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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第九話

 午前七時五十二分。

 薄めのコートを着てベンチに座る冬弥は感じる肌寒さに買った缶コーヒーに口をつける。

 この寒気が触媒となって缶コーヒーの美味しさが増したように感じた。


 休日と言えども世間一般で見れば平日であることに変わりはなく、スーツに身を包んだ社会人や様々な制服姿の学生が一様に同じような日常を演じていた。

 それを冬弥は私服を着ているからかどこか他人事のように「大変だなあ」などと呟く。自分一人だけ違う次元にいるみたいだ。

 入れ替わり立ち替わり流れていく人の群れを俯瞰的に見ているとふとした切れ間に近づいてくるコート姿の怜がキョロキョロと周囲を見渡していた。

 気づいた少年が立ち上がるとどこにいるか気づいた少女は早足で寄っていく。


「ちゃんと来てたみたいでよかったわ。昨日ゴネてたからちょっと心配だったのよ」


「ゴネてたわけじゃ……。さすがに約束したんだからキチッと行くさ」


 寝起きがあまり良くない冬弥は確実に起きられる自信がなくもう少し遅い時間を希望していた。なんやかんやで押し切られたが。

 果たして起きられるかどうか心配していたが七時を指す目覚まし時計を見てホッと胸を撫で下ろしたのはご愛嬌だろう。


「そう言えばどこに行くつもりなんだ?結局教えてくれなかったけど」


「秋葉原よ」


「秋葉原?あそこはマズいだろ、もし()()()()どうなるかわからんぞ」


「そうね、もし魔術師だってバレたら実験動物扱いされるかもね。あの実験都市ならやりかねないもの」


 実験都市。

 メイド喫茶もアニメショップも、オタクの聖地は見る影も無い。

 かつては電気街として親しまれていた町がそう呼ばれるようになって十年以上の時間が経っていた。当時の面影はほとんど残っておらず、様々な研究機関のビルが乱立していた。

 一般人は観光はおろかパスを持っていなければ立ち入ることさえ叶わず、数多の歴史的発見の最前線であるこの場所は研究者にとっての聖地と化していた。

 しかし都市内の詳細は国に管理されており、そんな輝かしくも全く明かされない内情にいつからか黒い噂が飛び交うようになった。いい話よりも悪い話が耳に入るのはもう人の性だろう。


 曰く、入れば最後二度と戻ることはできない。

 曰く、核以上の大量破壊兵器を開発している。

 曰く、狂った科学者が夜な夜な人体実験を繰り返している。


 等々挙げればキリがない。

 都市伝説のように囁かれるようになった噂は尾鰭を付け足しながら一人歩きし、現実と虚実との境界があやふやになっていった。さながら伝説都市だ。


「第一お前パスは持ってるのかよ」


「持ってないわよ」


 あっけらかんと言い放ち冬弥はなおさらついて行くのが嫌になった。


「どうすんだよ、無理矢理とか嫌だぞ。犯罪者にはなりたくない」


 国に守られている要所に突撃など許容できる範囲を超えていた。

 付近には国軍の基地もあり警備体制でいえば国会議事堂にも引けを取らない。押し通ろうとすれば確実に銃殺されるだろう。

 二人は魔術師であるために強行突破できる可能性も少なからずあるが冬弥の心情としては穏便に済ませたかった。


「ちょっと語弊があったわね。行くのは秋葉原だけどあの都市に行くわけじゃないわ」


 言っていることがよくわからない冬弥は首をかしげる。


「秋葉原の全てが実験都市じゃないってことよ。……こんな所もなんだしそろそろ行きましょう」


 またこれだ。何も詳しく知ることのないまま怜に連れられ改札を抜ける。




 電車に揺られて三十分程が過ぎ車窓からの景色は高層ビルへと変わり、秋葉原に迫るにつれ乗客は減っていった。

 冬弥と怜は並んで座り、終始無言で怜は窓の外を眺めていた。


『お待たせいたしました。まもなく神田、神田で御座います。降り口は左側です。神田の次は終点、秋葉原で御座います』


 秋葉原まであと一駅というところで怜は立ち上がる。


「降りるわよ」


 言われるがままに神田で下車する。

 秋葉原の一駅前だ。誰もいないだろうと思っていたが降りた先にはちらほらと人影が動いていた。


 築何十年経っているのか。最先端技術の結晶である隣の秋葉原駅と違いコンクリートに周りを囲まれた神田駅は所々薄汚れ、冬弥はその出で立ちに歴史を感じずにはいられなかった。

 構内を出れば立入禁止区域の真隣でありながら少なくない人が行き来しており、目の前を自転車に乗った学生やお婆さんが過ぎ去っていく。


「なんて言うか、思ってたのと違うな」


 下町風情のある町だ。側に見える高層ビルとのギャップが異なる時代が乱立しているように感じさせる。

 秋葉原が科学技術による近未来都市と表現するならば神田は古くからの家屋も建ち並ぶ古き良き日本、と言った感じの風景で。

 すぐ側には赤い幟と鳥居が立ち並ぶ稲荷神社が姿をちらつかせていた。


「秋葉原を造る時の区画整理で文化財のほとんどが移築されたのよ。ほら、すぐ横の方が予算がかからないでしょ?でも可笑しなもんよね。人から隠したいものの横に客寄せパンダを置くなんて」


 なんでも上限一杯の予算を都市建設に注ぎ込んだため移築費用の捻出に相当苦労したようだ。そのため古今合わせ鏡のようにハイテクと歴史が隣り合ってしまった。

 本来ならば全国各地に散るはずだったが、その移築すらも無駄だとして神田は手を入れられない街となった。

 そんな背景から神田は歴史保存地区に指定され、休日であれば観光客の姿も見ることができた。


「まぁそれはわかったけど、ここに来た理由はなんだったんだ?観光に来たわけじゃないんだろ?」


「……そろそろいいかしらね。ここにいるのよ魔術師がーーー多分」


「多分?」


「いまいち反応が掴みづらいのよ。チカチカチカチカ壊れかけの街灯みたいに点いたり消えたり。もうくるくるくるくる神経削られるしたまったもんじゃないのよ!」


「私情かよ」


 相当()()いるのか。頭を押さえ、うきゃあああぁぁーッ!、と学校の令嬢みたいな振る舞いからは想像できない奇声をあげた。

 落ち着いた彼女の話によれば、時折異常なまでに魔力反応が膨らむが感じない時間のほうが多いらしく、そのせいで確証を得るには至っていないらしい。


「ってかなんで反応なんてわかるんだ?」


 優れた感知能力を持っていたとしても数キロの範囲をカバーできるほど人間の感覚器は優れていない。魔力など容易に認識できるはずがないのだ。

 さあいざ種明かし。

 内ポケットから抜き出した手から伸びた銀の鎖がチャリンッと澄んだ金属音を鳴らす。

 握っているのは懐中時計だろうか、同じく銀が光を反射する。


「ウラニアの魔針、探知用の魔道具でね、あんまり精度はよくないけど絞り込むだけなら十分の代物よ」


「どこにいるかもわからないのに探しに来たっていうのか」


「手がかりはあるわよ。先週の金曜日は他の日に比べて連続して反応があったわ。だから少しでも可能性がある今日来たのよ」


 いるかもわからない魔術師に会いに行く、と。

 冬弥のメーターは早くも帰りたい数値へ大きく振れた。


 二人は名も知らぬ誰かが魔術を使うまですることがなくなった。仕方なく浮いた時間を潰そうと駅前にあった喫茶店に入る。


「ご注文は?」


「ブレンド珈琲で」


「ダージリンで」


 見るからに未成年である二人には不必要な灰皿を回収し、店員はカウンターへと戻っていく。

 この無為な時間に気になっていたことを怜に尋ねた。


「そういえばさ、那上ってなんであの町に越してきたんだ?魔術的に使いやすい場所なんて他にいくらでもあっただろ?」


「……別に大した理由なんてないわよ。たまたまあそこに伝手があっただけのことで、ましてあんたが考えているような怪しい黒い秘密なんてね」


「そんなもん考えてないって。……それで、性格はともかく実力がどうっていうのはいつ見せてくれるんだ?わざわざ戦うためにその魔術師に会いに行くわけじゃないだろ?」


 珈琲と紅茶がウェイトレスの手で運ばれてくる。

 透明なポットの中で茶葉が上下に揺れ動き、ベリー系のフルーティーな香りとマスカットフレーバーが絶妙な香気で二人の鼻孔をくすぐった。

 怜は注文したダージリンをカップに注ぐとそのまま一口含んだ。


「当たり前じゃない。仲間、までは現実的じゃないけど最低限不干渉にもっていけたらそれがベストよ。でもそうじゃない手合いも多いのも事実だし、戦闘の可能性も捨てきれはしないわよ」


「できればそれは勘弁してほしいなあ」


 クルクルとティースプーンを回す。

 前日予想した厄介事を引き当てそうで冬弥は帰りたい気持ちでいっぱいになった。


「美味いなこれ」


 普段のグラム十円ほどのインスタントや缶コーヒーとは似て異なる味わいに冬弥は驚きを隠せなかった。似ているのはコーヒーという名前くらいだ。これが珈琲ならば自分が飲んでいたものは何だったのかと常識が塗り替わっていくのを残った余韻の中で感じた。もしかしてカタカナと漢字の違いだろうか。なら今度は漢字のパッケージのものを買おうとよくわからない決意をした。

 怜は飲みなれているのか大した反応は見せていない。

 これが貧富の差か。このブルジョアジーめ。


「そこまで驚くものかしら。これくらいだったら家でも飲めると思うけど」


「俺の家にはバリスタはいないんだよ……」


 淹れる人間以前の問題があると思うのだが。

 冬弥と怜の飲食の格差が明らかになったところで怜が持ち上げたカップを口へ運ぶ途中、口につけるより前にソーサーに戻した。


「動いたわ。行くわよ、そこまで離れてはいないようだし」


「まだ飲みかけなんだけど……」


「そんなの帰りにまた寄ればいいじゃない。目的はちんたら珈琲飲むことじゃないでしょ」


 サッと会計を済ませ店を後にする怜に続くのは後ろ髪引かれる冬弥で、その瞳は飲みかけの珈琲に釘付けだった。

 絶対また来よう。

 そう店を振り返るのに時間はいらなかった。

面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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