第十七話
「ワンピースの、少女だって?」
「興味を持ってくれたみたいだね」
悪辣、そう表現しても差し支えない笑顔。
それも一度の瞬きで残滓すら残らず冬弥は気に留めることもなかった。
「……詳しく聞かせてもらいます」
道筋は決められ、レールを走りだす。
二人はまだ行先を知らない。
▽
暗く湿り気のある道を三人は歩いていた。
すぐ横には水が流れ下水道としての役割を果たしている。下水道にもかかわらず不思議と嫌悪感を感じない。
少しツンとした刺激臭が鼻を突く。それも汚物の腐敗集ではなく薬品を扱う、理科室や病院のような臭い。
長時間の滞在は躊躇われる、その点に於いてはどちらも変わらなかった。
「調べるまでもなく法律無視してるわよね。足突っ込んだら溶けるんじゃないかしらこの水」
「間違えても入れるなよ、溶けても俺達じゃ治せないからな」
最先端技術のための法規的措置とでもいえばいいか。
ここにいることが知られれば三人全員ただでは済まされないだろう。
国にとっての一つのブラックボックス。
実験都市へと続く道程にはその闇が見え隠れしていた。
「何のんきなこと言ってるんですか!早く行かないと、チユが危険かもしれないのに……!」
「落ち着けって、まだ決まったわけじゃないんだ。あいつの言ってたことが正しいって確証はないんだからな」
「そうよ、私達だってこのまま進んだら無事に帰れる保証なんてないんだからね」
気が収まらない勇斗は俯き拳を握りしめる。
すぐ隣で生活している彼には実験都市の好評よりも悪評の影響を感じる機会が多く、噂だけでも途切れることはなかった。
不安要素の中心に好きな人がいれば誰だって落ち着いてはいられない。
だとしても事を急いては最良の結果は得られない。
不承不承と頷く。
「それにしてもあのサルヴァトーレ何某はどうして俺達にあんなこと言ったのやら。自分じゃどうしようもないからか?」
何某との会話を思い出す。
―――みたいだね?」
その内容はどうにもきな臭いものだった。
「あの少女はどうやらあの中に住んでいるらしい」
指された窓からは白い壁がハッキリと見ることができる。
都市なのだから別段おかしくはないと冬弥は思うが怜はそうではなかった。
「それは変ね。あそこは夜になったら強制退去で警備の軍人以外はいなくなるはずよ」
「その通り、だから私も疑問に思ったのだよ」
数多くの大手企業と国の研究機関の密集地帯である実験都市は機密保護等の観点から午後七時にはゴーストタウンへと変貌する。帰る場所などあるはずがなかった。
加えて如何な子供であっても入都市の許可などそもそも下りるはずがない。
下水道に事もなさげに入っていく姿でなければサルヴァトーレ=ミレニアムもさして不思議には思わなかっただろう。あまりに自然すぎたその姿はより一層目を引いた。
「……まあそれだけなら良かったのだけどね、あの少女の体を考えたら見て見ぬ振りは到底できることじゃなかったから、だから君達を呼んだんだ」
「あんた知ってたのか?あの子の……」
「もちろん、あの少女くらい特徴的なら見ればすぐに分かるさ」
隠すまでもなく、魔法という秘密は冬弥達が知るよりも前に見抜かれていた。
「ワンピース、見ただろう?あれだけボロボロだったにも関わらず、手当てをした時の体は綺麗なものだったよ。心配で声をかけたらなんて言ったと思う?」
顔から笑みが消える。
「―――痛いのには、慣れてる。そう言ったんだ」
声から痛いほどの感情が漏れている。
「あんな幼い子が、泣き顔一つ見せず私にそう笑ったんだ」
「……あんた」
「痛みになんか慣れてはいけないんだ。体が痛いと感じるから私達は自分を大切にできる。心が痛いと感じるから他人を大切にできるんだ。どちらか欠けてしまえばどうなるか……。取り返しのつかないことが起きてからでは遅いんだ」
過去を思い出す老人のように遠い目で自らの手のひらに視線を落とす。
「それに私の姪も丁度あれくらいでね、その笑顔が重なって脳裏から離れないんだ」
悲しそうに、顔を覗かせた本心を再び覆い隠すように笑った。
冬弥はガシッと肩を掴まれる。
「頼む。事実がどうなのかはわからない。ただのお節介かもしれない。それでも……それでもあの子を、救ってやってはくれないか。いるべき世界へ帰してやってはくれないか」
―――はい。
冬弥は頷くことしかできなかった。
「仕方ないわよ。確か第四騎士団って言ってたでしょ?あそこはドイツだったと思うけど、要するに下手に首を突っ込んで国を巻き込む可能性を考えたってことでしょ」
「出したくても手を出せない、か。嫌な柵だなぁ」
「まああれが本心かどうかは怪しいものだけどね」
「性格ひん曲がってるよなお前。第一嘘つく理由がないだろう?」
本人の歯がゆさは痛いほどに想像できた。
助けられるだけの力を持ちながら振るえない辛さは冬弥にもよくわかった。もっと力があれば、そう後悔する以上の悔恨が時にはあることも。
それを知っている冬弥が今こうしていることは必然だった。
「うるさいわね。それはそうと予定外なのはこいつよ。まさかついてくるなんて、正直邪魔になるわよ?」
「大丈夫ですよ!俺だって少しは使えるようになったんですから!」
そう言うと勇斗はピンポン玉程の火球を浮かべる。
以前のような恥ずかしい詠唱がないあたり反省点は直しているようで、そこは二人も素直に感心した。
「青い方が熱いって先生が言ってたし。ほら、温度だって自由に変えれるようになったんですよ!」
微かな明かりのみだった下水道内は小さいながらも多量のエネルギーを発する黄の火球の存在で細かい作りが見えるまで明度を増した。
改めて見渡すとやはりそこは清潔感で満ちている。
場所柄違和感が禁じ得ないが臭いからして薬品が気化して充満している可能性が高く、生物の住める環境とは言い難い。
さらに清潔感を後押しするかのようにゴミすら見当たらなかった。
「とりあえず消しとけ。監視がないとも限らないからな」
ここまで保たれているようであり、外との行き来が可能であるならば定期的な巡回や監視カメラの存在を疑ってかかったほうがいいと冬弥は気を引き締める。
自分たちがいるのは敵地なのだと、断定には早いが最悪を想定するに越したことはない。
慎重を促す冬弥に対し怜も過去の負い目があるからか抵抗なく従う。
「お前なら突貫してもおかしくないと思ってたんだけど」
「さすがに私だって学ぶわよ。やられる前にやれない相手がいるってことくらい」
火球が消火され一瞬で光源を奪われた視界を暗闇が覆う。
「……あの、それでどこから中に入るんですか?見た感じ扉とかはなかったですけど」
延々と半円の管の中を歩いてきた、さながら一本のチューブのように別れ道すらなかった。枝分かれしていないルートは選択肢を正解へと狭めたが、直進のみで辿り着けるなどと楽観視はできない。
不可視の分岐点の発見は急務と言えた。
「って言ってるけど、どうだ?」
再確認を取る意味で冬弥は問う。
聞かずとも答えはわかっている、理解と把握が追いついていない若干一名のための補習だ。
「ここまででも二箇所。まだ先があるし当たりは特定できないけど」
一見何もないコンクリート製の壁だが出口か、そうでなくとも他へと続く道は確かに存在していた。
知っていなければ判別しようのない隔壁は従来の科学では看破できず、科学分野だからこそ浸透していない魔術によるソナーに対抗する術はなかった。
複数の選択肢から正解を導く方法は様々ある。
例えば虱潰しに順々に狭めていく、これは手間はかかるがオーソドックスなものだ。いつかは正解を引ける。
例えば手を分け一度に複数をあたる、時間短縮に繋がるが今回取る手段ではリスクがメリットを上回る。
ならばと冬弥達が選んだ手段は単純だ。
「次見つけた通路を行こう」
第一前提からして問題があった。
正解を選んだとして誰がそれを教えてくれると言うのか。
答えを知らない以上どれを選んだところで変わらない。
ハズレだろうと構わない。
地上に出れれば問題ない、その先やることは変わらないのだから。
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




