第十五話
ギイッ
立て付けが悪いのか、少し固く閉じた木扉を押し開く。油が切れているからか錆び付いた摩擦音が石造りの教会内で反響する。
外観の印象で言えば予想よりもデカかった。そして歴史的だった。
コンクリート製の一軒家を想像していた冬弥は正反対をいく純・教会を見上げ静止する。
(思ってたのと違う!)
いやいや立派にも程ってものがあるでしょ!
司教座聖堂と比べても遜色ない威容は冬弥を萎縮させた。
現代的教会は時間、資金、様々なコスト面から改修でもない限りコンクリートのような建築資材で仕上げられる。
それに対し中世的教会は石材や木材、煉瓦を用いられる、教会の印象そのものと言える。
日本に聖教が持ち込まれたのは然程近年ではない。しかし公に教会が建立され始めたのは世界的に見れば比較的近年に分類される。
そのためかヨーロッパのように町や村の教会まで手が回らずその多くが現代の様相にならざるを得なかった。
冬弥は焦げ茶色の壁にそっと手を触れる。
「間違いなく煉瓦、それも改築はされてないみたいね」
つまりは何が言いたかったのか。
限られた予算の中で建てられた中世的教会には何らかの意図がある。そういうことだ。
「ミサの時間でもないのにここに客人とは珍しいこともあるものだね」
思考していた最中唐突にかけられた声は羽毛のように柔らかく、それでいて通った芯が持ち主の性格を印象付ける。
振り向けば紙袋を抱えた男が立っていた。
白鈍の光沢を身に纏いストラを模した帯が二本垂れ下がっている。
キャソックを思わせる格好はしかし決定的にそれとは異なっていた。
ガチャリ
神父だろうか、近づいてくる体からは金属同士が打ち合う音が鳴っている。
「Relax。そんなに警戒しなくても大丈夫さ、私に敵意はないよ」
「……はい。すいませんいきなりでしたから」
微笑む様相は万人を受け入れる教会の伝道師そのものだ。
そう、それが鎧姿でなかったのなら。
「Relieved。構わないよ。私のような者が出てきては驚くのも無理はない、教会に騎士とは現代社会ではナンセンスだろうからね」
金髪の美丈夫はハハッとジョークのように笑い飛ばす。
「ゆっくりしていきなさい。休息所としてでも寄ってもらえることは喜ばしい。めっきり人足も遠のいてしまったようだからね」
「ありがとうございます神父様。……こんなに立派なのに、勿体ないですもんね」
歓迎モードのイケメン騎士は苦笑し頬を掻く。申し訳なそうな、眉を顰めた顔で奥へと進んでいく。買い物に行っていたのだろう、野菜が覗く紙袋を長椅子に置き一呼吸置く。
「はは、すまないが私は神父ではないよ。ここの司祭は今留守にしていてね。もしかして彼に用事だったかな?」
「はい!少し前にこのくらいの女の子を助けてもらって、そのお礼に来たんです!」
勇斗は前のめりで手を水平に振る。身長を伝えたいのだろう。
騎士は顎に手を当て思い当たる節がないかと斜め上を見上げる。しかして知っていたのか納得の様子で勇斗を見る。
空気感は穏やかそのものでも怜のなかでは早くも仮想敵認定され、常に視界に入れ警戒を怠りはしなかった。
「Recall……あの子のことだね、あのワンピースの。助けたなんて大袈裟なものだよ。道を案内してパンを一つあげただけさ。当たり前のことしたにすぎないよ」
偉ぶることも誇ることもない。
正しくこの聖職者にとっては“当たり前”なのだろう。
迷い困っている者を助ける、お腹を空かせた子供に食事を与える。慈善でも偽善でもない。一点の曇りもない鑑そのものだ。
「でもありがとうございました!チユ、すごく嬉しそうに話してくれて、だから、」
「Follow。伝わっているよ。そうかあの子はチユというのか。それにしても……うん、若いというのはいいものですね」
何を察したのか。勇斗の必死な顔を見てしみじみと過去というか感情というか、パトスを噛み締める。
「さて、君の思いは受け取った。最近は日が落ちるのも早い、そろそろ帰るといい。あまり遅いとご家族も心配するだろう」
そう言うと紙袋とともに講壇の奥へと去って行った。
少し違えば一触即発の現場が無事丸く収まり冬弥は閉じていた口をやっと開く。
「……俺はLUC値が下がる呪いでも受けてるのか」
この一か月程の間にこれまでの人生以上のスリリングでリスキーな経験が盛りだくさんで襲い掛かってきている。いつの間にか呪われたと思いたくなるのも道理だった。
「何言ってるのよ。これくらいだったらまだ珍しいことじゃないわ」
この一言で考えは変わった。
「なるほど、疫病神か」
「……何か、言ったかしら?」
疫病神扱いは不服だった怜はゲシゲシと靴の先端を執拗に踏みしだいてくる。
「はい何でもないです女神様」
「よろしい」
反抗心などあるはずがない。そう言わんばかりの鮮やかな掌返しだった。
そも争いや諍いが嫌いだと公言している冬弥が自らその方向にもっていくはずもなく。怜は満足そうな顔で足を退ける。
騎士がいなくなったことでこれ以上留まる意味もなくなった三人は助言に従って帰ろうと開きっぱなしにしていた扉へと歩いていく。
勇斗は目的を遂げ思い残すことはないとさっさと出て行った。
「危なかったわね。だからやめたほうがいいって言ったのよ」
「何もなかったんだしいいじゃないか。ほら、俺達もとっとと帰ろうぜ」
どんな拍子に感づかれるかもわからない、そんな地雷原は早急に抜けるに限る。
元通りに木扉を閉めようと振り向いた瞬間だった。
騎士が立っていた。
奥へと去って行った騎士が誰もいなかったはずの講壇に説教を始めんとばかりに立っていた。
見てしまったがしかしその手は止められない。勢いづいた扉は入る時と同様の摩擦音を響かせ隙間を狭めていく。
フッと騎士が笑う。
その笑みが冬弥と怜の目にどう映ったのか。当人達ですら生じた感情がどのようなものか正確に把握することはできなかった。
それでも咄嗟に思ったことは合致し、弛ませていた気を引き締める。
「また後で、てか?」
「あんたの疫病神が憑いてるっていうのもあながち間違いじゃないかもね……」
背後で愉しげな笑い声が聞こえた気がした。
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




