第090話 ~夜の散歩と帰るヒント~
空には満天の星が輝き、俺とルエルを照らしている。
目の前にはルエルが立っている。風に髪をなびかせ、片手で髪をかきあげる。
長い髪が後ろに流され、顔がはっきりと見える。
数多の星の光を浴び、幻想的なこの場所に、美しいエルフの少女が立っている。
「ユーキ。私をベッドに運んでくれた?」
「ああ。さっきな」
「ごめんなさいね。机で寝てしまったのに、運んでくれてありがとう」
「そんな事をわざわざ伝えに来たのか?」
「少し、目が覚めてしまってね。起きていたら声をかけようとしたのだけど、部屋にいなかったから」
「すまんな、少し前にテラスに移動していたんだ」
「テラスで何をしていたの?」
「魔法の実験。ルエルも実験に付き合うか?」
「いいわよ。少しだけなら、付き合うわ」
ルエルは、微笑みながら、俺の隣に来て腕をからませてくる。
や、やめて下さい! 山が俺に当たっています! あ、でもやめないでいいからね!
「どんな実験していたの?」
「秘密。すぐにわかるから。ちょっとだけ付き合ってね」
俺はルエルをお姫様抱っこする。
「な、何しているの!」
「実験。じっとしてて。絶対に動くなよ。騒ぐなよ」
「わ、わかったわ……」
お姫様抱っこされたルエルは腕を俺の方に回し、しっかりと固定する。
「行くぞ……」
二人一緒に『気球術!』 とうっ!
ルエルをお姫様抱っこしたまま軽くジャンプする。
お、ちゃんと浮いているではありませんか。
もう少し高く浮いてみるか。
少しずつ高度をあげ、屋根の高さを超えていく。
「ユ、ユーキ、何をしているの? なぜ浮いているのかしら?」
「空飛ぶ実験。ルエルは空飛べるか?」
さっきよりルエルの腕に力が入ってくる。
俺の呼吸も止まるかも。あ、ルエルさん、少し力抜いて……。
「と、飛べるはず無いでしょ! なぜユーキは飛べるの?」
「うーん。イメージ力かな? もしくは妄想力」
ルエルをお姫様だっこして、夜空のお散歩。
「どうだ? 自分の街を空から見るのは?」
ルエルは下を見る。
「き、綺麗ね! この街、こんなに綺麗だったのね!」
街灯の明かりは宝石のように輝いており、それは星の輝きにも負けていないと感じる。
「気持ち良くないか? 空にいるのって」
「ちょっと怖いけど、気持ちいいわね!」
ルエルはしっかりと俺に抱き着き、初めの頃より怖がっていない。
そういえば俺も怖くなくなったな。慣れたのか? まさかね……。
「怖くないか?」
「ちょっと怖いわ。でも、それ以上にワクワクするの。ねぇ、このまま二人でどこか遠くへ行かない?」
ルエルは街を見ながら俺に問いかける。
それはどんな意味があるのだろか? この街から離れたいのか、遠くを見てみたいのか。
「今日はまだ行けない。まだ俺も練習中だしな。いずれ、遠くへ行ってみるのもいいな」
「そうね、いずれ二人で遠くにね……」
俺はゆっくり移動し、テラスに戻ってルエルを下す。
ルエルの膝が少し笑っている。
「それにしてもユーキ、すごい実験しているわね」
「そうか? さっきできるようになったばかりだぞ」
「そ、そう。普通はできないのよ。そこを忘れないでね」
「まだ実験中だし、まだ思うように飛べないな。しかし、魔法って便利だな。何でもできそうだ」
「ユーキはちょっと特別ね。普通はこんなに早く飛翔できないものよ。もしかしたら本当に全属性の適性があるかもね」
……あるっポイですよ、ルエル先生。さっきはイリッシュの治療できたし。
もっと、実験を重ねてみたいね! 何か儲ける事に繋がる魔法があるといいのだけど……。
「練習したらできた。みんなも練習すればできるんじゃないか?」
「そうね。もしかしたら練習不足なだけかもね」
テラスに二人、微笑みながらたわいもない会話を交わす。
外はすでに暗くなり、深夜となっている。
「さて、少し冷えてきたな。そろそろ寝るか」
「あのね、一つ伝えたい事があるの」
ルエルの顔は真剣で、真っ直ぐに俺を見ている。
少し悲しそうな、嬉しそうな。すごく微妙な表情だ。
普段表情が薄いルエルなだけに、少し心配になる。
「何かあったのか?」
「……ユーキ達の帰る方法のヒントがあったと思う」
な、ん、だ、と!
心臓が高鳴る。鼓動が早くなる。手が震える。まさか、本当にヒントがあるなんて。
俺は震える声を我慢し、小さい声でルエルに話しかける。
「ルエルの読んでいたレポートに何かあったのか?」
「ええ。転移と異空間についてのレポートよ。きっとヒントだと思うわ」
風が、少し強く吹きぬけていく。ルエルの髪が風に流される。
ワンピースのスカート部もまくれてきたが、今回はシリアスな回だ。
その件については、次回に話そう。
俺もルエルも交わす言葉が無くなり、無言になってしまう。
「……そうか、ヒントがあったのか」
「まだ、詳細は見てないわ。でもきっとヒントよ」
「明日、明日の朝にもう一度読み直してみよう。今日はもう、遅い」
「そうね。明日の朝にしましょう」
俺達は二人、テラスから家の中に戻る。
実験室の扉前で俺は立ち止まり、扉を開ける。
部屋に入ろうとした時、背後からルエルが抱き着いてくる。
「ユーキ……。少しだけ。少しだけ一緒にいてもいい?」
俺とルエルは二人で実験室に入る……




