない震えだった。

 未だ嘗て経験したことのないものだった。

 例え技研の学会であろうとも。

 例え老害と揶揄する上司の前でも。

 例え魔術を教えた師と呼べる魔術師を殺した時でも。

 緊張や恐怖を感じたことのない科学者は寒さ以外で「震える」という感覚を知らなかった。


「……それが、死を感じた時の恐怖ってやつだよ。どれだけ狂ってても人間の根本的なとこは変わらないんだな」


 顔を覗かせた人間味にボソリと呟く。

 性能の良すぎる集音器はそんな呟きすら拾ってしまう。


『恐怖などっ、そんなものは必要のない、とうの昔に捨て去ったものなんですよぉ!』


 遺棄した過去から迫り来る恐怖を振り切らんと脱兎の如く踏み出し勇斗へと剣を向ける。


「ああぁ!」


 鼓舞するように叫び声をあげる。

 心が恐怖で彩られていようとそれに真正面から立ち向かっていく。

 そんな二人はまるで対照的だった。


 一歩毎に感じる恐ろしさは並々ならないものであっても臆することなく勇斗は駆ける。

 ただ一度のためだけに走り続ける。

 超高速の冬弥に比べると余りにも遅い、それでも距離は確実に狭まっていく。

 いける。

 ただ当てればいい、そう言われた勇斗がそう思ったとしても仕方ない。勇斗とは比べるまでもないが、スルトの速度でさえ冬弥に比べれば徒歩とバイクほどの差があったのだから。

 近づいてさえしまえば任務達成は容易だと思ってしまった。


「あっ……!」


 そう簡単に近寄らせるわけがないというのに。

 僅かに呼吸を整えようと俯き顔を上げるまでの数瞬。

 眼前には黒い塊が吸い寄せられるように放たれていた。

 完全に油断していた。恐れるあまり楽な方へと逃げていた。


 もうダメだと固く瞼を閉じる。

 だが一つ、幸いにも足を止めなかった。もし立ち止まっていたら―――


「そのまま前だけ向いてろ!」


 ―――少し後方を走る冬弥に蹴り飛ばされていたに違いない。

 勇斗へと向いていた凶刃はいとも容易く払われる。


 数十メートルが数百に感じた。

 高地のような呼吸の過酷さ。

 足が思ったように動かない。

 でも、それもここまでだ。

 スルトに肉薄し、トップスピードに乗った足に力を込め無理矢理ブレーキをかける。

 見上げるほどの物体が同時に足を止め腕を折り曲げ、腰を捻る。


「いっ、けえええ!」



 降り注ぐ炎拳を迎え打つ拳は粒のような小ささだが乗せられたものは遥かに重い。



 ガンッ!



 重苦しいくぐもった音が一度、炎同士のぶつかり合いは二人を包む。


「ガハッ」


 何かが弾かれたように転がりだしてくる。

 二、三度のバウンド、地面を滑るように転がり、止まる。

 全身に擦り傷を作った勇斗は口の端に薄らと赤く血が垂れている。

 満身創痍といったところか、胸の上下で呼吸は確認できるも指先すらピクリとも動かせない。


「無事か?」


「は、はい。……俺、上手、くやれま、したか?」


 轟々と燃え続けるスルトを見て優しく微笑みかける。


「ああ。もう大丈夫だ、ゆっくり休んでろ」


 漆黒の炎に混じり真紅の炎がスルトを取り巻いている。

 呑まれることなく黒を漂う赤はその下へと潜っていく。


『何、が起こっている、のですかぁ。ハァ、ハァ…うっ』


 スルトから聞こえる息づかいは何倍にも増して荒々しい。絶え絶えに紡がれる言葉は弱々しく、遂にスルトはその身体を地に横たえる。

 幻であったのか、黒の炎は夜の闇に溶けるように消えていった。


「もう限界らしいな、それの()()()()


『バカな!ッ、……ワタシの術式はまだ壊れていないは、ず、で……』


 あのまま続いていたのならば今地に伏していたのは冬弥だったかもしれない。だが現実には逆転している。

 科学者の目には信じたくもないものが飛び込む。

 何箇所も断線し、バラバラになった身を守るための耐熱術式だった。

 最早スルト、MISTはまともに機能していなかった。


『何故、猶予は十分、にあっ、たはずで、ぇ』


「そうだな、こればっかりは色々運が良かった、としか言えないな」


 よく成功したものだ。

 冬弥は強化を解きMISTへと近づく。

 危険な綱渡りの種明かしはそう難しいことではなかった。


「あいつの温度がもっと低かったら、上手くいかなかったかもな」


 もともと大半の術式自体が怜の“我が主による抵抗なき改訂”により虫食い状態になり無効化されたが術式構造が単純だったことで辛うじて維持できていた。それこそスルト自身の温度すら耐えられる程度には。

 その温度摂氏にして凡そ二千度。

 鉄すら溶かし得る温度でも完全に壊れなかったことは科学者にとって運がよかった。

 だがその状態でさえギリギリだったのだ。

 であればそれ以上のものを用意できればいい。

 冬弥がしたことは言葉にすればそんな単純なことだった。




 ―――勇斗、時に質問だけどお前の炎、どれくらいまでいける?」


 二人が駆け付けた直後、無駄話はは抜きだと早々に本題を切り出した。


「ど、どれくらいって何がですか?」


「温度だよ。来るときそんなこと言ってただろ?」


 水路で交わされた会話を覚えていたこともまた運がよかったのだろう。

 持久戦に持ち込めば勝てるかもしれない、そう怜と話していた時から冬弥の頭の中には一つの筋道が見えていた。

 そして怜は何を考えているかを理解した。


「細かくはちょっと……でも鉄のパイプが溶けるくらいまでは確実にいけます!」


 冬弥たちにはスルトがどの程度の温度であるかを知ることはできず、術式がどの程度で壊れるかも知ることはできない。


「限界まで上げるのにどれくらいかかりそうだ」


「多分三分もあれば」


「三分か」


 もっと練習しておけばと厳しそうな冬弥の顔を目にし力不足に悔恨を滲ませる。

 何言か自問自答し腹をくくったのか立ち上がる。


「ちょっ、と、かなり無茶な、作戦よ、それ」


 不確定要素が多すぎて最早作戦ではなくギャンブルといったほうが正しい案に怜は傷だらけの身体に鞭打ち不安を募らせる。

 それに対しすまないといった顔で自嘲する。


「わかってるさ、でも俺の頭だとこれくらしいか、な。それに―――やってみないと何だってわからないだろ?」


 上半身を起こした怜を寝かせる。


 命をベットしたギャンブルの勝敗は殆ど運命の女神が決めるようなものだった。冬弥の運が良かった、というのは彼なりの手向けだったのかもしれない。




『ああぁ!』


 乱数の介在しない、万全を期すことが科学者であるという自負は「運」という非論理的で非科学的なものに負けた事実に慟哭させずにはいられなかった。

 辛うじて残った機構が擦れ合い軋むが複雑に溶け絡まったMISTは悲しく鳴くのみだ。


「もう無理だ、後は時間の問題なだけだぞ」


 科学者の命は既に秒読みに入っていた。

 スルトの炎は確かに消えた、しかしMISTは赤く燃え盛っている。

 そう、勇斗が叩き込んだ炎は消えることなく燃やし続けていた。

 スルトに勝る超高温の中にいてはもういつまでも保たないだろう。

 溶解した機体が科学者から滴る赤い水溜まりへと金属を供給する。


 科学者の脳裏には死の間際だというのに浮かぶのは家族でも、幸福な時でもない、自分を貶めた上司の顔だった。

『全く。工繰くん。君の理論は実現すれば素晴らしいが認めるわけにはいかん。このような実験、本気だとしたら気がくるっていると言わざるを得ん」

 何が悪いのだ。犠牲なくして得られるものなどたかが知れている。

『適切な犠牲でなければそれは無駄と言うのだよ』

 適切でないと誰が決めるのか。少なくともお前ではない。

 何周も同じシーンが擦り切れたテープのように科学者の頭の中で再生される。


(負ける、死ぬ?ワタシが?)


 あってはならない、まだやることが残っていると強く歯軋りし歯茎から血が滲む。

 受け入れ難いが大量の人間をモルモットとして使ってきたことで己の限界を察してしまった。

 そして思考は急激に冷めていき、カチリと切り替えた。


(……あぁ、それならせめて……)


 一人でも多く、このMISTで殺して、殺し尽くして。


 ()()()()()()()()()()()()()




 目を離した一瞬だった。

 背後の勇斗に目をやった一瞬。

 万歳の形で投げ出されていた腕の先端に再び全てを吸い込むような漆黒のエネルギーが収束を始めていた。

 放っておいても腕を動かせない以上問題はなかった。


 その射線上に勇斗が倒れてさえいなければ。


「ッ!マズい!」


 勇斗は気を失い動けるはずがない。

 退かそうと右足に全体重をかける。

 二の足に移ろうと足を上げようとするーーーが、冬弥はそのまま崩れ落ちた。

 限界を超えて酷使された肉体は強化を解いた今は伸展すらままならない。更には強制的に一歩分動かしたことで足からはブチブチと紐を引っ張り合った結果のような音が複数重なり激痛を伴って訪れた。

 大腿部の筋繊維は断裂し、破裂するような痛みが両足を狩る。


「起きろ勇斗!聞こえないのか!」


 喉が切れるほどに叫ぶ。

 出したことのない大声喉奥の毛細血管が悲鳴を上げ血が混じった唾液が吐き出される。

 よりにもよって目の前で、救える命が失われようとしている。冬弥にはそれが耐えられなかった。

 運命の女神はまだ足りないというのか。命というチップを勝者からも巻き上げなければ気が済まないと。


「……ん…あぁ」


 世界が割れるような悲鳴に紙一枚分の隙間が瞼に生まれる。

 ほとんどぼやけて見えないが聞こえる声、視界の先にある薄ぼけた光にある程度理解できてしまった。


(やっちゃったのか……俺、ここで死ぬのかな)


 それでもいいか、チユを助けられたのなら。

 大切な人を守れたことには何者にも変え難い多幸感があった。


(まぁ、もう動けないし、どうしようもないか)


 スッと瞼を閉じ笑う。


「勇斗!」


『行きましょうかぁ、地獄とやらへと果てのない道程へ』


 砲。

 一条の黒光が外側のエネルギーを放電するように拡散させながら狂うことなく勇斗を狙う。


(さよならくらい、言いたかったよなぁ)


 笑顔の中を雫が一粒頬と地を濡らす。



 トンッ



 動けるはずのない身体に突如浮遊感が襲う。

 打ち身で痛んだ身体が転がり痛覚が追撃される。

 ジワジワとした鈍痛でさえ心地良かった気分は生者特有の「痛み」により現実へと引き戻される。


「いッ!…何、が…」


 元いた場所を見る。


「そ、んな」


 なんで君がそんな所にいるんだ。そんな君から最も遠い場所に。


「なんでそんな所にいるんだチユ!」


 射線上にチユは立っていた。

 白いワンピースと髪が後ろへと靡き、鮮明に顔が見える。

 痛みに震える腕を必死に伸ばす。

 呆然とする勇斗にチユは微笑む。



「ありがと」



 手の先、チユは黒の濁流に飲み込まれた。


 腕がパタリと力なく地を叩く。




「あぁ、ああぁ!」




 朝日が地平線から顔を覗かせる中、勇斗の悲痛の、絶望の、嘆きの叫びはいつまでも止むことはなかった。

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