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毒見


「ではまず、毒見についてですが私が先に料理を食べて、大丈夫だと判断したものだけを皿によそいますので、それを召し上がって下さい」


 その提案に成蓮も了解したというように頷く。


 すると、廊下側の扉が開き、料理の盛られた皿を持った侍女達が室内へと入って来る。彼女達の後ろから、夕食の支度のために席を外していた蒼信も戻ってきた。


 長い台の上に五種類の料理が盛られた皿が置かれ、他にも飲み物が入った冠水瓶(かんすいびん)と取り分ける皿などを置いてから、侍女達は静かに下がっていった。


「本日の品書きとしましては、こちらから茸の煮込み、鴨の蒸し焼き、野菜の甘辛炒め、川魚の(あん)かけに、杏の砂糖漬けでございます」


 蒼信がうやうやしく、口上を述べるように料理の品書きを見ながら紹介していく。


 これ程までの品数の料理を見るのは久しぶりだが、皇族の食事にしては品数が少ないし、豪勢さもないように見えて思わず蒼信の方を見ると、夕明の言いたい事を理解しているのか軽く頷くだけだった。


「では、夕明様、宜しくお願い致します」


「はい」


 夕明は全ての料理を小皿に取り分けて、自前の毒見用の銀の箸を使って、毒見を開始する。


 箸や皿が銀製だと毒に反応した際、色が変質するため目に見えて分かりやすいのだが、自分の視覚だけを頼るつもりはない。箸はあくまで道具だ。毒見をする上で信じているのは自分の感覚全てと培ってきた知識と経験である。


 まずは茸の煮込みからだ。味噌で煮込んでいるらしく、彩りは地味だが、香り高く、茸によく味が染みている。匂いを嗅いでも特に変に思われる香りはしない。


 夕明は一口、料理を口に含んでから、吟味し始める。


「……」


 その場に、緊張の糸が張り詰める。成蓮も蒼信も表情がこわばっているようだ。

 料理の味をしっかりと確かめてから、噛み切ったものを喉の奥へと飲み込んで、夕明はぱっと顔を上げる。


「……はい、大丈夫です。とても、美味しいですよ」


 夕明の答えに二人は同時に安堵の表情を見せた。やはり、毒見を間近で見るのは緊張するらしい。

 小皿に茸の煮込みを取り分けて、成蓮の前へと置く。


「ありがとう」


 成蓮は頷いて受け取り、先程よりも幾分、柔らかになった顔で料理に箸を付け始める。


「では、次はこちらの鴨のお料理を」


 鴨の蒸し焼きを切り分けて、自分の皿へと取り、一口食べてみる。出汁(だし)が染み込んでいるのか、噛めば噛むほど鴨の味が口いっぱいに広がっていく。これも特に、味に変化はない。


「こちらのお料理も大丈夫みたいです」


 成蓮の分をすぐに切り分けて、小皿に料理を載せてから目の前へと出す。


「……すぐに毒が入っているかどうか分かるものなのか?」


 夕明の素早い手際を疑問に思ったのか、料理を食べていた成蓮が顔を上げる。


「はい。確かに毒というものは即効性があるものもあれば、身体への影響が遅れてやってくる遅効性(ちこうせい)のものもあります。ですが、私は毒そのものの見た目、味と匂いを判別出来ますので、少しでも毒の味がしたら、すぐに分かるんです」


 そう答えると成蓮は驚いたように目を見開き、固まっていた。さすがに、常人の技ではないため、そのような表情をされるのも無理はないだろうと夕明は小さく笑う。


 次は野菜の甘辛炒めだ。同じように小皿に取り分けて、口へと運ぶ。唐辛子と一緒に炒められた野菜の中に、甘味と辛味が調和したような味だ。


 だが、夕明はその見分けにくい味の中に一つだけ以前、毒として味わったことのある苦味が入っていることに気が付く。


「っ……」


 すぐに箸をおいて、口に手を当てて黙り込む夕明の姿を見て、成蓮が腰を上げるのが目に入った。


「夕明殿……!」


 異変に気付いたのだろう。蒼信も夕明の傍へと近づこうとしたが、それに対して片手を挙げて、動きを制した。


「大丈夫です。ですが、こちらの野菜の料理は食べない方が良いでしょう。猛毒ではありませんが、微かに毒の味特有の苦みがありました。恐らく、野菜と一緒に混ぜて入れられているので、毒草の場合があります」


「……!」


「この料理は私がお預かりしていても宜しいですか? どの毒草が使われているか調べた上ではっきりと分かってからご報告致しますので」


 夕明は成蓮が間違って口に入れる事態にならないように、毒草の入っていた野菜の甘辛炒めを長い台の端の方へと移動させる。


「分かりました。本来なら、監察御史が調べる役目を担うものですが、我々よりも夕明様に頼んだ方が、正確に毒の種類を見分けられそうですからね」


「ご信用していただき、ありがとうございます。では、次の料理に移りますね」


 そう言って、再び料理に手を伸ばそうとした時だ。


「待ってくれ! ……君は大丈夫なのか?」


 成蓮が突然大声を上げて、夕明を止めたのだ。


「え? 大丈夫、ですけど……」


「どうしてそんなに平然としていられるんだ……! 今、君は毒を食べたんだぞ!」


 悲壮(ひそう)、とも言えるような表情で成蓮は訴えかけるように眉を深く寄せながら唇を噛み締めていた。


「……これが、お役目だからです」


 静かに、穏やかに、何事もないように夕明は答える。


「私のこの身は、陛下や皇族などの貴人のために使うことを役目として生きております」


「だからって……」


 言いたいことは分かっている。彼は優しいのだ。だからこそ、他の皇族達が道具として斉一族を見ていたというのに、彼だけは「毒見役」を普通の人間として扱ってくるのだ。


「なので、毒を食べずに済んで良かった、という心持ちでいてくれなければこちらも毒見役がやり辛いですよ」


 出来るだけ明るく、何事もないのだと伝えられるように表情を緩める。


「……」


 まだ、成蓮の中で納得はしてくれていないだろう。だからこそ、大丈夫だと言うように夕明は笑うしかなかった。


「さて、続きを始めます。その間にお料理を召し上がっていて下さい。冷めてしまっては勿体ないですから」


 成蓮が微かに頷くのを確認してから、夕明は再び箸を手にして魚の餡かけに手を伸ばした。

 ちらり、と視線だけ成蓮の方へ向けるが、彼は何か考えているのか眉を深く寄せたまま難しい顔で鴨の蒸し焼きを食べ始めた。




・・・・・・・・・・・・・・・



 その日の食事は結局、野菜の炒め物だけに毒物が仕込まれており、それ以外のものは無事だった。だが終始、難しい顔のまま戻らなかった成蓮の事が気掛かりだ。


「……夕明様、本日はありがとうございました」


 夕食後、途中まで見送ると言って、蒼信が先導するように廊下を歩いてくれていたが、そこでやっと口を開いた。


「いえ、私はこういう役目ですから」


 そう苦笑しながら答えつつ、手に持っている野菜の炒めものが載った皿に目を落とす。


「殿下は……これまでに何度も命を狙われたことがあり、それによって周りの者が傷つくことがしばしばあったため、人を傷つけてしまうことを極端に恐れるようになったのです」


「……お優しい人、なんですね」


 毒を食べた時、成蓮はとても心配そうな顔で自分を見ていた。まだ、会って間もない間柄で、しかもこちらはただの毒見役だと言うのに、彼は本気で心配していたのだ。


「はい。……今、帝位争いが目に見えて活発になっております。本人にそのご意思がなくても、巻き込まれてしまうので、何度か官位を返上しようかと考えられたこともありました」


「……」


 夕暮れよりも暗い色が空に広がり始めている。侍女だろうか、女達の話し声もどこか遠くから聞こえた気がした。


「……蒼信さん、殿下っていつもどのようにお過ごしなんですか?」


「え? ……太子であられる兄上様とは違って、日常でこなす執務が多い方ではありませんからね。普段は書物を読み、剣の稽古などをなさっています。たまに我々、監察御史に混じって談笑することもありますね」


「……もし殿下に時間があるなら明日、朝食の後に水蓮宮へとお招きしたいのですが、宜しいでしょうか」


「水蓮宮……にですか?」


「はい。……お茶にお誘いしようかと思いまして。もちろん、食事に毒を盛られている状況下なので、殿下がお断りなさるなら、それでも構いません」


 にこりと微笑むと蒼信は意外だと思ったのか、目を丸くして、そしてふっと目を細めた。


「分かりました。殿下には私からお伝えしておきましょう。確か、明日は急ぎの用事はなかったはずですから。……美味しいお茶菓子を用意しておきますね」


「ありがとうございます」


 池の桟橋へと歩を進め、夕明はふっと後ろを振り返る。


「しばらく、殿下のことは私に任せてもらえませんか? ……毒見役というのは、ただ単に役目を遂行するだけではなく、仕えている主からの信頼を得るのも大事だと思うんです」


「……」


 蒼信は何も答えなかったが、表情は柔らかいままで頷いてくれた。彼も成蓮の身が心配なのだ。それ故に、少しは気が休まる時があればいいと同じように思っているのかもしれない。


 夕明は蒼信に頭を下げて、小舟へと乗り込む。手には毒を盛られた皿。


 ……安寧な日々を。


 成蓮は穏やかで、優しい人物だ。彼のような人柄なら、この宮殿で生きるのは簡単ではないだろう。

 だからこそ、いつか手に入れて欲しいと思う。そして、その手助けを自分はしたい。


 それがたとえ、成蓮が自分の毒見を望んでいなくても。

     

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