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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二十二話

「でもっ」


「でもじゃない!」


 なおも負った傷は深くチユは自分を責めることをやめない。優しさは時に自分自身を苦しめる、今チユの心は優しさに締め付けられていた。


 怜はそっとチユを抱きしめる。


「あなたはもう十分苦しんだわ。何があったのかはわからない、でも辛い目にあっていたことは分かる。あなただって恐いはずなのに私達のことばかり心配して……。もういいのよ?我慢しなくて。自分のために泣いたって誰も攻めはしないわ」


「っ。……っうぅ」


「堪える必要なんてないわ。全部、気が済むまで出し切りなさい」


「うわああぁぁぁああ」


 感情を押しとどめていた堰は容量を超え決壊し、離れないように抱きしめる細い腕には簡単には形容できない力がこもっていた。

 非合法な実験に身体を使われた事実はチユに楔となって打ち込まれ正常な心を奪った。それは決して消すことはできないが今正しい形へと修正されていく。


「もう過去には戻れない。あなたを本当の意味で救うことは私達にはできないかもしれない。それでもこれからのあなたを支える添え木くらいにはなりたいの」


「んぅ、はぃ」


「どうやらあなたは抱え込みすぎるみたいだから。……一人で背負い込むには人の容量は小さすぎるわ。だから私達に甘えなさい。あなた一人分くらい私とあいつで何とかしてあげるから」


 ぼろぼろと流れていた大量の涙も抱きしめられ、背を摩られ、次第に少なくなる。

 怜の右肩は涙で濡れてしまったが、それさえ心地良いと感じていた。


「見てみなさい。そんな簡単にあいつが死ぬと思う?ああ見えて案外しぶといわよ」


 瞬間移動や残像しか見えていないチユには何がどうなっているか全く理解が追いついていないが冬弥がまだ無事であり、一歩も引いてはいないということはわかった。


「あっ!?」


 冬弥が吹き飛ばされるインパクトで止まった一瞬が映し出されチユは声を上げる。

 舞う血飛沫を幻視したチユは目を閉じ逃避する。


「―――大丈夫よ、ほら」


 見ていた映画が早送りされたように場面は移ろう。目を離した僅かな隙に知らない場面に飛び頭を混乱させた。


「……すごい」


 夢でも見ているのだろうか。

 チユの知る現実から乖離した戦闘シーンはしかし現実的であり、CGとは違う、震えるほどの興奮を引き起こした。


「わかったでしょ?これくらい私達がちゃちゃっと片付けるわ」


 心ここに在らずなチユの頭に手を置き少し撫でる。


「準備は整ったし、御防君も大変そうだからそろそろ行くわ。大人しく見てなさい、あなたの未来を見せて上げるわ」


「っ、はいっ」






 巨大な鋏が頬を掠める。当たったところで大したダメージは受けないとわかりつつもヒヤリとした。魔術スタイル故に身体にダメージを直接受けることも珍しくなかった冬弥だが人間として潜在的な恐怖はまだ残っていた。


「なあ、埒があかないしどうするよ?降参してくれると助かるんだけど」


『ありえませんねぇ。ワタシに死ねって言ってますよねそれ』


「かもな」


 会話を挟み息を整える。魔術により強化されているとはいえ精神的な体力はジワリジワリとすり減らされていた。

 殴れども効果的なダメージは与えられず、殴られども致命傷は負わず、一進一退といえば聞こえはいいが二人の戦いは膠着状態で時間を浪費していた。


「まぁその方が良かった、そう思うことになるかも知れないけどな」


 冬弥は後ろへと視線を向け笑う。


「私がドSみたいな言い方やめてくれない?……あら、腕の一本くらい、何だったかしら?」


「……ほらそういうところだって」


 舞うような速度で降り立つ一コマは戦場には似つかない優美なものだった。

 やっと解放されたと冬弥はMISTを見据える。

 細かい傷や土埃で一見ダメージを負っているように見えるが内蔵の機器はオーバーワークによる自傷以外のダメージはなく、外装甲も動作を脅かすほどではない。

 魔術による強化を解かなければ今の状態の冬弥では打破にはなり得ない。


「まあいいわ。思ってたよりやれるみたいで安心したわ。スプラッタにでもなってるんじゃないかって少しドキドキしてたのよ」


「お前さぁ、せめて影で言ってくれよそれ。それで?来たってことは何とかしてくれるってことでいいんだよな?」


 辛辣な言葉にも死線を越えたと思っている冬弥は笑って流した。怜が敵前に姿を現した、つまりMISTを打倒できるだけの手段があるのだろう。


 否が応でも心に余裕が生まれる。


『魔術師が二人、てっきり一人を犠牲に逃げたものだと思っていましたが。いやでもよかったですよぉ、貴重な被検体もまだ近くにいるということですよねぇ?あの少女にはまだ役に立ってもらいたいですからねぇ』


「この状況で先のことなんて、随分余裕あるじゃないか」


『当たり前ですよぉ。科学者たるもの常に数手先を考えて行動するものですからねぇ』


 この期に及んでまだチユを諦めていない科学者の言葉は強がりなのか余裕なのか。どちらにせよ生き死にの場で考えることではない。

 その気持ち悪いズレが冬弥に早く終わらせろと急かす。


「被検体なんてどこに使うのよ。テストパイロットにでもしてたのかしら?」


「おい、無駄な話してる時間なんてないぞ」


「……あの子の苦痛を少しでも和らげてあげたいのよ。関わった私達には原因を知る義務がある、そう思わない?」


 少しでも寄り添い心の傷を治していっても最終的には原因を克服しなければ完治とはいえない。チユのためにも早い段階で知っておきたいという怜の判断は強ち間違いでもないだろう。

 思っていた以上にチユのことを気にかけていることに冬弥は驚く。その優しい一面はギャップもあり強く心を打った。


『テストパイロットですかぁ、間違いではありませんが正解でも、ないですねぇ』


「あら、素直に答えてくれるのね。研究内容は隠すものじゃないの?」


 科学者は躊躇いもなく話し出した。

 魔術師であれば研究は自身だけでなく何代も続いているものが多く、それを知られることは家によっては何百年という間磨かれてきた宝石(知識)を盗まれることに他ならない。

 だからこそ魔術は隠される、隠匿こそが魔術の歴史そのものなのだ。


 常識から外れているのは感覚だけではなかったということか、しかしその知識を聞き出したい今それが助けとなっていた。


『魔術であればそうですがねぇ、ワタシは科学者でもあるのですよ。得てしてワタシ達みたいな人種は自己顕示欲が人一倍強い、成果を世に知らしめてこそ科学者の本懐というものですからねぇ』


「あんたは魔術師の前に科学者だってこと」


『その通りです、よっ!』


 探りを入れるのは怜に任せ、冬弥はインターバルを終え身一つで戦場に躍り帰る。

 細かいテクニックなどありはしない大振りな後半戦の狼煙は上体を反らすことで空振りに終わる。

 勢いをそのまま使い腰を捻り一回転した踵で追随するが今度は的確に腕で止められる。足が進まないことで防がれたことに気づいた冬弥はすぐさま跳び退る。


「今のタイミングでも反応するのかよ、始めは棒立ちだったのによくついてこれるな」


『動かしているのはワタシであってワタシではないですからねぇ。……さて先程の答えを教えてあげましょうか、テストパイロットが間違いじゃないというのは本当ですよぉ、このシステム次第でMISTの機動性が大きく変わりますからねぇ』


 では誰と戦っていたというのか、冬弥も手を止め話を聞く態勢に入る。

 警鐘がなっていても知りたいという欲求と話したいという欲求がガッチリと嵌まり、そのための場が整った。


『ワタシは科学者としては優秀なんですがね、十全に動かせるだけの腕はなかったんですよ。どうにも操作が覚束ない、かと言ってワタシの研究だ、他人を乗せるのも癪に障る。ならばと思い当たった結果がこれなんですよぉ』


「もったいぶらずに言ったらどうなんだ。こっちはそこまで暇じゃないんだ」


『全く、あのボケた老害達みたいな人だ。端的に言えばワタシとMISTを直接繋いだんですよぉ。前時代的なコントローラーなどいらない、感覚だけで動かせるようにねぇ』


 人体と機械を直結させ思考だけで操作を可能とする、近年ブレイン・マシン・インターフェース、通称BMIが発展を見せているが実用段階には程遠くBMIに代わるものも多い。それに研究にしても一人で行うようなものではなくチームを組んで何年、何十年と掛けて発展させていくものだ。

 それをこの科学者は誰にも手を借りることなく一人でやってのけたと豪語した。最先端科学を次の段階に昇華させたと言ってのけた。


「あの脳に埋め込むっていうやつかしら」


『いいえぇそんな()()()()なガラクタじゃありませんよ。ワタシのはもっとスマートで効率が良い、白眉と言っていいでしょう。Direct Nerve Connect System、脳だけでなく脊髄にもシステムを繋げることでタイムラグを極限まで減らした傑作ですよぉ』


 自慢するように並べ立てる様子は新しいおもちゃを手にした子供のような調子であり、冬弥と怜は悍ましい光景を連想し殺気を滲ませずにはいられなかった。



面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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