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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
28/61

第二十五話

昨日投稿予定分です


 遠くで何かが弾ける音がする。

 ガラガラと崩れ、轟轟と燃える音がする。


 あったかい。もう夏は過ぎ冬に入りかけているというのに吹く風が熱を持ち肌をほんのりと染める。

 心地良い温度が気怠さと眠気を増長させる。


 ここはどこだろう。俺の家には暖房なんて大層なものはないし、学校かどこかだろうか。ああ、それなら納得だ。この気怠さも、眠気も、小難しい授業が引き起こしたものに違いない。

 なーちゃんの授業あたりかな。数学の授業はいつもこうだから。なーちゃんも諦めているのか優しさなのか俺を強くは起こさないし。


 ……じゃあいっか、まだこのまま寝てても。

 次の授業は体育だったはずだし体力の温存は大切だよな。


 ―――う―――てく―――い―――


 なーちゃんかな。誰かが俺を起こそうとしているのか微かに声が聞こえる。小刻みに体を揺さぶられ意識が徐々に浮上していく。

 誰だろうか、なーちゃんにしては粘ってるし委員長かな。あいつ頭固いし無理やりにでも起こしてきそうだ。


 もうちょっとだけ。今はすごい眠いんだ。


 意識と繋がっていないのか体が動いている感じがしない。


 ――うとく―――や――てよ―――にし――


 声にかかった眠気フィルターが薄れ、はっきりとしていく。

 誰だったかな。可愛らしい、耳に心地いい声。いつまでも聞いていたい声はどこか折半詰まっている。

 そんな辛そうな声をしないでくれ。心が締め付けられるみたいだ。


 泣きそうな顔をする儚げな少女の顔が思い浮かぶ。いや、泣いているのかな。ぼやけていてはっきりと認識することができない。


 ――ゆうと―――おき――だ――


 ……ああ誰なんだ。俺の心にすんなりと浸透していく。


 ―――ユで――――チユ―――


 ……チユ?

 白くて可愛くて、強い、女の子。

 痛みを我慢する顔。

 遊びつくして綻ぶ顔。

 遠慮がちにうつむく顔。

 楽しそうに喜ぶ顔。


 ―――何かを諦めたように、笑う顔。


 どうして忘れていたのか。意識が急激に浮上する。闇に閉ざされた深海底から柔らかな太陽に掬いだされるように光が近づいてくる。

 あって当たり前の光じゃない、守れなければすぐに失ってしまう光。

 守らないと。

 儚い光を揺るぎないものへと変えるために。



 チユを守るために、俺はここまで来たのだから。





「ごめん、少し寝てたみたいだ」


 勇斗は痛む足に力を籠め立ち上がる。心配そうにしゃがみこんでいたチユが見上げる。少し腫れた目が夜だというのに仄かに明るく照らされている。

 チユの眼に入ってきたのは抗いようのない脅威を目の当たりにし希望を喪失した顔ではなく、前を向き心に火を灯した一人の“男”だった。



 チユは驚いていた。

 自身の力が全く通じていなかった勇斗は心を折られ、無力な自分に打ちひしがれていたはずだ。戦場を駆けた戦士や絶望的な災害を乗り切った者、そんな特別な人間じゃない、何の経験もない一中学生が簡単に超えられるほど小さな壁ではないと経験していないながらもチユには推し量ることはできていた。

 だからこそ十一月だというのに伝わってくる熱気と殺気からどうにかして逃げようと勇斗を起こそうとしていた。だというのに結果はどうだ、勇斗の眼には闘志が再燃し戦場であろう焔を真っすぐに射抜いている。


「俺、行かないと」


 急に力を持ったことで己は特別なのだと慢心していた少年はもういない。今の自分にできることなど何もないのだと分かってはいる。それでも何もせず只見守っているだけなどできず、思いはすでに戦場へと駆け出していた。


「……どうして?あんなに現実を思い知らされたのになんでまだ立ち向かえるの?怖いとは、思わないの?」


 顔を見れば勇斗がどうするかなど簡単に察することができた。止めるべきなのだろうが自分を見つめるその瞳を目にし、変えられない、靡かないのだろうとチユは悟った。

 そしてチユは純粋な疑問を問いかける。

 自分の力が及ばない大(科学者)人から、只現実から逃げ出すことしかできなかったチユには尚も立ち向かえる理由が理解できなかった。


「……そりゃ怖いさ。手だってほら、めっちゃ震えてて笑えるだろ?でもさ、それで引いてちゃ、す、好きなやつくらい守りに行けないじゃダメだって。勝てないかもしれない。死んじゃうのかもしれない。それでもチユを守らずにこの先生きてくよりずっとマシだって、そう思うんだ」


 恐怖はそう簡単には拭えない。それでも勇斗は大切な人を守ろうとせず逃げることより、守ろうと戦うことを選択した。

 チユはその姿をじっと見つめる。

 自分ではできないことを、恐怖に蝕まれながらも立ち上がる勇斗の姿が眩しくとても―――かっこよかった。

 そして「好きなやつ」という言葉が頭の中で反芻する。当の勇斗はといえば顔を真っ赤に染め、だが隠してしまっては格好がつかないと思っているのかそのままチユの眼を射抜いている。


「それに今御防さんと那上さんが戦ってくれてるんだ。あの人達が負けるわけないだろ?」


「そうだね、負けるわけないよね」


 魔術というものにはるかに精通している二人が戦っているということが二人の心を少し軽くした。


「じゃあ行ってくる。チユはここで待っててくれ」


「ううん、わたしも行く。勇斗君すぐ無茶しそうだから。わたしがいないと治せないでしょ?」


「……大丈夫か?」


「うん。まだ怖いけど離れておけば大丈夫。……わたしだって戦いたいから」


 チユも覚悟を決め立ち上がり、勇斗を見つめ返す。


「わかった。行こう!」


「うん!」


 こうして互いを守りあうため二人は恐怖を乗り越え立ち上がり、未だ続く戦場へと向かった。


面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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