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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第十九話

「気持ち悪いくらい白ばっかりね」


 壁の塗装、整然とした台に置かれた器具、どれもが例外なく高純度の白でできていた。


 探知のルーンが示した一棟の建物、いやこの都市の建造物は見分けがつかないほどに似通っている。高さに違いはあれど建築様式には違いは見られない。数十のトラクトハウジングが壮観に現実との異相を綴っている。

 表札すら掲げられておらず地図を携えていても迷走必至の無貌の迷宮にあって魔術によるGPSを装備した三人は無事目的地へと辿り着いた。


 閉められていた鍵もなんの意味を持たず、怜の魔術の前に大人しく解錠される。

 多様に応用が利く怜の魔術に冬弥は一家に一台欲しいと最新家電を紹介された気分になった。


「見た所普通の、まぁ普通じゃないかもしれないが、研究所に変わりないんじゃないか?」


 見た目が違うが実験用具には既視のものも多数あり、内容だけでは想像した範囲を出ていない。

 研究所といえばこんな感じ、そんな一般的推測に符合する。


「そうね。カモフラージュなのか、あくまで偶然なのか、ここには外で聴くような非人道性は皆無ね」


「でもお前のルーンはここを指したんだろ?」


「このフロアにはいないでしょ。つまりはこの上か、この下か。どっちかにいる可能性が高いわ」


 一刻も早くチユの容態を確認しようと情報の足りない中で居場所を推理する。

 もし本当に違法な人体実験が行われているとするならば少女の身は常に危機と隣り合わせではないのか、苦痛に涙を流している顔が脳裏から離れないのだ。


「あんまり時間はかけたくない。勇斗の精神衛生上もよろしくなさそうだしな。……どっちだと思う?」


「下ね」


 即答だった。

 しかし冬弥は迷いなくその答を認める。

 この問答は擦り合わせの意味合いが強く、何方を目指すかは腹の中では決まっていた。


 ビルには使いかけの薬品や書類、使用痕があった。実際に普段から使われているのだろう。カモフラージュであったとしても変哲のない研究所だと錯覚させたい場合、ここまで細部に拘った黒幕が手を抜くとは考えにくい。

 であれば秘密を知らされていない無関係な科学者達が昼間は彷徨いており、藪蛇を突かれかねない上階にリスクを放置する理由はない。

 徹底してフロアの存在ごと隠す。これ以上ないリスクマネジメントになるだろう。

 それを最もローコストで実現するならば。

 答えは一つだ。


「エレベーター、はあるわけないしな」


 フロアごと隠蔽されていると仮定して動くならまず入り口を探さないことには話が進まない。

 エレベーターにも地下へ続くボタンがあるわけなく、階段さえ建物内にあるかと冬弥は頭を悩ませた。


「何言ってるのかしら。入り口ならここにあるじゃない」


「……どこだよ。どっかの扉か?」


 目を凝らすが検討がつかず、適当に一つ開けてみる。しかし倉庫があるだけで入り口などありはしない。

 焦れた勇斗は自棄に次々と扉を開けていく。


「あんた達何やってるのよ。そんなところにあるわけないじゃない」


「じゃあどこなんですか!教えてくださいよ!」


 すぐそこにいるというのに手が届かない歯痒さに掴みかかろうと伸びた手をすんでで押し留める。

 怜は胸元まで迫った手に微動だにせず、指を下に向ける。


「あるじゃない、ここに」


「お前、まさか……」


 背中に走った悪寒、突如感じた嫌な予感に冬弥は後ずさる。


「ほら、あなたも離れときなさい」


 二人との空いた空間に何かを投げ込んだ。

 カランッと乾き跳ねた音が一つ。

 そして丁度三人から等距離に躍り出る。


「爆ぜなさい」


 直後、三人の立つビルをマグニチュード七を超える振動が襲った。

 爆音、そして崩落音。

 円柱形に燃え上がった炎が天井を燃やし尽くし、直下に巨大なハンマーで叩き壊したように穴が開いた。


 焦げ臭い匂い、一面に舞う粉塵が火災現場を彷彿とさせる。炎と爆風は指向性が付けられ、威力全てが真下へと向けられた。

 実害こそなかったが突然の行動に勇斗は腰を抜かし、冬弥はやっぱりかと顔を覆った。


「これで見えたでしょ?」


「……アホなのかお前は。前々からちょーっとズレてんのかな?とか思ってたけど、実はアホの類だったのか」


 魔術師としては三流を自負する冬弥にとってかなり上の存在なのだろう。

 しかし人としては。

 現代社会で生きる以上最低限守るべきものはあるのだ。

 冬弥は怜との行動を振り返る。

 他人の都合など知ったことかと自分を押し付ける。それだけなら冬弥も許容の範囲だった。

 だが事ここに極まれりだ。

 気づかれないよう慎重に進めてきたここまでの過程が一瞬で彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 阿呆呼ばわりしたくなるのも無理はない。


 しかし阿呆(仮)は不服であった。

 やれやれと肩を竦め深く息を吐く。不満の篭ったそれは長い息だった。


「見当もついてないのに探すなんて面倒な事できるわけないでしょ。それに私だって考えなしに大穴開けたわけじゃないのよ」


「そりゃ―――」


「早く行きましょう!」


 何なのか。

 言い切る前に興奮する勇斗に遮られる。

 中二病発症の傾向が見られる彼にしてみれば致命的な行動さえアドレナリン分泌の触媒にしかならないらしい。

 状況整理が正しく行われているのか不安は残るが盛大な花火を上げたことでタイムリミットは最小まで短縮された。図らずも勇斗の言にも一理はあった。


「そうね。話は後にしましょ」


「……そうだな」


 瓦礫が上手いこと積み重なり階段としての役割を果たしてくれる。

 月明りすら届かない暗闇へ降りていく。

 威勢のいいことを言った勇斗は視界を黒く塗りつぶされ、心臓をドクドクと打ち鳴らし黙りこくる。自分達の魔術により視界を確保した二人であってもそれは変わらない。心霊スポットにあるような不気味な空気が三人に沈黙を与えた。

 壁伝いに前へと進む。

 通路は入り組み方向感覚を失う。

 こっちであっているのか。間違っていないか。

 不安が募っていく。


「……これじゃ仕方ないわね。明かりを確保しましょう」


 皮切りに勇斗が即火を浮かべる。

 火球は光源となると共に緊張と夜に奪われた体温を僅かながら回復させた。急激な温度の変化に勇斗は体を一度震わせる。


「どうする?一回確認しとくか?」


 ここまでに別の通路があった可能性は低くはない。チユの居場所を再確認することが必要ではないのかと冬弥は勧める。

 怜も既に詳しくは認識できていなかった。大まかな方向こそ指針で分かるがその指針は今右に左に揺れていた。

 已む無し、怜は魔術を行使した。




「よかった……!ホントによかった!」


「え、と。何でここに……」


 居場所がわかれば早い。

 数分で一室を探し当てた三人は無事チユとの再会が叶っていた。

 感動と安堵で勇斗は肩を震わせ、冬弥と怜は様子を見守っている。チユは何が起こっているのか頭が追いついておらず目を泳がせ困惑しているのが見て取れる。

 ワンピースが所在なげにひらめき、両腕ごときついくらいに抱きしめられた体は身動ぐ。

 感動の再会だ。


「そろそろいいかしら」


「だな。いや、若いってのはいいな」


「あんた爺くさいわね」


 パッと体を離す。

 息苦しかったのかチユは肺に溜まった空気を吐き出し肩呼吸で補充する。


「あの、どうして那上さん達がここに?」


「決まってるじゃないか!チユを助けにきたんだよ!そうですよね?」


 いつから勇斗の性は那上になったのか。

 食い気味に答える。


「間違ってはいないわね。あなたが実験都市(こんなところ)にいるって聞いてね」


「聞いた?」


優しい神父様(胡散臭い奴)にね」


「???」


 助けられることには疑問を持っていないようだ。つまりはそういう事だろう。

 誰かは三人には預かり知らない所だがチユが助けを求めていた程には苦を与えていたようだ。


 面倒を見る、そう決めた。

 決めたからには冬弥の次にする事は自ずと導かれる。


「それで?チユは誰に捕まったんだ?」


 二度と起こらないよう根本原因を潰す。

 ただ助け出すだけではまた同じことの繰り返し、鼬ごっこの始まりだ。

 理性でも、感情でもこのまま済ますわけにはいかない。端的に言えば冬弥と怜は虫の居所が悪かった。

 死霊の王との時もそうだが中々に血の気が多い二人だ。


「それが、よくわかりません。白衣だったってことしか……」


「誰かなんてわからなくても問題ないわ」


 怜が目を細め天井を見上げる。


「―――もうすぐそこまで、来てるから」


 軋みをたて壁が悲鳴をあげる。


 巨人の産声が地を轟く。


「引き締めるわよ。相手はこの国きっての科学者……そして魔術師よ」


 指針のブレが止み一方を示す。


 天井が崩れ去る。


 冬弥達の前に腕を振り抜いた鋼鉄の巨人が姿を現した。

面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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