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靄かかる日々

 

 近頃、帝の体調は悪く、筆を取れる状態ではないため、次の帝を誰にするか、という勅書が作成出来ないのだという。

 しかも、帝の体調がたまに良い時は、柳邦(りゅうほう)の母である張妃(ちょうひ)が傍にずっといるため、太子である理桂(りけい)が帝と話す機会を与えないようにしているらしい。


 このままでは、本当に武力による衝突が起きかねないと教えてもらったのはつい先ほどのことだ。そんな緊迫した状況が続く中でも、成蓮が住まう小雪殿(しょうせつでん)での日常は特に変わりないように思えた。

 もちろん、日々の食事に毒を仕込まれることは別として。


「今日は点心(てんしん)の中に、毒茸ですか……」


 朝食の片付けをしながら蒼信が複雑そうな表情で呟く。点心の中身は白菜と(にら)、ひき肉と茸だった。そのうちの茸が有毒だと食べてすぐに気付いたのだ。


「味付けは美味しかったんですけどね、すぐに食べて苦味を感じましたから。ただ、細かくすり潰されているので、何の種類の茸までかは分からないですけれど」


「いえ、それだけ分かっていれば十分ですよ」


 少し確認することがあるからと言い置いて、蒼信は部屋から出ていった。残りの片付けは侍女がやってくれたため、夕明はそれを離れた場所から呆けた様子で眺めていた。


「夕明殿?」


「え? あ……、すみません。何でしょうか?」


「いや、具合が悪いのかと思って……。毒の影響は……」


「特に気分が悪いわけではないので、平気です。毒茸に対する耐性も付いているので大丈夫ですよ」


 友人である雨鈴から自分の噂について聞いてから、何となく心の奥に詰まるものがあり、気丈に振舞っているつもりでも、上手くいかない事がよくあるようになった。

 何となく、この気持ちの収まりがつかないため、ずっと(もや)がかかったような気分が続いてしまっている。


 だが、それを成蓮や蒼信に話すわけにはいかず、悶々とした日々を送っていた。


「そういえば、もうすぐ蓮の花も満開になるので、良ければ今度、蓮見でもしませんか?」


「あぁ、もうそんな時期か……」


「朝方に咲く花ですから、朝食前か、朝食後に宜しければご一緒しませんか? お茶をご用意致しますよ」


「では、楽しみにするとしよう」


 穏やかになった成蓮の表情を見て、夕明もほっと息を吐く。


 覚られるわけにはいかないのだ。ただ黙って、耐えていれば、噂なんてすぐに消えるだろう。

 そもそも、自分には知り合いが少ないため、そのような噂を持ってくる者の方が少ないのだ。耳に入らなければ、煩わしさも感じないはずだ。


「……この後、水蓮宮を訪ねてもいいだろうか」


 静まった空気を先に破ったのは成蓮だった。


「この間、借りた書物を返したいんだ。……また、色々と薬学について教えてくれないか」


 先日、薬草に関する書物を成蓮に貸してから、彼はかなり薬草について興味を持つようになっていた。

 毒草についてはさすがに扱いが危険なので、近づけさせないでいるが、夕明が普通の薬を作るさまを成蓮はその隣で興味深く覗き込んだりしていた。


「いいですよ。では、今から参りましょうか」


 夕明の誘いに成蓮は快く応じる。そういえば、光明節(こうめいせつ)の準備がある間は一度も水蓮宮に訪れてはいなかった。よほど、行きたかったのだろう。


 今は情勢の変わり目だ。そんな息苦しい中で、少しでも気が楽にできるならば、自分は成蓮のどんな頼み事でも引き受ける心持ちでいる。

 例えば、彼が自分のことが不必要だと言えば、下がる覚悟さえ持っているのだから。

      

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