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終末世界の救済術式  作者: 永依 聖
第一章 機人は世界に終わりを告げる
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第七話

「ほう?よもや我に挑むか?その心は実に良い。そのような者、この数百年余りおらんかったからのう。いやしかしまだ()()。楽しむにはまだ若し、……どれ、少し見てやろうか」


 抵抗と取られてしまってはもう遅い。

 瞬きの間にゼロ距離となった冬弥の額に雪白の指がそっと触れる。

 反応すら許されない行動に冬弥が気付いたのは全てが終わった後だった。どれだけ気を張っていようと無意味だと自覚させられ残ったのはひやりと冷たく柔らかい指の感触だけだった。

 触れられたという事は認識できたものの、フラッシュバックしたかのように位置関係は元に戻っており、背中を冷たい雫が伝った。

 為す術なく殺される。少年は自身の未来を幻視した。

 眼前で揺るぎようのない事実を証明されたことで冬弥の足はもう動かなかった。


「…クッ……ククッ………ハハハッ!なるほど、なるほどのう!これは良い!お主なかなかよいものを持っておるではないか。百、いや千に一つの天賦か将又。実に懐かしい思いをさせてくれるわ!」


「ッ!」


 しかし現実は奇なりとシリアスをぶち壊す少女がそこにいた。

 堰き止められたものが溢れるように突如笑いだしたイニアリテール=ネクロに気圧され後ずさる。


「よい!実によいぞ小僧。どうこうするのは止めよ、何故お主がそれを持っておるかはわからぬが、ここで摘むにはあまりに勿体なき事よ。それこそ虚仮とされようぞ」


 話と状況に置いていかれた怜は何が起きているのか理解しようとノンストップでエンドルフィンが生産されていく。自分一人何一つ知り得ないというこの環境は今最も彼女に恐怖を感じさせる要因となっていた。

 何を悟ったのか。

 心臓に添えられたナイフは確実に削がれたのか。

 生の安心感が湧き戻るには与えられる情報が少なすぎた。


 それにひきかえ冬弥は別種の焦りを抱えていた。

 顔から読み取れるのは僅かだがその瞳には明確な敵意が宿っていた。


「……何を見た?」


「何とは異な事。更なり、その全てよ。然る事であろう?最もその深淵まで見ることは叶わなんだが。しかし大枠を知るには十分よ。これで端くれとは、自己評価が些か低いのではないかのう」


「俺達をどうするつもりなんだ?」


「質問が多いのう。言ったであろう?手を出すのは止めよ。果実を極上の甘露になると知ってなお未熟なまま刈り取る阿呆はいまい?」


 至極当然とばかりに答える。

 その本意を理解できるだけに冬弥はイニアリテール=ネクロの計りきれない底に戦慄を覚えた。


 未だ無知の範疇にいる怜には会話の中からは見逃されたこと以外を知ることはできず、人間としての安堵と魔術師としての探究心からくる知的好奇心とがせめぎ合っていた。

 逡巡は一瞬。

 意を決し、一歩を踏み出す。

 手の届くところにありながら無関係を許容する、神秘を追う魔術師としてむざむざと受け入れられるはずがなく、なにより自身のプライドが許さなかった。


「待ちなさい!……まだ、終わってないわ。聖教会の神罰対象に名前があったはず。なんで死んだはず大物がこんな地方都市にいるのよ。気まぐれとは言わせないわよ」


 普段通り冷静でいればこんな質問をすることもなかっただろう。勝てない戦いに挑むほど怜は馬鹿でも勇者でもなかった。

 しかし拮抗していた感情のメーターは振り切れ、思考するより先に呼び止めた結果だけがそこにはあった。一種のランナーズハイに似た状態だったのだろう。


 一人は驚き、また一人は笑う。

 その対象となった当事者の顔にはイニアリテールからすれば可笑しいまでの蛮勇がぺったりと貼られていた。


「ここでそれは勇とは言えんぞ、血気というものよ。宴ももう終幕よ。赦しの時とはそう長くは続かぬもの。動かずにいれば良いものを、いらぬ矜持が塞いたかのう」


 たいして面白くもなさそうにイニアリテールは足を微かに震わせる怜を見やる。震えるくらいなら立たなければいい。それでも立ってしまった少女に垣間見える精神形成(バックボーン)に如何ともしがたい感情を向けた。

 ぶり返した空気感は芽生えていた安心感を刈り取り冬弥は振り出しに戻された気分に陥った。


「まあ、よい。今宵は快いからのう。少少の戯れは広い心で流し去ろう。喜べ小娘、我が下郎相手に不敬を許すなどそうあることではないぞ。今日という巡り合わせに感謝するがよい」


 余程気分がよかったか、二人を圧倒する存在感はそのままだがその中に殺意は微塵も混ざってはいなかった。

 死んだとさえ思った冬弥は止まっていた呼吸を再開し溜まっていた空気を吐き出した。

 怜もまた同様だったのか深く息を吐き地べたに座り込んだ。


「……して、なぜここにいるか、だったかのう。別段隠す理由もない、正しく言った通りよ。単なる偶然、目的があるなど邪推もいいところよ」


「本当か?」


「応とも」


 素直に答えたことに驚きを隠せない二人だったがそれが真実など確かめるすべはなく、それ以上深く探る気力も勇気も今の二人には残ってはいなかった。何より自由気ままな振る舞いのイニアリテールの言葉には嘘に付きまとう反応が一切なかったことも追及をしなかった要因か。


「……最近の失踪事件もお前の仕業なのか?」


「失踪?さての、何のことかはわからんのう。友人でもいなくなったか?」


「そういうわけじゃないが……」


 会話は途切れ音が消える。

 鼓動の速鳴りが嫌によく聞こえた。


「もう良いか?なければそろそろ我はいくとしよう」


 静寂を裂いたのはイニアリテールだった。

 普段から多数のアンデットで周りを固めているからか静寂というものが苦手だったのか。


「どこにいくんだ?まさかこのままあっちへ進んでいくつもりじゃないよな?」


 冬弥は希望を込める。

 失踪事件はだんだんと北上してきている。

 このままいけば間違いなく自分たちの街までやってくる。それだけは避けたかった。


「わかっておる。暫しの間は小僧の前には現れんよ。時期が良かったからな。減っておったぶんは()()()()()()()()()。折角なら一泡吹かせに行こうとな」


 そう言う死霊少女は先ほど見ていた西の空を指差す。


「精進しろよ小僧。然もなくば我が見逃した意義がないからの」


「……わかった」


 安易に強くなれと言われているのか、冬弥にもわからなかったがただ無言で頷くしかなかった。


「うむ、では次相見える時を楽しみにしているぞ」


 踵を返し冬弥と怜に背を向け死霊の軍勢へと戻っていく。

 その奥を現れた時と同じような靄が包む。濃密なそれは一面を白一色に塗り替えた。

 死霊達は一体、また一体と吸い込まれるように消えていった。


 最後に一人残ったイニアリテール=ネクロはその足をふと止め振り返った。


「そうよ、一つお主らにアドバイスをやろう。そうよな………黒には気をつけるが良い」


「黒?」


「そう黒だ。これ以上は言わんよ、あれしき超えられんでは先も甚だ思いやられんからのう」


 カカッと楽しげに笑う。

 そう残すと少女は靄の中へ溶けていった。


 と同時に結界は解かれ、十数分もすれば何事もなかったかのように人が二人の周りを埋めた。

 茫然する二人を尻目に人の流れは加速していった。

 何もできなかった。

 過ぎ去ってみれば強い後悔が冬弥を苛み掌の爪痕から薄く血が滲んだ。それでもこれで行方不明の被害がなくなると考えれば胸を撫で下ろさずにはいられなかった。


 度重なった偶然は必然となり二人に襲いかかり、予測できない未来を剪定した。

面白いと感じた方はお付き合いいただけると嬉しいです。

次は明日0:00投稿予定です。

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