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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第二十話

 砕けたコンクリートを発泡スチロールのように弾き飛ばし勇斗の真横を過ぎ後ろを穿つ。散弾の一つ一つが彼にとっての致命傷になり得る凶刃だ。

 頬を掠めていった死に勇斗は腰を抜かす。


 まるでアニメやSFの世界を体感している、魔術という裏の世界でさえ鈍重でない二足歩行の機械兵器(ロボット)などありはしなかった。多くのSFマニアの夢がここにはあった。


『いやいや予想が外れましたねぇ。狙いはその()()()でしたかぁ』


 間延びした声がスピーカー越しに聞こえる。

 媚びるような甘ったるい男にしては高い声質。誰が聞いても苛立ちを禁じ得ない、そんな声。

 交わした一言目は不穏でしかなかった。


「被検体だと?」


 嘘で飾りはしない。敵意を向けられていながら煽るように強調する。

 推測はしていたが事実だと聞かされることに不快感を抱かないわけがない。

 胸中にはマグマが沸々と滾った。


「この野郎!!」


 冬弥でさえそうなのだ。ならば勇斗はどうなのか。言うまでもない。

 堪らず勇斗は拳を振り上げ赤いエフェクトを纏い身の丈数倍のロボットへ殴りかかった。

 フレームに触れ、見かけ以上のエネルギーが叩きつけられる。数度に渡り強襲を受けたフレームは歪に歪みロボットは弱々しく膝をつく―――筈だった。



『その程度の温度と衝撃では傷一つが精々ですねぇ。感情の持つ熱量では現実に影響を与えることはできないのですよぉ』



 TNT換算にして凡そ三十キログラム相当のエネルギーが一点に集中したにも関わらず直立不動。堅牢な壁が邪魔をする。


「退がれ勇斗!一旦ここを出るぞ!」


 唖然とする勇斗の肩を揺らす。


 超常の力を手に入れた。

 冬弥達に出会い努力もした。

 自分だって役に立てる。

 俺だって特別な存在なんだ。


 多少なりとも持っていたその自信は戦いにすらならなかったことで微塵に砕かれた。


 立ち竦む勇斗を力任せに引き下げる。

 室内で戦うには体格差がありすぎる。お荷物を抱えた状態で守りながら打倒できるほど容易い相手ならこうも焦りはしないだろう。

 幸いにも敵が開けてくれた地上への穿孔へ透蒼が射し込んでいる。


「いくわよ!」


 怜がチユを、冬弥が勇斗を背負い抱え隙間を縫い外へ駆け上がる。

 速度そのままに舗装された道路を疾駆する。


「あれなんだよ。いくらなんでも頑丈すぎるだろ」


「単なる機械仕掛けの人型兵器ならよかったんだけどね。……言ったでしょ?相手は魔術師でもあるのよ?あんなので壊れるわけないじゃない」


 むしろ壊れてくれてたら楽だったんだけど。

 怜はそう言うがたとえチタン合金や工具鋼といえど無傷ですむ程軟な炎撃ではなかった。身内びいきなしで冬弥はそう思っていた。

 相手の魔術師は手練れであることは疑いようがない。



 ランダムに角を曲がり建物の影に身を隠す。

 体力は問題ないが掻いた汗を袖で拭き取る。

 二人を降ろし壁にもたれさせる。一人は焦点が合っておらず、もう一人は安心か疲労からかぐったりと体重を預けている。違いはあるが両方使い物にならない点では同一だ。

 だが二人とも魔術に触れて長い、生きてきた人生の殆ど全てを費やしている生粋の魔術師だ。理屈で説明できない理不尽を知っている。

 糸口は必ずある。


「あれが魔術なら弱点があるはずよ。あれだけの硬度、生半可な条件だと長くは持たない。それ相応のウィークポイントの設定は必須なはず」


 魔術として強力であればそれに比例して諸々が削ぎ落とされていく。

 多種の効果が含まれたマルチな魔術であれば応用は効くが一点に特化した魔術に比べるとどうしても威力の面では劣る。

 求める効果以外を排除し、発動条件を狭い範囲に絞り、必要なコストを上げる。

 その極地に至ることこそが魔術師としての到達点の一つになっていた。


 道半ばとはいえその完成度は怜から見ても高い。

 術式の特定が思うようにいかず、歯痒さだけが先行する。


 後方から地鳴りが聞こえる。

 だが音量に変化は感じられない。二人のスタートダッシュは良い方向へ転んだようだ。


「どうする?このまま逃げてるだけじゃ……」


 ふと、冬弥は思う。

 逃げてるだけ?逃げちゃダメなのか?なぜ俺はあんな質量の怪物に立ち向かおうとしてるんだ?確かに元凶を断つとは言った。だがそれは生身の人間、イカれた科学者相手だからじゃなかったのか?

 想定外が針をマイナスに振らせ、逃げ腰の感情が幅を利かせ始める。

 蓋を開けてみれば狂気(マッド)魔術的(マジェスティック)な相手に冬弥は呑まれつつあった。


「なあ、一つ、一応提案してみるんだが―――」



「アレを放置で逃げる、なんて馬鹿なこと以外なら聞くだけ聞くわ」



 即答。

 全身が震え立ち口角が上へと引っ張られる。


 いつもの繰り返し。

 冬弥の言葉を怜が塞いでいく。

 それくらい分かっていた。

 理解していた。

 強情っぱりで見栄っ張りで、我儘で。そんな那上怜が退くことを許さないことくらい。

 それくらい、この出会ってからの僅かな時間で理解できるほどに、怜は実直だった。


 或いは示して欲しかったのかもしれない。

 冬弥自身の思いに間違いはないのだと。

 自分より他人に重きを置く。ボランティアレベルの話なら誰もが褒め、認める。だが行き過ぎた自己犠牲は確執を生む。身近であればあるほどに。

 冬弥とて幼少の意思の確立時からそうであったならよりオープンに手を差し伸べてきただろう。しかしそれが考える頭を持った時分であったために周囲には浸隠し、本心を握り潰したこともあった。

 そんな日々を「仕方ない」と諦観していた。


 だが今、死の危険を前にして冬弥の心は高揚していた。

 想いは違えど同じ様に立ち向かう人間が隣にいる。

 真っ向からの逃げの否定に冬弥の顔が綻ぶ。

 そして思う。

 他者を優先しようと働きかける自己犠牲を肯定してくれる何者かが欲しかったのか、と。


 そんなことなど怜は露ほども思ってないだろうが、清々しいまでのエゴイズムは冬弥の目には輝いて見えた。


 これまで冬弥を縛り付けていた世間の常識という鎖が一人の常識に引き千切られた瞬間だった。



「……なに笑ってるのよ。頭でも打った?」


 状況を気にしない普段通りのフラットなトーンがこの時の冬弥にはいやに心地良かった。


「いや、気にするな。色々吹っ切れただけだ。俺は俺だからな」


「ま、いいけど。それで提案とやらはいいの?」


「ああ。何でもなかった、どうせアレとやりあうんだろう?なら聞くだけ無駄ってもんだ」


 切り替える。

 余計な考えは捨て目の前の敵に集中する。

 現状二人が不利であることは明白だ。数が勝敗に直結するように、質量とは数と同義だ。まして木偶の坊ではないから厄介この上ない。


「何かヒントでもくれないもんかな」


「今の所はノーヒントよ。徐々に引き出すしかないわね」


 死闘を演じながら並行して推理に頭を割けというのは中々に難度が高い。


「でもあれはロボット、人造で人型なら一番有力なのは―――」


「ゴーレムだろ?」


「ええ、そうよ。ユダヤの伝承にある土塊の人形、それにロボットを置き込んで魔術生物として強度を上げてる可能性ね。これなら比較的簡単な術式で効果が上がるから」


 先人達によりゴーレム自体が様々な神話や逸話を持った媒体として確立された。

 どの時代にもゴーレムを扱う魔術師は一定数存在した。それは単純に慣れれば扱いやすいという利点もあったがそれ以上の利点があったからだ。


 その魔術的背景から筋道が立てられていたからだ。初心者でも一定のラインまではレールが敷かれている。

 初心者がゴーレムを作ることと解説書を読みながらソフトを弄ることにさしたる違いはないのだ。


 であれば弱点を探すことはそう難しいことではない。有名な魔術には比例するように対策も生まれるものだ。

 代表的なものであればemethの頭のeを消すことで術式に致命的な欠損を与えることができる。源となる真理を死の概念に書き換えることで土へと還すこの方法はサブカルチャーの浸透とともに魔術師でなくても知っている、常識段階まで昇華していた。

 これを弱点として残しているようでは三流もいいところだ。


「当たって砕けてみるか?」


「どうせなら当たって砕いてきなさいよ」


 トンッと冬弥は背中を押される。


「じゃあお言葉どうりとはいかなくても腕の一本くらいは粉々にしてきますかね」


 冬弥は建物の盾から躍り出た。


面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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