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クウェーサー・ホリック!  作者: 星花 紫苑
プロローグ 入学までの一年
6/6

散歩

「...さすがにこれは」

「いくら必要ですか?」

「いや、いくらとかそういう問題じゃねえよ。根本が折れかかってるし刃の部分も穴ぼこだらけ。もはや修理不可能じゃねえか」

「それじゃあ買い換えるしかないと」

「そういうことになるなあ」

「お気に入りだったんですけどね」

「だったらとっとと休ませてやれ」


武器屋のおじさんはそういって私のナイフをカウンターの奥にしまう。多分あのナイフはいずれ処分されるのだろう。


「じゃあ護身用のナイフをいくつか見せてくれませんか?」

「...あー、嬢ちゃん今いくつだ?」

「九歳です。そろそろ十になりますが」

「学園にすら入ってねえのか」

「...もしかして子供には売れませんか」

「外聞は良くねえな。だがこれほど使い込まれたナイフだ。

 代わりがないと生活的にキツいんだろ?」

「それはまあ」

「じゃあ売ってやる。あまり外に言いふらすなよ」


おじさんはそう言いながら店の奥に引っ込んでいく。

その間に私は店の中を物色することにした。


他の店に比べて武器の値段は安く、ところどころに不良品らしきものもあるが、ほとんどの武器は必要最低限の性能は保たれている。


ただ普通の武器はあるが高性能の武器がない。至高の品、匠の品と呼ばれるものがひとつもない。

冒険者、騎士団らしき人が全く居ないのはその辺りが原因だろう。


...まあ、匠の品を買うお金はないからそこは大した問題ではないんだけど。

それにここのおじさんは物分かりがいい。王都にいる間はこの店にお世話になることだろう。


しばらく待っていると、おじさんが五本のナイフと共にカウンターに戻ってきた。

五本とも革製のケースにしっかりと収まっている。



「わりいな、ナイフは五本しかなかったわ。野郎共は剣と槍しか買わんからなあ」

「いえ、大丈夫です」


おじさんに許可をもらって一本一本、ナイフを確認する。

握ったときの感覚、切れ味、質量を丁寧に確認する。

確認した結果、私は三本のナイフを購入することにした。


「んじゃ、これが値段ね」

「......」


安すぎない? 詐欺とかじゃないよね?


「あの、このナイフ、呪いとかかかってるんですか?」

「はは、面白いこと言う嬢ちゃんだ。そんなんじゃねえから安心して買っていきな」

「...それじゃあ、ありがとうございます、おじさん」


財布からいくつか硬貨をおじさんに渡してナイフを購入する。

一つはベルトにケースごと装着、残りの二本はコートの袖に付けた隠しポケットに収納する。

できるだけおじさんに見られないように。


最初は隠しポケットに収納するだけでも相当苦労したけど、人間、習うより慣れろとは、よく言ったものだ。




...それにしても本当に私みたいな子供に売って大丈夫なのだろうか?

いや、心変わりされても困るから改めて確認する気はないけれど。


「それじゃあね、おじさん」

「ああ、こっちこそありがとな」



「...あの」

「なんだ?」

「また買いに来るので閉店しないでくださいね」


私の言葉に武器屋のおじさんは苦笑して、

「余計なお世話だ、クソ餓鬼が」と言いながらも手を振って、見送ってくれた。

 









「おかえりにゃ、シュヴィちゃん!」

「お待たせしました、マイン様、アキナ様」

「ちゃんとしたやつ買えたの?」

「はい、無事に」

「それは良かったわね」


ツンとした態度のアキナ様とニコニコしたマイン様。

対照的な二人だけど二人とも優しい人だ。


ほぼ初対面の私のあいさつに反応してくれただけでなく、

私の買い物に付き合うと言ってくれたのだ。


改めて思い返してみると、優しい貴族と接するのは随分と久しぶりな気がした。


「ところでシュヴィちゃん、どうやってあの武器屋を見つけたのにゃ?」

「どうやって、ですか?」

「武器屋に案内しようとしたら、急に暗い裏路地に入っていったんだもの。私もマインもビックリしたんだから」

「それは...すみません、私が他の人より隠れたものに敏感なことを失念していました」


...なるほど客が少ないのはそもそも見つけられないからか。

今度おじさんに言っておこう。


「へえ、あんな薄暗いところから見つけ出せるんだ...すごいわね」

「結構不便なときもありますが」

「そう? すっごく便利だと思うんだけど」


まあ、便利といえば便利なんだけど。


「んで、シュヴィちゃん、次はどこに行くにゃ?」

「次はギルドに行こうと思ってます」

「ギルド?」

「仕事を探してるんです。出来れば安全な仕事が欲しいのですが」

「仕事って、お金ないの?」


アキナ様が不思議そうにそう尋ねてきた。


「いえ、おじ...バルザ様から資金はいただいているのですが」


平民紛いの私の事情を気にする貴族も珍しいと思いつつそう答えると、アキナ様はますます不思議そうに首を傾げた。


「じゃあ、働く必要はないじゃない」

「いえ、その、少し資金が必要というか」

「ははーん、さては、プレゼントだにゃ?」


と、なかなかいいタイミングでマイン様が口を挟んできてくれた。


「はい、そうなんです。感謝の気持ちとしてプレゼントを送りたいと思っていて。

 でもバルザ様から頂いた資金で買うのもどうかと思いまして...」

「ふうん、プレゼントかあ...分かったわ。ギルド、案内するから着いてきて」

「お嬢様、私にもプレゼントくださいにゃ!」

「気が向いたらね」


素っ気なく言ったアキナ様は私たちよりも先に歩きだす。

私とマイン様はそのあとに続く。


「ありがとうございました、マイン様」

「ん~? 何のことかにゃ?」



...気づいていないふりをするなら、こっちも合わせようかな。


「ところで何でお金を貯めてるのかにゃ?」


.........結局突っ込んでくるんですね。


「お金はいくらでもあったほうがいいと思いまして」


嘘は言ってない。あまりにも説明が大雑把すぎるってだけで。



「まあ、それもそうだにゃ」


マイン様も元から興味などなかったようだ。笑顔であっさりと流されてこの話は終いになった。

その後私はアキナ様とマイン様の仲睦まじい会話を聞きながら、もくもくと、ギルドへの道のりを歩いていった。






「...おじさまから話は聞いてたけど」


想像以上にギルドは巨大な建築物だった。見たところ三階建てで、入り口には大人三人が並んで入れてしまうような扉が二つついている。

壁は目映いくらいの白で染められており、城下町のシックな色合いのなかに建つそれは明らかに異質な存在と化している。


壁の中央部分には、商業の象徴である計算機と、冒険者の象徴である二本のナイフが、王族の象徴とされる金色で彫られており、この建物が王国のなかでも重要な役割を担っていることが容易に想像できた。


...だからこそ、このギルドを見て思ってしまうことが、



(『あの村』のギルドとは比べ物にならないわね、本当に)


あの村とは、おじさまと三ヶ月だけ過ごした、とてもお世話になったメブさんが暮らすあの村のことだ。


村で仕事を探すときにギルドと呼ばれる建物を利用していたのだが、目の前のギルドを見てしまうと、あの村の建物をギルドと呼んでいたことに違和感すら覚えてしまう。


(まあ、だからなんだって話なんだけど)



「ちょっと何ぼんやりしてるのよ」

「お嬢~、シュヴィちゃ~ん、中に入るにゃよ~」


っと、いけない。


「すみません、今行きます」



その後私はギルドの中でめぼしい仕事がないか探してみたのだが、九才以下の子供が受けられる仕事が一つもなかったため、すぐにギルドから退出することとなった。





「仕事見つからなかったにゃー...」

「こんな日もあるって割りきることにします」

「確かにそれが一番いいかもね」


とはいえ薬草摘みとか荷物持ちだとか、最悪、家の掃除ぐらいはあると思ってたんだけどなあ...

まあ、ギルドの場所が分かっただけでも収穫か、また今度来ればいいし。



「さてシュヴィちゃん。次はどんなところをご希望かにゃ?」

「いえ、もう特に出かける予定は...」

「あ、それじゃあシュヴィ、ちょっと付き合ってほしいことがあるんだけど」


意外にもアキナ様の方から私に提案を持ちかけてきた。

私の顔を覗きこみながら、私の返答を待っている。


今日は色々な場所に案内してもらえたし、お礼も少し兼ねて付き合う方がいいだろう。


「分かりました、私でよければお付き合いさせていただきます」

「ありがとう、それじゃあ着いてきて」


アキナ様は今まで通ってきた道を引き返して、迷いのない足どりでどこかへと向かっていく。

急に足取りが軽くなったことに驚きつつも、小走りで彼女のペースに着いていく。

軽く呼吸を整えながら、アキナ様の表情を覗いてみる。


......無表情を装ってはいるんだけど、完全には隠しきれていない。分かりづらいけど、確実に、ニヤついている。


「アキナ様、一体これからどこへ?」

「私の家よ」


......アキナ様の家?

目的地を聞いて困惑している私に気づいていないようで、アキナ様は食い気味に私に尋ねてくる。


「貴女、体鍛えてるんでしょ?」

「ええ、それなりに、ですけど」


そう反射的にそう答えると、咲いた、という表現がピッタリと当てはまるぐらいの極上の笑顔を浮かべながら、さらにその足取りを軽くする。

もはや喜びを隠そうとする様子もなく、陽気に下町を歩くその姿は、下町ではしゃぎ回る子供そのものだった。




......まあ、なるようにしかならないよね。

私はアキナ様のハイテンションを見なかったことにして、彼女の後ろを着いていくことにした。





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