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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二十一話



 金属同士のような重音が織り成す交響曲が疎らなテンポで続いていく。

 振りかぶった拳が足のフレームに叩き込まれる。

 剥き出しの拳で金属塊を殴ることに躊躇の色は見られない。轟音を打ち鳴らし人間離れした速度でロボットの周囲を駆ける。


「硬すぎだろ、これ」


 ジンジンとした痺れを取ろうと手を揺らす。

 指が淡く赤に染まっている。


「五倍でこれはちょっと面倒だな」


 五倍という言葉通り冬弥の筋力や皮膚の硬度は普段の五倍の値になっていた。


 強化魔術。


 冬弥が最も得意とする魔術であり、唯一使える魔術でもあった。

 魔術には作った者それぞれの理論がある。理論がなければ魔術足り得ない、だが前提として必要なものがある。それが知識だ。

 水を操ろうとすれば精霊やポセイドンを取り入れるだろうがその知識がなければ理論の組み立てには至らない。


 理論や知識は師から弟子へと受け継がれ、魔術は洗練されていく。

 しかし冬弥の師である父親は幼くしてこの世から姿を消した。結果受け継いだ魔術はたった一つ。数こそ一つだが魔術師として一つに没頭した魔術が平凡な仕上がりである道理はなかった。


「七倍でいくか」


 踏み出した冬弥の体がブレる。高性能カメラを通して視認していた科学者は動きを追うことができない。

 いなくなった。

 そう脳が判断するより先に機体に受けたことのない衝撃が走る。重心がぐらつき自動操縦(オート)で修正される。


『一体何が?』


 落ち着いた疑問の声。作品に絶大なる自信を持ってはいるが過信はしていなかった。本格的な稼動は今日が初であり、未だ実験段階だ。実験に於いて失敗は付き物、大事なのは如何に活かしていくかだと科学者は理解していた。


『成る程ぉ、あなたの仕業でしたかぁ。さっきからうろちょろと蠅のように駆けずり回っていたあなたのねぇ』


「その蠅に一撃やられた気分はどうだよ科学者(クソ野郎)


『実に良い気分ですよ、えぇ。MISTの試運転実験の効率が上がるというものですからねぇ!』


 右腕部が脚部前に振り下ろされ地を抉る。

 後方へと跳びのいた力を殺しきった足跡には二本の平行線が削り出され、溜まった破片を弾き飛ばし弾丸のような速度でゼロ距離に詰め蹴り入れる。

 強化された体は単純に七倍の力を、速度を手にするわけではない。殴る走るという行為は腰を捻る、腕を振りかぶる、足を回す等動きが複合した結果起こるモーションだ。次々と力が伝わり現れるのは数字以上の結果だった。


『なんていう速度ですか、センサーの補正を受けた上で捉えきれないとは。オリンピックでも目指してみたらどうですか?金どころか不敗の記録が刻めますよぉ』


「生憎と()()()()()()には煩いやつらがいるからな。ドーピングで消されるのがオチってとこだな」


 世界中に放送されている場で魔術など使おうものならその場で公開処刑待った無しだ。


 つまらない雑談の間にも手は休まらない。乱打は激しさを増し機体、MISTを動かしてはいるが見切れている冬弥には掠りもしない。ただ殴り蹴られる様はサンドバッグと化した木偶の坊そのものだ。

 一撃一撃が重々しい音を鳴らしMISTを強引に後退させていく。

 右脚部に集中して打ち込まれた

 一方的な攻防でMISTはついに膝をつく。


『私の腕ではこれが限界と言うことですか。あなた、これのパイロットやってみませんかぁ?良ぃいパーツになると思うんですよぉ』


「お断りだよ。もし乗るなら初めてはモビルスーツって決めてるんでな。それに今からスクラップになる機体に乗る馬鹿なんていると思うか?」


 粉塵が晴れ曝された右脚部は数多の凹みに傷、原型は留めているがロールアウト直後の様相は歴戦後へと変容していた。

 荒々しく動いていたMISTが止まる。バッテリーが落ちたのか腕をダラリとぶら下げアイモニターに灯っていた光は薄れていく。

 スピーカーからはブツブツとノイズのような声が漏れ聞こえる。


『……ッ………スクラップ、ですかぁ。言ってくれるじゃあありませんかぁ。これは、仕方ありませんねぇ』


 飄々とした声に初めて感情が篭る。

 様子見に徹していた冬弥も戦闘態勢を取る。ガラリと変わった空気がピリピリと肌を刺す。


()()()()()()()()


 再起動。赤い光点が二つ、頭部に宿る。鈍色の機体が脚部から黒に侵食されていく。夜の闇に同化した機体が月明かりに照らし出されるが黒一色の装甲は影すら取り込み立体感が喪失する。

 機械ではない、異形の怪物が立っていた。


『これはあまり使いたくなかったのですがねぇ。パーツを殆ど総入れ替えの代物ですからぁ』


「面倒だろ?一から作り直しにしてやるよ」


『口の減らない。見せてあげなさい、あなたの力を』


 MISTが慟哭する。エンジンやモーターの駆動音の反響かもしれない。しかし確かな唸りが聞こえた気がした。


 音が止む。

 互いに振り抜いた拳が激突し、衝撃波が瓦礫を吹き飛ばし楕円形のフィールドを誂える。

 捕捉されなければ差し当たって問題はないと冬弥は加速する。

 背後に回り込みガラ空きの背中を上段から蹴り落とそうと飛び上がる。腰の回転も含み鞭のように撓った足が当たるーーー瞬間何かが差し込まれる。

 巨大な鋏が背中をガードし、弾き返す。

 この機体の特徴的な部位の一つである鋏は蟹のように厚みがあり右半身の大部分を占めるだけありかなり堅牢な印象を与える。


 裏を取ったことを確信していた冬弥は為す術なく地面と平行に飛ばされる。

 ここまで一、二秒をコンマ刻みにした世界であり、傍目には冬弥が消えMISTが振り返り、冬弥が飛んでいったという大局しか目で追うことはできない。


 飛んでいる最中の冬弥は自身の想定の甘さに一度僻見を捨てる。


「一筋縄じゃいかないって、そういうことだろ?ったく、荒事は苦手なんだがな!」


 健在だった建物を足で迎え反動でさらなる加速を得る。代償として壁は脆くも内側へと破裂するように砕け散る。


 一直線に狙いを頭部に定める。

 魔術に生み出されたものではあるが原型は機械だ。外観からしか予想はできないがカメラやセンサーなどの重要な機器が密集している可能性は高い。破壊できれば視界を奪うことができる。有利に運ぶならプライオリティは上位に入る。


 戦闘が始まって数分、すでに中盤へと差し掛かろうとしていた。




「御防君もなかなかやるじゃない。このまま押し勝ってくれないかしら」


 戦闘が繰り広げられる大通りから離れたビルの屋上に怜の姿はあった。

 円形に浮かぶ膜が通りを拡大しモニターとして機能している。冬弥の姿を鮮明に捉えられている怜は予想以上の善戦に驚いていた。怜は名前を知りようもないがMISTという機体は未だ何かを隠していると確信していた。

 科学者の自信はそれなりのものがあった。冬弥のような未熟な魔術師と五分で戦えるだけの性能で満足していたのなら三流以下、苦戦などしようにもできない。


「……にしても、御防君も三流を自負するだけあるわね。あんなあからさまに頭ばっか狙って。素直に狙い所教えてどうすんのよ」


 都市全体が最新技術の塊なだけあって高層建築物が多い。平面上で動いていた冬弥は遠慮がなくなったのかビル群を足場に三次元を駆け回っている。そのため怜は常に何かが崩れる音がするという解体現場にいる気分になった。


「あれって体全体を強化してるのかしら。どこの体系かわからないけど無駄がないわね、魔力の流れがスムーズで詰まりがない。一点を突き詰めた努力の賜物かしらね」


「……あの、わたし」


「あら起きたの。まだ寝てたほうがいいんじゃない?御防君だけじゃ難しそうだし、私も準備があるから時間ならまだあるわよ」


 気を失っていたチユが目を覚まし遠慮がちに怜に声をかける。

 怜はそう言い振り向くとチユは顔を伏せ背中を丸めていた。足元には水滴がポタリと増えていく。


「いぇ、わたしの、ぃで……」


 自分が原因で三人を危険な目に会わせてしまっている、その罪悪感が心にこびりついて剥がれない。

 怜は言葉を間違えたとすぐに気づいた。

 魔法が使えるからと勘違いしていた。チユは突然大きすぎる力を手にしただけの中学生であり、命懸けの状況はおろか喧嘩でさえしたことがない子供だ。それが急に死を感じ、あまつさえ人を巻き込んだ事実を割り切って受け止めるには幼く、優しすぎた。


 怜は少しかがみ目線を合わせチユの頬に手を添え顔を上げる。

 チユは口を結び目元を薄紅に染め、瞳は零れ出る涙で光りぼやけて見えた。


「いいえ違うわ。これはあなたのせいじゃない、私達がやりたくてやっているだけよ。少なくとも私と御防君はそう。あなたを助けに来たのにそんな顔されてちゃ戻ってきた時私が怒られるわ。なに泣かしてんだ、ってね」


 戻ってきたら。

 そう言う顔は不敵で自信に溢れ負ける(死ぬ)ことなど微塵も感じさせない、そんなカッコいい笑みだった。



面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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