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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二十七話


 怒髪天を突く、とはまさしくこのことかと怒りに身を任せる怜を見て冬弥は的外れなことを考える。

 魔術に一日の長がある二人でさえこの有様の中劣る二人が増えたところで意味はなく、寧ろ餌を差し出しただけだ。敵がチユを狙っていることは既に知っているのだから遠ざけておくのがセオリーというものだ。

 まだ視界は粉塵で遮られているが、彼等の心配を他所にのこのこと現れたチユに科学者は探す手間が省けたと喜んぶことは間違いないだろう。


「あんた達もどうなってるかは見てたでしょ!全部無駄よ全部!荷物を背負って勝てるほど甘い相手じゃないのよ!?」


 縮こまっていく二人が流石にいたたまれなくなった冬弥が仕方なしと助け舟を出す。


「それくらいにしとけって。まだあいつにはバレちゃいないんだ、なら有効的に使ってこうじゃないか」


「有効的ってどうするつもりよ。残念だけど私にはどう足掻いてもこいつらが使えるとは思わないわ」


 歯に絹着せない言い方は勇気を振り絞った二人にしてみれば反論したくもなったが、言っていることが正論以外の何者でもないために口を開けるも言葉は出てこなかった。

 だが一人だけ、冬弥だけが不敵な笑みを浮かべた。


「そう責めるなよ。……俺からすれば手間が省けた、って感じだからな」


「はぁ?」


 この時は見当もつかなかったが、普段の怜であれば勇斗を必要とした時点で何をするつもりであったのか、これまでの会話や状況から推測できたはずだ。だがさしもの怜も痛みや極限の状況下では思考が狭まり疑問符を浮かべるしかなかった。




 総じて何度目の激突だろうか、しかしそれまでとは違いを見せていた。付いて離れてを繰り返していた冬弥は真っ向からスルトに殴りかかる。

 さらに倍率を上げたのだろう。炎や熱への耐性が上昇したことで数秒の差ではあるが持ちこたえる時間が延びている。

 盛る炎に腕は埋もれ、内部に残った機体と打ち合うことで重低音が連発する。


「どうだよおい!少しは効いてるんじゃないのか!?」


 手応えはある。

 一撃を入れるたびにグシャリと凹み、砕ける感触が手や足を伝わってくる。

 確実に機体へのダメージは蓄積しているのだ。ただでさえスルト自身の熱で一部は溶け、全体として変形しているのだ。既にMISTとしては成り立っていないことは明白で。


『無意味だと、言っているのですよぉぉ!』


 乗り手の感情とリンクするかのように勢いが増す。上段から振り下ろされる炎の剣を二歩ほど横に飛ぶことで回避し、その際捻った腰から反動で蹴りを入れる。

 彼我の体格差は猛獣対人間以上の差があったが、他者に思わせられるくらいには格闘戦が成り立っていた。


 挑発を挟みつつ冬弥はひたすらに時間を稼ごうと気力と体力を絞り出す。

 隣で手招きする死への反発と喰い物にされた犠牲者の思いを糧に軋む足で踏み込む。

 冬弥は既に限界を迎えていたと言えよう。許容範囲を超える魔術を使い、肉体はズタボロ。しかしスルトに至っては魔術そのものであるからかパフォーマンスの上昇は止まらない。

 だが捉えられない。

 掴みかかったスルトの手からバックステップで逃れる先を死角となった背後から叩くように逆の手が迫るもすんでのところで躱す。


「あれかな、ゾーンってやつ。これはスゴいわ。ゾーンに入った選手はそりゃ強いよ」


 まるで三百六十度カメラでスローモーションを見ているようだとは本人談か、だが冬弥はそう表現するしかない状態に入っていた。

 全力が込もった振り下ろしも見えるはずのない死角からの攻撃も手に取るようにわかり、処理ができる。未来が見えているような動きは見るもの、いや為すもの含め全てを驚愕させた。

 しかし読み合いでは圧倒的であっても与えるダメージは比例するわけではない。これでは時間稼ぎにしかなり得なかった。



 だが、それこそが冬弥の役割であった。




 ―――れで?どうする気なの?」


 作戦は単純であった。失敗するリスクこそあるが冬弥が導き出した答えは十分に可能性を秘めたものだった。

 その第一段階がスルトの足止め、要するに時間稼ぎだ。

 怜はもう動けるはずもなく、皺寄せがくることも踏まえると厳しいラインではあったが、思わぬ覚醒があったことでその時は着々と迫ってきている。


「―――――」


 ゴクリと喉を鳴らす音がした。


「確かにいけるかもしれないけど……」


「どうだ、やれそうか?」


 真っ直ぐな目で射抜く。

 俯いていた姿はもうない。

 ただ一つ頷いた。






「案外いけるもんだな、これはっ!」


 乗っている人物の能力が反映されているのか、それとも神話のスルトがそうであったのか、いずれにしろ今剣を振るっているスルトには剣術の覚えはないらしい。

 剣筋に技と呼べるものはなく、ただ振るっているだけならば今の冬弥に見切れぬ道理はなかった。


『何故、当たらないのですかぁ!この役立たずがぁ!』


 皮を被っている余裕もなくなってきたのか口調は荒く暴言が目立ち始める。挙句には役立たず呼ばわりとは、科学者の焦りが冬弥を攻め気を高める。


「そろそろ限界じゃないのか!?」


 力任せの横薙ぎを飛び越え頭部を蹴り飛ばす。反動を殺しきれないスルトは耐えきれず膝をつき、近づかせないよう出鱈目に腕を振るが隙間を縫いスルトを立たせまいと猛攻を続ける。


「素人考えで悪いが発想自体は悪くなかったと思うぞ。科学の最先端を組み込んだ魔術、間違いなく天才だよあんた」


 残り、二分。


「ただあんたは方向を間違えた。復讐が悪いなんて言わない、けどそのやり方を認めるわけにはいかない」


 悲しげな顔は犠牲になった者達に向けられたものであり、悲劇を生み出した科学者に向けたもので。

 轟。

 我武者羅な一撃を右腕で受け止める。風で靡く髪の下は涼しい顔。

 この時点で趨勢は決まった。


 残り、一分。


『……結果は変わってはいけない、そう、この実験に失敗などあってはならないのですよぉ……』


「それならこれは最初から決まっていたってことだろ」


『それがっ、ガハッ!』


 スルトが弾き飛ばされる。

 シェイクされるコックピットでは打撲した肩を抑え、息を詰まらせる。


 残り、三十秒。


「正直勝てるなんて思ってなかったさ。俺なんて魔術師なんて名ばかりの三流だしな」


 自分を卑下する言葉だがその言い方はどこか清々しい。

 降り注ぐ火の粉を触れる前に吹き飛ばす。


 残り、十五秒。


「けどやっぱさ、道理ってやつがあるんだよ、違えちゃいけない正しい道理がさ」


『ワタシが悪、だとでも言う気ですかぁ?』


「少なくとも俺にとっては悪そのものさ」


 残り、十秒。


『正義の味方気取りで、所詮魔術師という人外が善道を語りますかぁぁ!』


「俺が正義の味方?……そりゃ違うだろうな、俺は自分のことしか考えてない、傲慢な人間だよ」


 俯く顔からは感情が読み取れない。だが唯一見える口元はどこか優しげだった。


「それに正義の味方は俺なはずがない、今ここにはずっと相応しい奴がお前を待ってるからな」


 残り―――零秒。


 冬弥の背後に炎が灯る。

 真っ赤な小さい炎。

 胸の前で力強く握りしめた掌からこぼれ出す灯りが決意を照らし出す。


「俺は強くない、ただどこにでもいる中学生でしかない」


 その決意が言霊となって紡がれる。


「守れないと思った。逃げ出したいと思った。全部投げ出してしまえたらどれだけ楽かって」


 瞳が前を向く。


「俺はもう、逃げない」


 揺るがぬ瞳と目があった気がした。カメラ越しでさえ伝わる圧力が科学者の動きを止める。


大切な人(チユ)が苦しんでいるんだ。あんたがまだそんなことを続けるって言うなら―――」


 炎が、花を咲かせる。



「―――俺があんたを地獄に送ってやる」



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