第二十四話
時間にして四秒、それが光が支配した時間だった。
そこにいる誰もの目に刺さったかつてない閃光弾はしかし不思議と術式本体の光が収まると同時に残像効果など微塵も感じさせずに退いていった。
「終わったわね」
「みたいだな。―――それで?あれはどんな魔術だったんだ?前提の解説だけで結局の所が聞けてないんだけど」
項垂れたように煙を上げるMISTを前に語る。
怜は自身を信頼し、冬弥は怜を信頼し。その信頼は形状こそ些か歪であるが、同時にその歪さが丁度良く二人の間の距離を保っていた。
並ぶ様は美術館で絵画などを鑑賞し談義する老人達のようだ。しかし違うのはMISTという作品に対する己の批評を長々とは述べないことか。
批評、とは少し異なる、どちらかといえば作者に近い怜はその込められた意味を語る。
「単純なことよ。敵はあいつ、弱点は明白、さっきも言った通りよ。あの図体のどこかに刻まれたeの文字を消しただけよ、その概念ごとね」
「概念?」
「ええ、あって当たり前、そんな概念ごと消してしまえばeを失った術式は機能しなくなる。概念そのものに対抗術式を仕込んでないことは魔術師としてのレベル的にわかったから」
〈我が主による抵抗なき改訂〉。
複数のルーンを使用して構築された術式であり、術式に囲まれた範囲と限定的ではあるが指定した言語、物体、動作などの概念を改変、または消滅させることができる、とは本人談だが強ち嘘でもないらしく、魔術師の腕次第では極論世界から特定の概念を消すことも可能らしい。
味方でいて本当に良かった。冬弥がそう思うのも無理はない魔術だ。
未だ知ることのできない怜の実力の底に恐々としていると本人は停止しているMISTの元へ歩いていく。
「どうした?」
「消すのよ?このまま生かしといても害にしかならないでしょ、私達にとっても、他の見も知らぬ誰かにとっても」
「……そう、だな」
死を仄めかすようなことをいくら口で言えたとしてもいざ実行すると考えた声は僅かに詰まりを見せた。
如何な悪人であろうと死んでほしくない、なんて甘い夢物語な冬弥の本質を怜も薄々感じてはいた。教室という同じ空間で生活していれば自然と話し声は耳を通り性格など容易に把握できる。
しかしまさか非道を地でいくこんな奴にまでそう思えるのかと冷たいものが走ったが、すぐに呆れと苛立ちが塗り替える。
「御防君、あなたのそれは死んでほしくないんじゃない、あなたが死を見たくないだけよ。聖人君子じゃやってけない、そんな考えじゃこの先足元を掬われるわよ」
「……」
正論であったのだろうか、無言で答える。
「……親父だって」、そう歯噛みする冬弥の姿を思い出した怜は吐きかけた言葉を既の所で飲み込む。
「とにかくこいつは殺すわよ。早いとこ死んだほうがこいつよためよ」
カードを取り出しMISTへと投げつける。
「崩れなさい、自慢の作品と死ねるんだもの本望でしょ?私はそんなガラクタが墓標になるのは御免だけどね」
カードから光線が複数放たれ枝分かれし、MISTをなぞっていく。ただの金属塊となった機体がレーザーの乱発に耐えられる道理はなかった。機体の節々から炎を立ち上がらせ全身へと広がっていく。
時折漏れた一条のレーザーが周囲に跡を刻んでいく。
幾度も餌食になった結果は想像に難くなく、細かく解体された瓦礫の山が浮かぶ。中にいた人間の最後は凄惨なものだっただろう。
「せめて苦痛を感じず逝けたことが救いかも知れないな」
顔も知らない科学者のことを悼ましいと思うくらいいいだろう、冬弥は瞼を閉じる。
(見たくない、逃げてるだけ、か。そうなのかも知れないな)
怜の言葉を思い出し瞼を開け真っ直ぐに視線を上げる。そう簡単には割り切れなくても自分達が作った結果であり理屈では最善だと理解もできるのだ、ならば最後まで見届けるべきなのか、そう冬弥は死を直視することを選んだ。
崩れ行く未来を辿るMISTを見つめる。
「……?」
しかし崩れない。
待てども直立したMISTは変わらず立ち尽くしている。
切り口が綺麗すぎて細胞同士が再び結合するという話があるがそれと同じことなのか。
『……って………ね……』
ノイズで殆ど聞き取れない音が鳴った。壊れかけのラジオから発せられるものに類似のそれは、しかし聞きたくはない、聞こえるはずのない声だった。
あり得ない。そんなわけがない。
共に二人の胸中で。
必殺のコンボだった。対ゴーレムという点、そして敵のレベルを考慮すれば確実に死んでいる。
「……まさか」
想定外の事態に驚く、即ちそれ相応の自信があったということに他ならない。些か自信家な一面があった怜だがそれは少なくとも実力に裏打ちされた自信だった。
だからこそ何故声がするのか、何故生きているのか、何が間違っていたのか、瞬時に自身の行動を遡り答えを導き辿り着く。
「ゴーレムじゃない?」
怜はゴーレムという結論に至ってから初めて他の可能性を考え始める。充分に考えたと思っていても、実際は都合のいいことだけを受け取ることで、確証バイアスに騙されていた。
言葉を皮切りに盛る炎が嫌な狼煙となって二人の視界に確然と立ち昇り暗闇に煌めく星を隠すほどの光量を撒き散らす。
赤炎は不完全燃焼を起こしているのか機体同様の黒に染まり始める。侵蝕する黒は全てを飲み込み、そのフォルムは最早機械ではなく一人の人間、巨人そのものだ。
闇に溶け込むような黒が月明かりに照らされる。
『……やってくれますねぇ、あなた達。装甲はズタズタ、術式は虫食い、とんだ実験になったじゃないですかぁ』
戦闘前のような明瞭な音声ではない、何を話しているか辛うじて聞き取れるほどの酷いノイズ、それが巨人の姿といやにマッチングしている。
慟哭のようなノイズは一体何を秘めているのか。傷つけられた怒りでも感じているのか。
排熱機構から空気の抜けるような音と共に吐き出された熱が二人の肌をピンクに染める。
『こうなった以上これはまた作り直しですねぇ。実験としては個々の性能は凡そ測れましたし、まあ成功には掛かっていますかねぇ』
頭部を動かし腕部や脚部を見る。細かく観察する様子であり、科学者自身も初めて見るのかもしれない。
観察に科学者は数分を費やし、その間に冬弥と怜は狼狽していた気持ちを切り替えMISTから距離をとる。遠距離主体であろう怜の間合いのため、肌を焦がす熱波から逃れるため、十全とは言い難いもののある程度の距離を稼ぐことができた。
「随分と余裕ありげじゃないか、なあ?」
「全く。最近予定通りに進まないことが多すぎるわ、ねえ?」
「……それは俺のせいではないと思いたいなぁ」
二人の出会いをトリガーにして呪いや疫病神が取り付いているという自分達の発言が思い返される。
『あなた達のお陰で技研の老害共にはより完成されたMISTを見せるとかができそうですよぉ』
自分を馬鹿にした旧体制に固執する上司への手土産ができたと薄気味悪く笑う。
『不本意とはいえ最終防衛術式が発動した以上そういうことなのでしょう。最早MISTはワタシの手を離れました、えぇ。完全にコントロールを任せたことで操縦士という不最適なパーツではなく最適の操縦士を得ましたぁ』
MISTは機械的で規則的なものではない、肩を揺らし出す脚に対し腕を振る。人間と変わらない動作で歩を進める。
巨大な腕は人間比へと収縮し、鋏は身体と同色の剣へと役割を変える。
『さぁ、始めましょうかぁ?楽しい楽しい実験をねぇ……!』
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




