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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二十六話


「ッ!季節感逆転させてるってか?」


 蹴りや殴りという動作が行われるたびに付随する熱波は近接型の冬弥にとっては厄介この上ない。強化した身体であれば大丈夫だと理屈ではわかっていても感じる熱さは足を一歩引かせる。


 ヒットアンドアウェイを繰り返す冬弥の身体には上昇した耐性を透過した炎熱のダメージが徐々に蓄積していく。

 怜の遠距離からの攻撃を交えた連携で何とか均衡を保ててはいるが新たな解決策が見つからなければ崩れるのは時間の問題だった。


「那上!どうするんだ!?」


「考えてるから纏まるまでそいつの相手してなさい!」


 だが無情にもアイデアなど突然降っては来やしない。積み重ねた知識を基に怜は正体不明の魔術を紐解いていく。


「……こいつはゴーレムじゃなかった、これは間違いないはず。なら一体何なの。……一からいきましょう。可能性は三つ、ゴーレム、巨人、或いは炎という概念そのもの。神降ろしはできるレベルじゃない筈」


 冬弥が何か叫んでいるようだが怜の耳には届かない。集中力が生死の境を以って極限に高まっているそれはスポーツ選手でいう「ゾーン」に近い。


「ということはゴーレムを除いた巨人か炎そのもの。アタール、サラマンダー、アレル、ダメね、挙げるときりがないわ。もっと何か、起源を特定できる何かがあれば……」


「那上!気を付けろ!」


 回る思考の隙間に冬弥の声が射し込まれる。

 フッと怜は顔を上げる。


 MISTが両腕を頭上へと上げている。両掌の間には細く形を保った黒い炎。

 それは剣道でいう上段に構えたようで。


『これで最後にしましょうかぁ。無駄に時間を浪費するほど非生産的なことはないですからねぇ』


 単純な行動に対しては命令権を保持したままなのか、スピーカー越しに優越感に浸る声が聞こえる。


「黒い、炎の剣?……あぁ、いるわ、いるじゃない。とてつもなく忌々しいやつが……!」


 因縁の仇であるかのようにMISTを睨みつけた。


『やりなさい』




「『レーヴァテイン』」


 


 終末の炎がその役目を果たそうと純然たる悪意を以って闇を塗り替え世界を包み込んだ。




「ったく、冗談じゃ、ないよ全く」


 息も絶え絶えに立ち上がり焼け焦げた上着を脱ぎ捨てる。あれだけ耐えていた身体も節々が痛み筋肉も悲鳴を上げ始めている。如何に速度で上回る冬弥でも辺り一帯を範囲とした一撃から逃れることはできなかった。

 炎が放たれたにしては火の手は上がっていない、終末の名に恥じず範囲内にあったものは灰すら残さず燃やし尽くされた。平たく均された地面は所々ガラス化しておりテラテラと鈍く光っている。


「同じく。イかれた科学者を始末するだけの簡単なミッションはどこに行ったのよ」


 頬を煤けさせた怜が横に仁王立ちで同意する。


「無事だったか」


「当たり前でしょ」


 ゴホッと灰か粉塵を吸い込んだのか一度咳き込む。


「ただ救いなのはいくらか劣化してるってことかしら」


「結局のところあいつは何なんだ?その言い草だともうわかってんだろ?」


「ええ、私とも無関係ってわけじゃなかったみたいだし。あれはスルトよ、北欧神話の炎の巨人を落とし込んだってこと。どうにもレベルを読み違えたみたいね」


 北欧神話において世界を焼き尽くすとされる古の巨人、ルーンを多用する怜にとっては馴染み深いと言ってもい存在だろう。全体が黒く染まっていることも「黒」の名からきているのだろう。


「それにあの剣、あいつも言ってたわ、レーヴァテイン、ってね」


 終末の際スルトにより振るわれたとされる剣には諸説あるがその中でも最も知られるレーヴァテインの名を呼んだのだ。最早疑う余地はなかった。

 だからこそ今の状態でさえ二人にとっては救いだった。それこそ相手が序列上位に名を連ねる者たちだったとすれば最悪神話と同じ光景が広がっていた。


 まだマシだと思うことで持ち直し、ならばどうすることが打倒へ至る道足りえるのか考える、しかしスルトでないにしても巨人の明確な弱点でさえ冬弥は何一つ知らなかった。


「というわけでどうすればいいんだ那上先生?」


 ルーンを主要とすることは冬弥も知っている。怜ならば何か有用な手立てを知っていても不思議ではないとあてにするが怜の顔は芳しくない。


「私も詳しくはしらないのよ。自分のことで精一杯だったから。今日ばかりは勉強不足を恨むわね。……取り敢えず時間を稼ぐことに専念しましょ、あいつだって無限に動けるわけじゃないはずよ」


 MISTは災源地に立ち、地面はドロドロと溶け出している。マグマをも作り出す身体は劣化と言えども神話の名に恥じない力を持っていた。


「……じゃまあ、ちょっと無理するかな」


 十、とたった一言口にしただけで冬弥の身体はさらに軽く、一撃は重くなる。

 既に追える速度ではなかっただけに人がただ見ているだけでは目に見えて変わっているとは言えない。だがMIST(スルト)からすればその急激な変化は消えたと錯覚するに十分に足るものだった。


 足が軋む。今は痛みはないがこの後訪れる痛みを思うと冬弥の気分は落ち込んでいく。

 十、即ち十倍の身体強化は肉体への負荷がかからない倍率を超えており、長時間は使えず使用後は猛烈な筋肉痛が数日にかけて蝕むことを身を以って体験した過去が使用を躊躇わせていた。

 たが最早明日以降のことなど考えている余地はない、と本当の全力を尽くし撃滅のために身体を跳躍させた。


 打撃では有効打は与えられない。既に本体であった機体はスルトの意思により変形しており、原型は留めていない。周りを覆っている炎こそがスルト自身となり、冬弥では雲を相手にしているようなものだ。

 どれほどの拳圧で風が吹き荒れようとも鎮火することは叶わない。


『生きていましたかぁ、ですが無駄ですよぉ!全てを焼き尽くすまで止まることはないんですからねぇ!」


 感情の発露が激しい息遣いとともに二人へ届く。


「術式さえ破壊できれば……でももう機体のほうは原型すらわからないくらいなのに、一体どこに隠しているの?」


 そう、怜の見立てではスルトの疑似顕現は失敗してもおかしくない、むしろ失敗していたほうが自然だとすら感じていた。

 だがこうして為っている。そしてその瞬間を見ている以上MISTに術式が積まれていることは疑いようがない事実なのだ。触媒となり得るものがあれば話は別だが到底手に入る代物ではない。

 ならばどこに。

 未だ術式は猛威を振るっている。


『しかし耐熱術式を刻んでこの熱さ、冷房の強化が必要みたいですねぇ。…早く片付けなさい、脳が溶けてしまいそうです』


 呑気に改良案を考える科学者に歯噛みする。


「にしてもあの火達磨の中でよく耐えていられるな、術式だって無事じゃないだろうに……」


「無事ってわけじゃなさそうよ。……ほら聞こえるでしょ?案外持久戦に持ち込めば勝てるかもね?」


 スルトの中からは小さくはあるが荒くなった呼吸音が聞こえる。術式はかろうじて機能しているがやはり万全というわけではないらしい。

 いくらスルトという術式が有能でも術者が死んでしまえば自然と解かれる。あれだけの炎に壊れかけの術式では一時間ともたないだろう。つまりあと一時間耐えきれば勝てる。

 そう、耐えることができるのならば、だ。

 距離を取り始めた二人に対し流石の頭の回転の速さで科学者は多少の焦りを含ませ命じる。


『急ぎなさいスルト!』


 自身の状態は科学者自身が一番よくわかる、であればより苛烈を極めることは目に見え、怜が張り持ちこたえていた結界ですら力任せに破り捨てる。

 両者を隔てる壁がなくなったことで怜の肌は赤く染まり咄嗟に差し込んだ腕の一部が黒く焼ける。


「那上!」


 踏み込んだ地面が抉られ消し飛ぶ。

 後方へと弾き飛ばされる怜を回り込むことで腕の中に収める。殴られた衝撃は結界との反発で打ち消せてもその結界ご破られた以上そのまま地面に叩きつけられれば死は免れなかった。

 相対速度を限りなくゼロにし何とかそれ以上傷を負わせることなく怜を受け止めた。


「無事か?」


「当然……ッ、とは言い難いわね、残念ながら」


 痛みが絶えない腕を庇うように隠す。覗く黒く炭化した肌が痛々しい。

 耐久レースを行うならば後五十分強、とてもではないがこのざまでは完走はできそうになく、頼りの怜は痛みと疲労で魔術に集中することは難しい。

 つまりは、


「俺が何とかするしかないってわけね」


 死地へ自ら進まなければならないとは、少し前までは考えられないことだった。だが不思議と嫌な感じはせず、誰かを救うという状況は冬弥をどうしようもなく昂らせた。


「あんた一人じゃ無理よ。……せめて手が使えたら」


「ははっ、かもな。でももしかしたらが、あるかもしれないだろ?もしかしたら予想より早く自爆するかもしれない。もしかしたら当たりどころがよくて倒せるかもしれない」


「……あんたね」


 なおも冬弥は続ける。


「もしかしたら覚醒するかもしれない、とかな。……何にしたって何もやらないわけにはいかない、可能性がゼロなんて言うけど可能性なんて不確かなもの誰がゼロだって決めてるんだよ」


「……今は果てしなくゼロよ、ほとんどゼロ。あんただってわかってるんでしょ?」


 その怜の言葉に冬弥は思わずといった風に笑いを吹き出し怜を見やる。


「ようするにさ、ほとんどなだけであってゼロじゃないんだろ?お前だってどっかに可能性を感じてるんじゃないか」


「それは言葉の綾ってやつで、…ッう」


 反射的に反論したことで動いた身体が擦れたりし、くぐもった呻き声をあげる。


「おいおい大人しくしてろって……それに否定することはないぞ。可能性(ヒーロー)ってやつはいつだって遅れてくるもんだって相場は決まってるからな」


 何かを確信したように背後を指差す。その先を見ればーーー誰かがいる。

 見知ったシルエット。

 短髪の細身の男の子、長髪の小柄な女の子。

 それと同時に怜は思う。何故来てしまったのか、と。


「御防さん、那上さん!俺達にも手伝わせてください!」


 決死の表情、それが怜には死を覚悟した神風に見えてならなかった。


面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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