第十八話
見つけるのは困難を極めたかもしれない扉はしかし、いとも簡単に先を見せた。
上へと続く階段を確認し、迷うことなく上り始める。
白く無機質で工事現場のような数十段の最後には同じように扉が、下方と違いドアノブが使ってくれと主張している。
「外、か」
地下世界へ潜ったのは夕刻を過ぎた頃、であれば照照、地上はすでに夜の帳が下りていた。
下水道内よりも一段階ほど暗い、そのためか一瞬迷ったが閉塞感からの解放を示すように風が髪を揺らしたことで断定に至る。
月明かりに目が慣れる頃にはくっきりと周囲の建造物のシルエットが把握できていた。
「本当にいなくなるんだな。一斉退去って言っても誰かしら残ってるもんだと思ってたんだが」
シルエットには明かり一つ灯らず、吹き抜ける風の音以外耳に入るものはない。人はおろか生物の気配すら感じられない、そんな異質な場所だ。
「それだけ管理されてるってことでしょ。逆らえばどうなるか、考えるまでもないもの」
一種の監獄だ。
ある程度の自由はあるがルールに抵触すれば国からの制裁は免れない。社会的な死はおろか生命活動さえ握ることは権力の規模からも可能であり、また為すことを躊躇わないだろう。
そのための駐留軍でもあった。
怜はホルダーからカードのようなものを取り出し地面に置く。放射状に線が吐き出され陣を構成する。
それを興味深そうに勇斗がしゃがみ見ている。
「認識阻害の結界よ。見つかったら私達も危ないでしょ?これなら衛星でも問題ないわ」
「あの時のやつか?」
屋上のことを言っているのだろう。冬弥が気づかなかった結界がこうして張られていたのかと思い返す。
「ソースは同じよ。これの方が数倍優れものだけどね」
簡易的に発動したものではなく準備された魔道具を使っているぶんコストと時間はかさむがその効果に怜は信頼を寄せていた。
「それでどこにいるかわかってるんですか?」
勇斗は小声で話しかける。
平静を装ってはいるが体が前後左右に揺れている。逸る気持ちを隠すにはまだ幼い。
二人を見る目は期待と焦燥で塗れていた。
怜は用意していた石を取り出す。
暗がりで刻印されたルーンが怪しく光を放つ。
「問題ないわ。あとは迎えに行くだけよ」
道は開けている。
解放された空間で彼等を阻むものは何もない。
三人は一直線にチユの元へと向かっていった。
▽
「……鼠が、三匹。ワタシの所へやって来ますかぁ」
コポコポと大小様々なガラスの円柱、培養管内で気泡が湧き立っている。
床には鈍色の金属製の機器が散らばっていた。作りかけのまま放置された機材が導線をばら撒く。
室内を薬品と機械油が満たし、排熱音に混じりカチャカチャと青く光線の入った黒箱型の機器をいじる音が聞こえる。
「…………」
瞼を閉じ思考に耽るが手元は精緻に動き続ける。
配線を組み替え基盤ごとにプログラムを変更していく。
「何が目的ですかねぇ、あれか、あれか、将又あのことか。研究狙いということもありますかねぇ」
自分が何者かに狙われている、そう確証に近いものを得ているにもかかわらず楽し気に指が踊っている。研究者にズレている人間は数多くいれど危機を前に楽しみを覚える者は限りなく零だ。それは最早人間ではない、狂人のそれだ。
その意味で間違いなくこの男はマッドサイエンティストだった。
パソコンと黒箱型の機器とを繋ぐコードを無造作に抜き画面を閉じる。
黒箱を手に自らに与えられた部屋を出ようと無意識に作った動線を進む。時折白衣が引っ掛かり物が落下しようとも反応すらしない。行く手を遮るものなど知ったことではないと。
ドアの前に立つ。
独りでに開いた先には人一人分の空間があり、殺風景な一面の壁にボタンが一つだけ付いている。
足を踏み入れるとボタンは点滅しドアは閉まっていった。
押すためのものすら勝手に作動する。
歩くだけで動いていく環境は異様と言えた。
慣性による振動すらない、滑らかな静止と共にドアは再び開いていく。
一本の道が延び、艦橋のように眼下を見下ろせる。
ドック。
船舶建造や修復のための広大な空間が広がっていた。
「最終調整、間に合いますかねぇ」
その視線の先には鋼鉄が屹立していた。
並の一軒家を優に越える金属塊は今か今かと時を待ち、その威容は現実離れしている。
その中心部は主人を迎えようと口を開けていた。
「これが上手く機能してくれれば良いのですけどねぇ」
その巨躯へと入っていく。
手に持っていた黒箱を丁度嵌るように空けられたスペースにセットする。
明かりが灯り全容が晒される。
二本の足で直立する機体は人型を模しており、白衣がいる部分、コックピットには数十の計器が所狭しと並んでいた。
白衣の男が棒状のデバイスを鍵穴に差し込む。
頭部の瞳が輝きを放ち、伽藍堂に命が吹き込まれた。
『Boot sequence......
PhaseⅠ......All green
PhaseⅡ......All green
PhaseⅢ......All green
Administrator......Approval
System......awaken
Magic Exterior......Normal
Converter......Normal
Charging 100% and 38%
DNCS......System green
.........Complete』
壁一面がテレビを点けたように切り替わる。映し出されるはアイカメラから伝えられた周囲の風景。
「……ンフッ」
口角が三日月のように湾曲する。
漏れ出た感情が出来損ないの笑いとなってモーターの駆動音に掻き消される。
「フフッ……アハハハハッ!」
堪え切れず笑いが止まらない。
何かを成し遂げた喜びが狂気を孕み黒く染まっていく、いや純粋な喜びなど元よりなかった。
サプリメントや栄養食ばかりで青白く痩けた頬に僅かだが血色が戻っていく。
「これで、これさえあればワタシは……」
強く握り込んだ掌から血が滲む。
ポタリと白衣を汚すがそんなことなど全く見てはいない。
「あのジジイどもに刻み込んであげましょうかぁ。天才だと信じてやまないその古ぼけた化石のような脳髄にねぇ」
復讐心と自尊心の塊がドロっと自我を覆う。
囚われた心はもう止められない。全てを終わらせるまで止められるはずがない。
絶望に歪んだ老害を想像し、またしても笑いが込み上げる。
遠くない未来が現実となることを疑うことはまるでなく、万事順調、予定より数段早く仕上がった。
白衣の男は研究成果を恍惚と眺める。
細部まで追求された非対称が違和感を生み自然性が乖離している姿は異形だ。
巨大な鋏が五割以上を占める右半身、腕の三割にも及ぶ指を持った左半身。
ゲームやアニメ、創作の世界が生み出した機械の巨人が枷を解かれ現実に顕現した。
狂喜的笑い声は警戒のアラームが作動するまでドック内に響き続けた。
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




