第十一話
「お前なぁ、事前に言っとくかせめてなんか合図をくれよ、合図を」
チカチカして白い靄のようなものが何度瞬きしても消えず瞼を押さえ愚痴をこぼす。
見下ろせば未だ目を押さえる少年の姿に「どんまい」と諦めのエールを送る。
「一番手軽だったのよ。それに実害はないんだからいいじゃない」
「あるよ、とんでもなく実害あったよ。ほら見てみろよ、可哀想だろ?」
「……そう、ね。もう少し軽めにすればよかったわ」
素直に自分の非を認めるとは珍しいこともあったものだ。
これでもし無関係の一般人であったならば目も当てられないことになるだろうと思い立ったのかもしれない。
交渉人には向いてないな、と冬弥はまた一つ怜について知った。
「……ぅん、さっきから誰か増えてないか?」
回復してきた少年が目を細め冬弥の声のするほうをじっと見つめる。
「ああ、俺は御防冬弥。お前も災難だったな」
「全くだよ!こんなつもりで言ったんじゃなかったのに……!」
暫し視力の全快まで待ったところで置かれた状況についての情報交換を始めた。なんだかんだ話し合いに落ち着いたことで場の雰囲気も和らぐ。
廃棄された木箱をイスとテーブル替わりにその上にはなぜかコーヒーが置かれている。
「なあ那上さんや、手ぶらだったよな?どこに隠し持ってたんだよ」
カップのラベルには米田珈琲とつい数十分前に訪れた店名がプリントされている。湯気こそ立っていないがその香りは遺憾なくその良さを振りまいていた。
呆れ驚く冬弥に対し、怜はさも当然とばかりに一口口にする。
「さっき買っといたのよ。交渉の場には飲み物があって当然じゃない。それが珈琲や紅茶、ワインだとかは好みだとしてもね」
それはきちんとしたテーブルに着いた上での話じゃなかろうか。いや決してテーブルの質がどうという問題ではなく、それも大事だが見合った内容の交渉事という意味合いで。そう捉えればこの放課後の中学生が集まったような光景は明らかに違うと思った。間違えても口に出そうとは思わなかったが。
「なあこれって俺ももらっていいのか?俺金持ってねぇぞ?」
そんな冬弥とは異なり全く別の方向に心配と期待を傾ける少年。
興味津々で珈琲を手に取ろうとする姿に微笑ましさを滲ませている。
怜も毒気を抜かれたのか凛としていた表情には笑みを浮かべている。
「いいわよ、珈琲一杯くらいで金よこせなんてセコイこと言わないわよ。元々あなたのために買ったものなんだし」
「ほんとか?俺家でうっすいインスタントしか飲んだことないんだ」
そう言って嬉しそうにする姿はとてもじゃないが遠目に感知できるほど膨大な魔力を扱うようには見えず、年相応の子供としか考えられない。
口元までもっていった少年はしかしあと少しのところでその手が止まる。
冬弥は「遠慮しなくていい」と勧めるがそうじゃないと首を振る。
「……その、砂糖と牛乳ってありますか?俺ブラックで飲めなくて」
貰い物に対し更に要求することの申し訳なさか、なぜか敬語になった少年は恥ずかしそうに理由を述べる。
そういうことかと怜は紙袋からシュガースティックとフレッシュを取り出し少年に渡す。サラサラトポトポと投入しマドラーでかき混ぜる。
二人の視線を受けながら喉を数回鳴らした。
「……うまい!……です。なんかすごい味が濃い」
自分のほうを見る二人に気づき咄嗟に敬語をつける。慣れていないのだろう、ぎこちない敬語に初々しさを感じる。初めはどうかと思ったが蓋を開けてみればどうか、良い子そうではないか。
味の感想に冬弥は家庭背景を幻視し思わず涙が出そうになった。
「いいんだよ何か困ったことがあったらいってごらん。力になれるかもしれないよ?」
「ちょっとなに勝手に絆されてるのよ。ここに来た目的忘れてないでしょうねぇ」
すっかり失念していた。
人を助けたいのは美徳だが本来の目的を忘れてしまっては本末転倒であった。
「……そりゃもちろん覚えてるさ。……じゃあ君、落ち着いたところで話に移ろうか」
和やかな雰囲気はどこえやら、ガラッと変わった空気感に少年は背筋を伸ばす。優しい笑みも消え目つきもどこか険しい。いくら子供であっても魔術師に年齢や容姿など実力には関係ないことを二人はよく分かっていた。
「まず改めて自己紹介からいこうか、俺は御防冬弥、こっちは那上怜。君は?」
「俺は樋田勇斗、中ニです」
「勇斗君、君は何をしにここへ?見た所特に何もない廃工場だ、そっち系のマニアくらいだろう?こんな所へ態々足を運ぶのは」
マニア垂涎の代物であってもその価値は一中学生にとってはゼロに等しい。複数人ならまだ理解は出来よう、しかしたった一人でとなると普通の中学生であれば不自然極まりない。
人目につかないぶん隠れて行動するには最適な場所であり、冬弥達の推測は概ね当たっていた。
「その、二人とも俺と一緒なんですよね?だったら分かると思うんですけど家でなんて練習出来なくて。そしたら丁度バレなさそうなここを見つけて」
「ここで魔術の練習をしてた、と。君の親は魔術師じゃないのか?」
冬弥と怜は不思議に思う。
魔術師というのは本来自然発生するものではない、代々受け継がれていくものだ。この少年、樋田勇斗に師と呼べる人間がいれば別だが今の口ぶりでは練習のスペースすら与えられていない。そんな適当な魔術師がいるとは思えなかった。
ならば、考えられることは一つ。
なんらかの理由で突発的に魔術が使えるようになった生命の胚種。数千万分の一という天文学的数字で現れる特異点のような存在が目の前にいる。それは魔術の起源を研究する者であればいかなる手段に訴えても手に入れたい素体であっただろう。
当の勇斗は「魔術師?」と理解が追いついていないのか明後日の方を見やっていた。
「はい。ちょっと前からなんか使えるようになってて。なんか知らないけど使える気がしてやってみたらホントにできて。超能力だと思ったんですけど魔法だったんですね」
二人は息を呑む。
まさか生きているうちにこの目で見ることがあろうとは思いもよらなかった。
「魔術よ。一回使ってるところを見せてもらってもいいかしら」
「は、はい」
勇斗は掌を突き出し、緊張をほぐすため深く息を吐く。
「こい、獄炎!」
掌上数cm浮いた状態の火球が現れる。赤絵の具で塗りつぶされたようなハンドボール大の火球は相当な熱量を内包しているのか体感温度が数度上昇した。冬弥と怜の体にじんわりと汗が滲む
炎を出現させるという最もオーソドックスな部類の魔術行使を怜はじっくりと目を凝らす。
そしてさっき以上の驚愕と険しさが顔に張り付いた。
「すごい熱さね。ねぇ、その獄炎ってのは何?」
「え、えーっとその方が使いやすいし、ほらカッコいいじゃないですか!」
絶賛中二病を拗らせている勇斗の言葉に怜は確信を得た。
「御防君、この子魔術師じゃないわ、魔法使いよ」
「魔法使い?」
勇斗少年は理解が追いついていないのだろう、頭にハテナを伴って聞き返す。
「ええ。あなたは魔法使いよ。私達とは根本からして違う、そうねあなたがさっき言ってたみたいに超能力者のほうがまだ近いわ」
魔術師か魔法使いかを見分けることはただ能力を見るだけでは的確に判断出来る者はそういない。余程目が良くなければ視えないだろう。
「那上、お前の眼って……」
「そうよ。隠すことないから言うけど私の眼は特別なの。今はそれよりこの子よ。視た限り発動までのプロセスに術式の欠片もなかったわ。余程隠すのが上手いにしても発動キーが「カッコいいから」なんて、それで初心者が上手くいくほど魔術は甘くないわ」
魔術は陣や祝詞、逸話など様々なものを触媒として具象化され、その大小強弱に関わらず術式を編み上げなければ形をなさない。
一端の魔術師ともなれば呼吸をするようにできるものだが「ちょっと前から」使えるようになった者には到底不可能だ。
しかし魔法であれば話は別だ。
難解なプロセスも事前の準備も必要ない。ただ思うだけで現実を改変する、それが魔法というものだ。
やっぱり厄介なことになりそうだぞ、これ。なんでこんなのばっかり引き当てるのか。
冬弥は一人ごちる。
魔術師であるという前提で来ていた二人は現状を理解しているかも怪しい無知な魔法使いをどうしたものかと暫く考え込むはめになった。
面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。
次は明日0:00投稿予定です。




