第十二話
ピチョンッ
薄暗い部屋の中に最適の落ちる音が反響する。
「……お父さん」
人のシルエットが足を抱え込み蹲って震えている。
季節外れの半袖を着た体には鳥肌がたち微かに震えていた。
ピチョンッ
「……お母さん」
空腹で鳴り止まないお腹を恨めしそうに押さえる。
囀るようなか弱い声が誰にも届くことなく暗闇に溶けていく。
ガチャ
鍵の開く音がした。
少女は埋めていた顔を上げる。
いつもの時間がきたのだと僅かに頰を綻ばせる。
立ち上がり扉を押せば白い光が暗闇に慣れた目を激しく襲う。
「…………」
少女は無言で歩く。
与えられたささやかな自由を逃すまいと必死に足を動かす。空っぽの胃の中から吐き気だけが催すも出すものがなければスッキリもできない。
歩き続け開けた扉の先からは冷たい風が吹きつける。ただ寒さだけを感じていた少女にしてみればそれさえも新鮮な一コマのように思えた。
十数時間ぶりの外はやはり代え難いほどに素晴らしいものだと少女は笑みをこぼす。
「待ってて、くれてるかな」
気持ちが急いて仕方がない少女は追いかけるようにブカブカの靴でぎこちなく走り出した。
▽
「よかったのか?あのまま帰して。誰かに話すとも思えないがちょっとあれだろ」
「あれってなによ。……別にいいわよ、今日は。正体を知れただけでも上々よ、それに一から説明するにしてももう少し落ち着いたところでしたいしね。もしなにかあったら連絡するようにいっといたし大丈夫よ」
「俺のところにな……」
金銭的苦労感がどことなく漂う勇斗も携帯は持っていたようで冬弥と連絡先を交換したところでその場はお開きとなった。
差し迫った事情があるわけでもなかったため、また後日会いに行くことで怜は勇斗を家に帰していた。
「にしてもお前、魔眼持ちだったのか」
「そこまで純度は高くないけどね。久々に酷使したからちょっと疲れたわ」
怜は目頭を押さえ溜まった疲労からくる頭痛を少しでも解消させようと肩を回す。
帰路を歩きながら話を続ける。
「天然無知の魔法使いか。引き込むべきか迷う話だな。こっち側を知れば間違いなくあいつ戻れなくなるぞ。それこそ実験動物扱いもあり得る」
「私達がやらなくても遅かれ早かれ知ることになるわ。なら私達が自分の身ぐらい守れるようにこっちの常識を教えこんだほうがあの子のためよ」
人目がないとはいえその危機管理はどこにでもいる中学生と変わりなく、冬弥と怜が超常の力を持つと思えば素性すら素直に話すようでは相手によっては一生を使い潰されて終わりだ。冬弥はそれがたまらなく嫌だった。
日々を穏やかに過ごしていた普通の少年が自らの意志に関係なく身の丈以上の魔法を強制的に与えられる。本人は喜んでいたようだができればこのまま魔法を使うことなく、忘れて欲しいとさえ思っていた。
しかし怜は言う。
「一度知ってしまった以上あの子はやめられない。それともあんたがつきっきりで見守りでもする?そっちのほうがリスク高いわよ」
隠れて使っているところを他の魔術師に見つかるよりはマシってものよ。
怜の言葉で冬弥も諦めるしかなかった。
「じゃあまあ俺達も帰るか」
「あら、もう珈琲は良かったのかしら?」
「うるさい」
覚えていたのか揶揄うように笑いかける姿は今日一楽しんでいるのが見てとれる。
「そ、それなら少し寄り道しましょ。もうお昼時だし一人で食べるっていうのも味気ないじゃない」
「……そうだな、どっか寄ってくか。ちょうど……ッ!」
何かがぶつかり冬弥の体が揺れる。
倒れかかった体を咄嗟に足をずらしバランスをとり、何かと見下ろせば掴んだ腕の中には小柄な白い髪の女の子が収まっていた。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい!急いでて……」
元は綺麗な白だったのだろう。土や埃のせいなのか全体的に黒ずみよれたワンピースを着た少女は俯き、声は今にも泣き出しそうだ。
「いいんだよ。それより怪我はないかい?」
「うん、へいきです」
さっとしゃがみ少女と目線を合わせる。
ザッと見たところ本当に怪我はないらしく、肌には擦り傷一つなかった。
冬弥はその姿にどこか違和感を感じたが無事だったことに安堵する。
「よかった。お母さんとかはいないのかな?ただでさえ最近は物騒なんだ、一人でいると危ないよ?」
「えと、その……」
オロオロと周りを見渡し縋るような目で冬弥を見る。
「ごめんなさい!」
次の瞬間少女は来た方へと走り出した。
「待って!」
呼び止めた冬弥は首に巻いていたマフラーを外すと少女の首へと緩く巻きつける。
首元を襲った寒気に一瞬体が震えたが少女のためだと根性で堪える。
少女はといえばマフラーに残った温かさに逆の意味でブルリと震えた。
「そんな格好じゃ寒いだろ?これ、着けてきな」
「え、で、でもわたし……」
「いいから。ほら、急いでるんだろ?早く行きな」
少女はコクリと頷き駆け足で去って行った。
小さな背中がさらに小さくなっていくのを見送る冬弥を怜は不審な眼差しを注ぐ。
「……なんかあんたがあんなことしてると傍目じゃ不審者にしか見えなかったわ」
独断と偏見でしかなかった。
中学に上がったくらいの小さい子が好みのロリコンにでも見えていたのか。だとしたらそれは大いなる誤解だ。
善行をしたはずなのに得た評価は不審なロリコン、リターンを求めたわけではないが流石に傷つく。
「なんて恐ろしい事を言うんだ。そんなのが広まったら俺生きてけないぞ」
吹聴されれば最後、冬弥の学園生活は侮蔑の視線で筵にされること決定だ。
勝手な憶測を他言しないと短い付き合いながら理解しているから強くは言わないが、もしこれがゲーム馬鹿だったらなんとしても記憶を消し去っていただろう。
冬弥はファスナーを首元まで上げジト目で怜を見下ろす。
下からだと口元が少し隠れ威圧感がでたが、流れをわかっている怜は気にすることなく話を戻す。
「それで?ちょうどなによ?」
「…………」
「言わないわよ。もしかしなくても分かっててやってる?だとしたらタチ悪いわよ」
「性分なもんでね」
お遊びみたいなものだと冬弥は言う。周りの環境がそうさせたのだと。
「まあいいわ。それで、どうなのよ?」
「ああ、駅前にファミレスがあったからさ、そこでいいかなって」
怜は首を捻る。
思い出されるのは他の駅や線路と比べてもボロい神田駅の駅舎と閑散とした駅前の小さなロータリー。あれの一体どこにファミレスなんて景観に合わないものがあったと言うのか。
「こっちの駅じゃないぞ?戻ってからな」
「ええかまわないわよ。……今度はあんたのおごりね!」
楽しそうに振り返り、不覚にも見惚れてしまった。普段素直に笑わないのにそれはズルい。
「それくらい安いもんだ」
雨夜の月が見られたことに比べればどうということはない、怜の気分が伝播したのか冬弥も自然と笑みを浮かべた。
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




