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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第十話

 人通りのない路地を進み、怜は目についた神社の竹林に分け入っていく。

 ついて行くだけだった冬弥はしかし人の気配すらない場所で立ち止まったことで眉をひそめた。強引に切り上げておいてもし逃げられでもしていたら本当に何のために来たのか。


「誰もいないぞ」


「いないところを選んだからね。でもこの付近にいるはず。反応だけでピンポイントに特定するのは難しいのよ。そんなことができるのは魔導師クラス以上の人外くらいだわ」


 見に見えて気落ちする冬弥の姿にムッとした怜はポケットから黒い小石のようなものを数個取り出す。オセロほどの大きさで均等に正円。一つ一つに異なる印が彫られている。

 そのうち二つを選び、残りをポケットにしまい込む。


「それは?」


「ルーンよ。私、というより私の家系が昔から研究しててね、自然とメインに使うようになったわ」


 二つの石に魔力を込めると順番に地面に落とす。

 地面上数ミリを、黄、白と淡く光る軌跡は自在に動き回り魔術陣を描いていく。複雑に絡まり合う光の糸はものの数秒で陣を完成させ、役目を終えた小石は炉端の石ころに変わった。術式を描くためのものだったのか。簡単なものならいいが、複雑化するほどに人の手で描いていてはいつ完成するかわからない。

 だがどうも魔術陣には見えない。四角が多く、線も規則性がなく曲がりくねりまるで地図ーーー


「ああ、地図かこれ」


「どう見てもそうでしょ」


 一際強い光点が陣内を彷徨うとピタッと動きを止めた。レーダーのような点滅が等間隔で繰り返す。


「おおよその位置は掴めたわ。ちゃちゃっと行って済ませるわよ」


「さっぱりわからんが、了解。さっさと片付けよう」


 怜は足で魔術陣を搔き消し二人は寂れた神社を出ると迷いなく地元の人間も通らないような路地を駆けていく。視界の景色は凄まじいスピードで流れ、人力では到達不可能な速度で入りくねった路地を疾走する。角では速度を落とすことなく壁を蹴り飛ばし強引に曲がり、その破片が後方の少年の顔に浴びせられる。味方に襲われる想定などなかった冬弥はもろに受けてしまい、その様子を見て申し訳ないと思うより先に笑ってしまうあたり()()性格をしている。

 正確に冬弥の顔すら把握している、つまり後ろを気にするだけの余裕があるのだろう。思わぬ邪魔にあいながらも離されることなく追随する冬弥を見て認識を改めた。

 怜もまた冬弥の扱う魔術についてはなんら情報は得ておらず、ただイニアリテール=ネクロの言葉と成り行きだけで同盟を組んでいた。それだけイニアリテールの言葉は重く、将来性は評価していたが今現在の実力に関しては本人が大した魔術師じゃないと言っていたように一定以上の魔術戦、とりわけ読み合いの必要な状況では使い物にはならないと踏んでいた。

 しかし蓋を開けてみればどうだ、初めて怜が目にした冬弥の魔術は魔力の使い方、術式、どちらも彼女が使うものにそう劣ってはいなかった。


 目的地を目前に速度を緩め立ち止まる。


「なによあんた、結構使えるじゃない。それなら多少荒事になっても大丈夫そうね」


「いやだから面倒事は勘弁してほしいんだが」


 怜の中で戦闘は確定されているのか前提で話される内容に冬弥は辟易した。


「なんでそこまで嫌がるのよ。私達みたいなのにとってはそんなに珍しいことじゃないでしょ」


 荒事を避けたいという心情はわからないでもない。だからと言ってことあるごとに口に出す冬弥は些か度がすぎるのではないかと考えていた。

 魔術師であれば研究成果を実証するための行動はとって然るべきものだ。それが戦闘に繋がることは別段珍しいケースではなく、魔術師同士が対峙する時点で五十/五十の確率で起こり得るほどには茶飯事と言ってよかった。

 大規模な戦争が先進国で終結してもその裏で様々な小競り合いが起こるように、現代魔術師の争いも潰えることなく続いていた。

 実家ではたまに出かける本屋のような頻度で目にしていただけに、怜にとっては魔術師とはこういうものだという観念が染み付いていた。


「はぁ、もううんざりなんだよ、そういうの。でなきゃ親父だって……」


「……そう。まあ無理にとは言わないわ、人間向き不向きがあるし」


 その言葉で冬弥が避けたがる理由を怜なりに察したのだろう。

 たまたま陽の当たり具合でそう見えただけなのかもしれない。

 しかし暗く陰った冬弥の顔に怜は珍しくたじろいだ。踏み込み過ぎたのかもしれない。誰しも触れられたくない過去くらいあるものだ、と。


「と、とりあえず行きましょう?今回は交渉だもの。穏便に済ませましょ」


 気を使った発言に冬弥は意外な一面を見たとばかりに目を点にし、声に出して笑った。

 魔術師とはそのほとんどが自己中心的で独善的なエゴイストだ。自信に溢れた利己的な人間だと思っていたが案外可愛らしい部分もあるのだな、と持っていた印象との()()()()()に冬弥は柄にもなくお腹を抱えた。


「……笑える要素あったかしら」


 今度は怜の顔に陰りが。全く違う意味を持った陰りだが。


「いや、俺が勝手に笑えてるだけだから。別に気にしなくていい。もう区切りはついてるし、何より親父は在り来たりな復讐とか塞ぎ込みなんて喜ばないだろうしな」


 一通り笑ってスッキリした冬弥はパンッと手を打ち本筋へと戻す。


「それで?もう近いのか、その魔術師は」


「ええ。この裏の工場跡にいるはずよ。移動してなければの話だけど」


 指差す先には家屋より一回り大きい金属の箱が頭を飛び出させ存在を主張していた。トタンの屋根に波打った金属製の外壁。下町情緒に溶け込んではいても、行く理由があるというだけで目を離せなかった。

 トタンで建てられた工場は六割ほどを錆と蔦に覆われ、錆びて崩れ落ち穴の空いた壁面は哀愁を感じさせる。割れた採光窓から差し込む光が工場内を照らし、何十年と停止したまま埃に埋もれる機械類が鈍く照り返す。見上げれば細々と天井からも光が漏れ、コンクリートの地面の窪みにはいつかの雨水が薄く溜まっていた。廃墟マニアという名の懐古主義者を満足させるだけの代物がそこにはあった。


「すごいな。なんて言うか、幻想的だ」


 割れた窓から種子が風に乗ってきたのか。内部にまで植物が侵食し、自然と人工物とが共存する廃工場は美しささえ滲ませていた。

 区画整理で整えられた盤上のような町で暮らしていては見られない幽玄の世界が冬弥の言葉を奪う。


「そうね。エティエンヌを思い出すわ」


「エティエンヌ?」


「昔見た教会よ。これで心奪われてるあんたが見たら意識飛ぶんじゃないかしら」


「魔術師なのに教会行ったのかよ」


「仕方ない諸事情ってやつよ。誰が好き好んで敵陣に突っ込んでいくもんですか」


 怜の頭を嫌な記憶が祭服を纏いはためかせながら横切る。

 魔女狩りに代表されるように教会は有史以来神が関わらない奇跡を淘汰してきた。魔術世界と教会世界の犬猿の仲は修復不可能なことが始まりから宿命論的に決定づけられていた。見敵必殺、とはいかないまでも互いにテリトリーを侵したものには容赦なく死を選択する。それが一番マシなレベルという時点でもう末期だ。


「だいたいあいつら傲慢にもほどがあるのよ。私達に魔術を使うなって一体何様よ。じゃあ自分達が使ってるのが何か考え直しなさいっての」


 魔術師には魔術師をぶつけるしか方法はない。剣を持って挑んでも、現代で言えば一般人が戦闘機に乗った軍人に挑むことと同義で、何もできずに屍を積んでいくだけだ。ならば教会はどのようにして対抗してきたのか。答えは簡単だ。

 魔術師には魔術師。教会も魔術師を抱えることで長い戦いを渡り合ってきたに他ならない。教会だって何も始まりから魔術を嫌厭していたわけではなかった。布教の際には積極的に使っていたし、何なら信仰を支える柱の一つだった。教徒の中にも魔術師はいたし、進んで勧誘していた。

 だが魔術師は本質からして独善的であり、教会に加わるものは極少数にとどまった。

 魔術師との争い、教会の分裂。様々な要因が重なり、溝が急速に深まっていった。

 得てして組織とは巨大になるほどに体面を気にするものだ。争いの中、いかに事を有利に運ぶか。教会の取った行動は実にシンプル、それでいて効果は絶大なものだった。


『これは()()()()()()()()()だ』


 魔術師からしてみれば同質であろうとも、莫大な数()という力をもち、尚且つ戦の絶えない時代では神という縁の存在は魔術を「神の奇跡」と「悪魔の呪い」に分け、真実として民衆の心を支配していった。

 教会は魔術が嫌いだったのではない。魔術師が嫌いだった。そんな歴史など誰も知りようがないし、知ったところで修復はできようもないが。


「あーっと、それで?ここにはいないみたいだけど」


 すっかり本筋から逸れていった軌道を修正し、人影を探すがその様子はない。

 怜も見渡すが同じく形跡は見受けられなかった。


「そうね、隣の倉庫の方かしら。そっちの方が広そうで使いやすそうだし」


 鉄工所かそれに近しいものだったのだろう。動かすには重そうな機器類が当時のまま散乱しているよりもスペースの確保が可能な倉庫が彼女には本命だったのだろう。然程焦るでもなく扉の前で耳をたてる。


「ーーーなーーらーーーーーはーーー」


 漏れ聞こえる声は誰かがいるという証左であり、緊張感は最高潮に達する。


「いくぞ」


 スリーカウントでゆっくりと扉を開ける。

 錆ついた蝶番が擦れ、軋む音が断続して鳴る。音を聞き手を止めようと考えるも中の話し声は止み既に冬弥達のことを認知しているだろう。冬弥はそのまま扉を開け放った。

 扉付近には崩れかけの木製のパレットが積まれており奥の様子は伺えない。


「チユ?」


 件の魔術師だろうか。

 先程の話し声の主は変声期を迎えた少年特有の少し掠れた声で問いかける。恐らく名前であろうが冬弥達には当然誰がわかるわけもなく、


「……いいえ、残念だけどチユ何某ではないわ。あなたはこんな所で何をしているのかしら」


 バレた以上隠れていては始まるものも始められない。もともと隠れていたとは言い難く、本気で隠れていたのならこの少年には見つけられなかった。あえて居場所を晒す。話し合いのため、という彼女の言葉は嘘ではなかったらしい。

 てっきり知り合いだと思っていた少年は思惑を外され警戒したのか半歩ほど後ろに下がる。地面にはスポーツバッグが置かれており、全身黒の学ランが彼を学生だと語っている。


「何ってそれは、」


 少年は言葉に詰まる。

 いざという時の予防線として身を潜める冬弥は二人のやりとりを僅かな隙間から見守る。頼むからヘマだけはするな、と念を送ることは忘れない。


「隠す必要はないわ。私もあなたと()()()()()


 「同じ」と聞いて意味を悟ったか。

 警戒心を解くには自己開示が効果的だというのは人を選ばないようで、少年も固まった体が弛緩する。それでも信用には至っていない。まあ当たり前だろう。一挙手一投足に敏感で身じろぎ一つで体を強張らせている。

 魔術師と仮定しても中身は日本の中学生、恐怖は拭えないということか。


「……そうなのか?だったら証拠を見せてみろよ、証拠を」


「いいわよ」


 目を瞑る。

 カランコロンと石の弾む音が反響する。

 探知のような時間をかけるものではなく速度とインパクト重視の魔術はキーを口ずさめばコンマ数秒というラグで物理法則を歪めた。


「ライト」


 クラッカーより大人しい破裂音と共に直視していた冬弥と少年は視界を白に塗り潰された。


「ちょ、うおあああぁぁーッ!」


「目がああああぁぁーッ!」


 二人の絶叫が木霊した。

面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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