視点変更 謎の女の子
「ただいま、アキナ!」
「お帰りなさいませ、アマテ兄様」
「ああもう、本当に疲れたよ...」
「ふふ、お仕事お疲れ様です......えっと、それでこの方は」
「ああ、俺が捜索していたバルザ様だ」
アマテ兄様のすこーしだけ嫌悪が混じった目線の先には、我が家の入り口に無表情で佇む、髪が真っ白に染められた六十代の男性...つまりバルザ様と呼ばれる方が立っていた。
六十代、とは言っても、アマテ兄様から事前にバルザ様の情報を少しだけ聞いていたから分かることであって、見た目だけで判断するなら四十代に見えるほど若々しい。
身の丈はアマテ兄様と同じくらい。それなのにお兄様とは比べられないほどの威圧感を醸し出している。その桁違いな威圧感に少なからず気圧されてしまう。
しかし、貴族としてそれを相手に察せられるのはよくない。身内だけのときはともかく、外の人の前で気圧されているのをを隠さずに出しちゃうのは、本当によくない。
私は軽く呼吸を整えて、初対面となる王国騎士団の第三騎士団団長に淑女の礼をとる。
...ええっと、ドレスの端を摘まんで素足をさらさない程度に持ち上げて、っと。
「お初にお目にかかりますバルザ様。私はグリフィオール家の三女、アキナ=グリフィオールと申します...い、以後お見知りおきを」
わわわ、危ない、少し噛みかけちゃった。
「ああ、お初にお目にかかりますアキナ嬢。私はしがない騎士の一人ゆえそのように畏まる必要はございません。私のことはバルザ、とでもお呼びください」
...あ、あれ、想像していたキャラと違う? もうちょい厳つい感じだと思ったんだけど。
「...すみません、アキナ嬢、私の方からも一人紹介してもよろしいでしょうか?」
え、紹介? 紹介って.....おわっ!?
噛みかけたことに気まずくなって視線をそらした先には私と同じくらいの女の子がひっそりとバルザ様の隣にたたずんでいた。
......い、今の今まで気づけなかったなんて...疲れてるのかしら、私。
と、とりあえず、落ち着いて、冷静に...よし!
「ええ、構いませんわ。それで紹介したい方というのはどなたでしょうか?」
まあもちろん、目の前にいる女の子のことなんだろうけど、確認するのって大事なことですので、はい。
私がそう許可を出すとバルザ様は隣にいる女の子と視線を交わす。
その後バルザ様は一歩後退し、逆に女の子は一歩前に進み出た。
第一印象としてはあまりパッとしないものだった。
不細工じゃないけど、可愛いって訳でもない、普通の女の子。
貴族と言うには少しばかり肉が足りないから多分平民。
強いていうならすこーしだけ男の子っぽく見えるけどそれも本当に少しだけだ。
黒い髪に茶色の瞳。シャープな小顔。
焦げ茶色のブカブカなコートを袖を何度も巻くって着用し、背中には大きめのリュックを背負っている。
その格好を見て覚えたのは微かな違和感、そして歪さ。
なぜそれを感じたのかは分からないけど...なぜだか猛烈に胸騒ぎがする。
この違和感を無視してはいけないっていう胸騒ぎが。
「初めましてアキナ様」
歪さを醸し出す女の子は完璧な淑女の礼をとってみせた。コートの裾をドレス代わりにして恭しく頭を下げている。
「シュヴィと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
「...貴方はバルザ様とはどういうご関係なんですの?」
「バルザ様は...私の親代わりです」
親代わり...養子ってことかしら?
私が感じる歪さを除けば、どこにでもいる平民の女の子に見えるんだけど。別段、魔力量が異常というわけでもない。
むしろこの量だと平均よりも少ない方だ。
アマテ兄様の話によればバルザ様は情で動く人ではないと言ってたし、なんの利益もなしに養子なんてもらわない人だと思うんだけど。ああでも頭がものすごく良いのかも。
少なくとも彼女の振る舞いは淑女の鑑と言っても差し支えないものだ。
その振る舞いを私と同じくらいのときに身に付けているとすると、異常なほどに優秀だ。
十分に囲いこむ価値がある傑物だと言える。
...ん、でもちょっと待って?
平民が淑女の振る舞いを覚えられるものなの?
自分が今まで積み上げてきた当たり前を放り捨てるなんて、とてもじゃないが私にはできない。
それとも彼女は傑物だからそういうことを楽々と行ってしまうのだろうか?
...それとも、没落貴族とか、そういうわけあり?
それはそれで別の疑問が付いてくるし...
歪さの正体はこれなのかな? でも、なんだか、それだけではない気がするし...ああ、もうわかんない!!!
「アキナ嬢」
「な、なんでしょうか、バルザ様?」
考え事してるときに急に話しかけてくるのやめてくれない!?
ビックリするのよ!
「シュヴィのことをよろしくお願いします」
さきほどとまるで変わらない無表情でバルザ様はそう言った。なぜそれを、見ず知らずの私に言ったんだろう?
その言葉の真意を私は読み取ることができない。
「...その機会がありましたら、こちらこそよろしくお願いしますわ」
だから私は社交辞令で返すことにした。
ニッコリとバルザ様と女の子に微笑み、一礼したあと、私はすぐさまその場を離れた。
...触らぬ神に祟りなし、という言葉もあるし、あまり彼女とは関わらないようにしよう、うんそうしよう。
アキナ=グリフィオール、九歳。
謎の女の子シュヴィと再び巡り会うことになったのは、そう決意した僅か三日後のことだった。
謎の女の子シュヴィと邂逅した後、何か生活が変化したわけでもなく、私は王国で一番の規模を誇る『アンドラス学園』に入学するための準備をしていた。
私は魔力量が国の子供たちの中でもずば抜けているらしく、私の学力、運動能力も問題ないということで、アンドラス学園の方から推薦状をもらい、私の一年後の学園への入学は内定していた。
しかしただ学園への入学を待つだけなのは私としても望まないことだ。
なので、兄様や姉様、学習係たちに協力してもらい毎日の鍛練と学習の時間は確保するようにしていた。
...だからといって休日がないのも私にとっては我慢ならないことである。
というわけで今日は変装して王国の下町に遊びに来ていた。
「ホント、お嬢様は家で大人しくして、ドジをふむことがなければ完璧なご令嬢なのににゃあ」
「うっさいわね、その尻尾弄くり回すわよ、マイン」
「やめてくださいにゃー」
隣で猫なで声を出しているのはグリフィオール家に昔から遣えているマインと呼ばれる猫人だ。
クレッセンにはマインのような、いわゆる《獣人》と呼ばれる種が暮らしている。
獣人を迫害する国もあるらしいけど、クレッセンでは平民にも貴族にも獣人が入り混じってるし、獣人と結婚する唯人も少なくない。
獣人は基本的に身体能力が高く固有能力なる物を持っているが、唯人と比べ魔力の量が少ない傾向にある。
そんな獣人のなかでも隣にいる猫人マインは、魔法においても戦闘においても家事においても優秀なメイドとしてグリフィオール家の皆に重宝されている。
特に私は物心ついたときからマインは隣にいたので、個人的にはマインのことをもう一人の姉のように感じている。
たまーに発動する悪癖には嫌になることもあるけど、それはそれでマインに気軽に話しかけられる要素になっているのでなんだかんだ言って悪くはない。
...いや、だからといって頻繁に悪癖を発動させるのは勘弁してほしいけども。
「あ、マイン、あの串焼き美味しそう!」
「お小遣いは足りますかにゃ?」
「むしろ使う機会がなくて有り余ってるわ!」
「じゃ、一緒に並ぶとしますかにゃー」
そうして串焼きを買おうと列に並ぼうとしたとき、
「こんにちは、アキナ様。三日ぶりですね」
「な、」
「?」
「なんで下町なんかに居るのよおおおお!?」
関わらないようにすると決めていた女の子と、ばったり鉢合わせてしまったのだった。
「どうぞアキナ様、マイン様、串焼きです」
「ありがとにゃー、シュヴィちゃん♪」
なんだかんだあって、あまり貴族が屋台に顔を出すのは控えた方がいいとシュヴィに言われ、止める間もなく人混みのなかに消えていった彼女が串焼きを二本手に持ち帰ってきた。
というか今までも私が列に並んだことはあったのだけども...それとすぐに変装がばれたのはなにげにショックだ。
「もー、お嬢様ー、こんなに可愛い友達がいるならもっと早く紹介してくださいにゃー♪」
シュヴィから受け取った串焼きを頬張りながら興奮したように捲し立てるマイン
......というか、やばい、マインの悪 癖が...
「可愛い?」
「そうにゃ! 大人ぽくってクールな感じがするけど、よくよく見てみればあどけなくて庇護欲掻き立てられるというか、物陰からひっそりと、だけど大胆にこっちを観察する猫みたいというか、もー、とりあえずシュヴィちゃんは可愛いにゃ! もっと自信持つにゃ!」
「それは...どうもありがとうございます」
「ん~~! お嬢様の背伸びしたロリっ娘な可愛さもいいけど、
謙虚なロリっ娘も違った可愛さがあっていいにゃ~♪」
そう言って、わしゃわしゃとシュヴィの頭を撫でるマイン。
初対面の人にこんなにぐでぐでになってどうするの...それに少しべったりしすぎじゃない?
いや、マインの性癖に口をはさむ気はないんだけどね? 前は私もマインにべったりされてたし。
そのときは私も嫌がったじゃない。ホント、マインにはデリカシーないと思うわ。
それから関係ないことだけど、最近なんか私に対する態度も雑になってきてる気がするし。
久しぶりに一緒にお出かけできると思ったら他の人にべったりしちゃうし。
いや、前からそういうことあったんだけどね。
だからもう慣れたーっていうか、あと一年で大人になるんだから、
もうそろそろマインから卒業しなきゃっていうか。だから、
「どうでもいいっちゃいいんだけど、ね」
「どうしたのお嬢様~、もしかしてシュヴィちゃんに嫉妬しちゃった~?」
「べ、別にしてないもん」
「ごめんにゃー、美少女を見ちゃうとついつい見境なくなっちゃてにゃ~」
そう言いながら、優しく丁寧に私の頭を撫でるマイン。
「だ、だから別に謝る必要なんてないでしょ!」
「今日は久しぶりにゆっくりできそうだから一緒にお風呂入ろうにゃ~」
「え!? い、いや、いっしょになんて、こどもじゃあるまいし!」
「......嫌、かにゃ~?」
「っ~~~~!!! しょ、しょうがないわね!
そ、そんなに言うんなら一緒に入ってあげないこともない...けど」
「ホントかにゃ! ん~、お嬢様大好き!」
「んな!? べ、別に嬉しくなんてないからね、これっぽっちも嬉しくなんてないからね!?」
「むふふふ~♪」
もう、なんでこんなことに...シュヴィ!!!
「そうだ、あんた! なんでこんなところ...に?」
思わず言葉を失ってしまった。私が目線を彼女に向けたとき、彼女は......笑っていたのだ。
子供のように無邪気に、聖母のような慈愛を持って、甘いものを食べたときのように顔をとろけさせ、私たちを見ながら、他人事なのに、それが自分の幸せであるかのように、彼女は、シュヴィは...笑っていた。
「おお! その年で男泣かせの笑顔を身に付けているとは、シュヴィちゃんは末恐ろしいにゃあ」
「マイン様ほどではありませんよ」
「えー、そんなに誉められると照れるにゃあ♪」
そのときシュヴィからはすでに笑顔が消えており、いつもの無表情に戻っていた。
それこそさっきまで見たものが幻だったみたいに。
「...って、話がそれてるじゃない。あんた、なんでこんなところにいるのよ?」
「買い物です。おじさま、いえ、バルザ様が魔物の討伐任務で出かけてしまってやることがなくなってしまったので」
「ふーん...ん? てことは、あんた今一人!?」
「そういうことになりますね」
「いやいや、あんた、バルザ様と一緒に城の中で暮らしてるんでしょ、どうやって一人で城から出てこれたのよ!?」
「いえ、城の中で暮らしてはおりません。 バルザ様の旧友と言われる方に匿ってもらっています」
「...驚いた。てっきりバルザ様にべったりだと思ってたんだけど」
「バルザ様も忙しそうですし、訓練のとき以外は会わないようにしているんです」
「寂しくないの?」
「?」
シュヴィは心底不思議そうに首をかしげる。質問の意味が分からない、とでも言うかのように。
「...今の発言は気にしないでちょうだい。ああ、あと、不審者には気をつけて。治安がいいとはいえ、用心するにこしたことはないわ」
それじゃあ、と言ってその場を離れようとしたとき、
「シュヴィちゃん、せっかくにゃんだし、一緒に買い物しないかにゃ?」
「ちょっとマイン!?」
「まあまあ、お嬢様、旅は道連れっていうし。それに女の子を一人で買い物させるのは危険にゃ」
「......それも、そうね」
「あの...別に私は一人でも」
「それに、シュヴィちゃんがどういう趣味なのかすっごく気になるのにゃ!」
「それが本音!?」
にゃはは、と気が抜けるよう笑い声をあげるマイン。彼女の本音が明らかになり思わず叫び声をあげる。
...でもまあ、女の子一人で買い物するのは危ないって理由に納得してしまったのは事実だ。
というか、そう考えるのが普通のはずなんだけど...私は自分が思っているよりも薄情者らしい。
「私が...というよりはマインがやりたいことらしいから、あなたが気にする必要はないわ」
「そう...ですか。それならお言葉に甘えさせてもらいます」
「甘えて甘えてにゃ♪ それで、シュヴィちゃんはどこに行くのかにゃ?」
「そうですね、まずは......
武器屋に行きましょう」
彼女の言葉に私もマインも目を丸くした。