第十六話
「やあ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」
相変わらずの笑顔で予期していた来訪者を迎え入れる。手を広げるウェルカムサインとは裏腹に客人達は渋い顔と冷めた目で反応した。
歓迎する者と歓迎されざる者、相応の出会い頭だった。
「……つれないね、少し悲しいよ」
「そっちが呼んだようなもんじゃないか。俺達がわざわざ来る理由なんてないからな。それで?何の用だ?」
来たくもなかった教会に日に二度も足を踏み入れることになった冬弥は少し苛立っているようで言葉の端々に棘を隠し切れない。
怜もまた同じ心境なのだろう。腕を組み足を忙しなく揺らしている彼女を見れば誰だってそれがわかる。
そんな二人の態度にもその笑みを崩すことなく騎士は広げていた手を閉じ肩をすくめる。
聖書台に開かれていた聖書をそっと閉じ騎士は講壇から降りる。
「Frightened。そんな目をしないでくれ。それに私が呼んだというには少々語弊があるんじゃないかな。君達は約束したわけでも強制されたわけでもなく、自らの意志でここに来た。……私、というより寧ろ君達のほうが私を訪ねる理由を持ち合わせているのではないかい?」
「俺達が?」
教会に知りたいことなどあるはずがない、存在も定かでない神に乞わねばならないほど切羽詰まってなどいない。
近づいてくる騎士から目を逸らさず後ずさる。
「そうさ。でなければ何故教会に、いや、私の所に来たんだい?」
「それは……」
「決して視線から逃れられなかっただけじゃあるまいよ。意思の介在しない行動などありはしないさ」
確かにそうなのだろう。
無視を決め込むことだってできたはずだ。しかしそうはしなかった。結果として今冬弥と怜はこの騎士の前に立っている。
何故かはわからない。だが行かなければならない、強迫観念とも使命感ともいえる感情が冬弥を突き動かしていた。
「まあそう硬くなるのも無理はない、なんせ私と君達とでは水と油のようなものだからね」
「……やっぱり気づいてたのね」
流石に騎士というところか。
内心では察していた二人は焦ることもない。それでも掌で転がされているような感覚はあまり楽しいものではなかった。
「当たり前、と言いたいところだけど君達が揃っていなければ難しかっただろうね。一般人ではあり得ない魔力量を三人全員が持っている、それは自らを魔術師だと名乗っているようなものだよ」
隠す努力をしたほうがいいね。
静かな聖堂に騎士の話す声だけが響く。語りかけるような声はこの無音の空間では何倍にも誇張され耳へと届けられる。
魔力を自身の感覚のみで知覚できるのは極僅かな人間のみに与えられた才能だ。
いるはずがないという先入観が詰めを鈍らせた。
のこのこ現れた三匹の子羊が出会ったのがより教義に染まった狼であったならこうして話すこともできていなかっただろう。
「教会の騎士は伊達じゃないってわけね。あんたみたいなのがこんな所にいるなんて、よっぽど教会は人材が豊かみたいね」
怜にはデフォルトで煽りスキルでも発動しているのだろうか。とりあえず突っかかっていくスタイルは直した方がいい、というか直してくれないと寿命がどんどん縮まっていく気がした。
「いやいや。下っ端も下っ端だからね、私は。ここにいるのも単なる偶然以外の何物でもないよ」
「その騎士の恰好はコスプレかなにかなのかしら?」
「これは正装に違いないよ。ただ上司運に恵まれなかったってことさ」
騎士は騎士であるが二人が思っているようなご立派なものじゃない。
その苦笑いは残業で疲れ果てたサラリーマンと似た香りがした。
「改めて自己紹介といこうか、私はサルヴァトーレ。サルヴァトーレ=ミレニアムだ。第四騎士団で見習いをしているしがない聖職者だよ」
随分と一芸に秀でた騎士見習いもいたものだ。
魔力を直接見ることができるならもっと他に使いようもあるだろうが。
となるとふと嫌な疑惑が生じる。
元から感じていた、なぜ騎士がこんな所にいるのか。それが、なぜ“優秀な騎士”がこんな所にいるのか、というより煩わしく忌避したい事柄へとシフトした。
前述したように教会も慢性的な魔術師不足だ。にも関わらず使える駒一つを遊び駒にするはずがない。この裏には必ず何かがある。
陰謀論者が喜びそうな裏社会の思惑の有無が透けて見えた。
「何故何は後回しだ、次は君達の番だよ」
聞きたいことが山ほどできた。問いたい衝動を後にしろと先制される。
「……御防冬弥、こっちは那上怜。あんたの言う通り魔術師だ、といっても大したレベルじゃないけどな」
謙遜でもハッタリでもない事実を隠すことなく答える。怜は素直に従うことに納得いかない様子で冬弥の脇腹を肘で抉りにかかったが勝てる勝てないの実力の話ではないのだ。話し合いを求めているならガッチリと手段というピースが嵌るじゃないか。
それに気になることもある。
ここは文明に生きる人間らしく言葉でその思いを伝え合おうじゃないか。
立ったままもなんだとサルヴァトーレ=ミレニアムは二人に座るよう促した。
しかし教会というのはなんとも話し合いに向いていない場所である。椅子は学校の朝礼の子供達さながらに同じ方向を向き、静かたれの常識が息づいている。
すこし間を空けるようにして冬弥と怜はベンチに腰掛ける。
その空間を見てサルヴァトーレ=ミレニアムはその笑みを困ったものへと変えた。
「警戒されるのも無理はないのは理解しているのだけれどね。私は偏見もなければ確執もない、ここにいるのは私という一人の聖職者と君達という一人間だとは考えられないかな?」
「そう、ね。ここで会ったのは一人の神父とただの客人、数日もすれば忘れるような関係、それでいいのね?」
「話が早くて助かるよ。私もまだここを離れるわけにはいかないのでね」
観光地の教会を訪れた観光客とそれを案内する神父。
その回転率の高さから記憶に残りにくい関係性に無理矢理自らを置きこんだ。
「Refocus、それでは有意義な話をするとしようか。双方にとって、ね」
互いに有意義と言うのなら即刻帰してもらえないだろうか。特に聞きたいことが思い当たらなかった冬弥は興味もないのに延々と説明を聞かされる社会科見学的メンタルに陥った。
怜も未だ険しさを保ち、ニコニコと楽しそうなのは下っ端騎士(本人談)だけだ。
「話も何も私達にはここに来た目的なんてないわよ?あの子の付き添いで来ただけでそれ以上の理由なんてありはしないわ」
「理解しているよ。君たちがここに来たのは偶然の産物だということは。しかし私はこうも思うのだよ、これは神の思し召しではないか、とね」
わかっていてなお御防冬弥と那上怜、そしてサルヴァトーレ=ミレニアム自身との出会いには意味があるのだと、そう答えた。
神の思し召し。
逆に二人の胸中を占めたのは「やっぱり教会の人間か」という再認識だった。
こんな偶々一つに神を引っ張り出すなどよっぽど教会の掲げる神というのは暇らしい。
全てが神に仕組まれた盤上論。
であったならば神というのは随分と酷な世界を作ったものだ。
「というとなにか?あんたは俺達に話したいことがあるっていうのか?会ったこともなかった俺達に?」
赤の他人の言葉で語られる自分ほど信用の足らないものはない。
「そうなるね。でも可笑しな事かな?元来教会とはそんなものじゃないか」
「そういうもんか」
「そういうものさ」
赦しを請う懺悔。
日曜礼拝。
その大多数が言葉を交わしたこともない他人であるが秘めたるものがあるからこそ参加していると考えれば言葉に説得力が付随される。
騎士とはいえ教会に所属している以上機会は幾度かあったはずで、彼からすれば二人との会話もそんな業務と同一に感じられたに違いない。
「それじゃあ聞こうじゃないの。神に仕えるありがたい騎士様からの御言葉ってやつをね」
「……その喧嘩腰どうにかなんないのか?」
「こういうのは弱気になったら負けなのよ」
この状況で怜は何と戦っているのだろうか。
その貫きっぷり、いっそ清々しくなってきだしたあたり冬弥も末期に差し掛かっている。
「……あまり経験がないからグサッとくるね、その感じ」
数分前に比べ疲労度二割増しと言った具合か。
普段訪れる近所のおばちゃん達の優しさが冷たくされる騎士の身に染みる。
「Cough。本題に移ろうか。このままだといつまでもループしそうだ」
「……ですね」
グダグダのはぐらかしもここまで。
一体何を聞かされるのか。有難いお説教ではあるまいと慎重に耳を傾ける。
呼吸を整え、その音が揃い消える。
「あの少女、白い髪のワンピースの少女について、知りたくはないかい?」
張り詰めた糸を端の抑えごと掻っ攫うような、言葉の爆弾が投下された。
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




